18-起源を覗く者

相棒の技師である少女――フランソワ・プレラーティを処刑したシャルルは、彼女が直してくれたギロチンを片手で担ぎながら、無言で廊下を進む。


コートによって普段から目だけしか見えていないが、それを踏まえても現在のシャルルの表情は死んでいる。

容赦なく殺しはしたが、やはり思うところはあるようだ。


何も見ていないかのような無表情で、機械のように規則的な動きでコツコツとブーツを鳴らしている。

とはいえ、そんな状態でも問題がないくらいには、今の施設内には危険がないようだった。


改造者であり、ある程度は指示も出していたであろう彼女が死んでいることで、向かう先に動く死体やツギハギの怪物、軟体動物などもいない。


ただ、寂しい電灯がチカチカと瞬いているだけの、どこまでも冷たい通路だった。


「……」


目的地はもちろん、彼女の仕事仲間であり、死体蒐集の協力者でもあった死体回収人――ジル・ド・レェがいる場所だ。


現在シャルルがいる施設は、この國にほとんど唯一と言えるような科学設備のある施設。


フランソワによって設備が有効活用され、彼女のラボとしての側面がかなり目立ってはいるが、ここは本来、彼が死体を処理するための死体処理場である。


正確な居場所はわからない。だが、ここにあの変人がいないということだけは、どう考えてもありえないことだった。


不気味なほど静かな施設内を、処刑人はコツコツと死の足音を響かせながら進み続ける。


「……ここ、か」


いくつもの部屋の前を通り、いくつもの階を登ったシャルルは、やがて特別実験場と書かれた部屋の前に辿り着く。

中からは今までの無人部屋と違って、ネチャネチャというような気色の悪い異音が聞こえてきていた。


明らかに、さっきまで死闘を演じていたフランソワが使役していたものと同じ、ヌメるような軟体動物の出す音だ。


しかし、その異音も処刑人が部屋の前に立つと、なぜか急にスンッと静まり返る。たしかに足音は立っていた。

化け物達が消え失せ、よく響くブーツの物悲しくなるほどに綺麗な音が。


だが、決して部屋の中にまで届くような音ではない。

それも、ネチャネチャという気色の悪い異音が聞こえてくるような部屋にまでは。


シャルルはわずかに表情を険しくすると、ピタリと動きを止めてジッと室内の様子に聞き耳を立て始める。


「あの蛸っぽい音も、呼吸音や足音もしねぇな。

……まぁ、ここの設備は丸ごと全部科学製。防音もされてるんだろうし、相当暴れてなきゃ聞こえやしねぇか」


しばらく聞き耳を立てていたシャルルだが、やがてほぅ……とため息をつくと諦めてドア自体の観察を始める。


中から人の気配はせず、ジル・ド・レェがいる確証はない。とはいえ、事実として異音は突如として消えていた。


少なくとも軟体動物がいたことは確実で、中には誰かがいた可能性もかなり高い。外から聞こえる死の足音に反応して、気配を消したということだろう。


簡単にドアの仕組みなどを観察していたシャルルは、それを終えると迷いなくギロチンを振り上げ、ドアに叩きつけていく。


「オラァッ!! この俺が下らねぇ罠なんぞにかかるかよ!!」


ギロチンは当然太く、ドアの隙間などに入り込みはしない。タッチパネルがある辺りを、ただ強く叩くだけだ。


しかしその効果は絶大で、この國で基本的に使われている木製のドアよりも強固なはずのドアは、バチチッと不穏な音を響かせて吹き飛んでいく。


その直後には、通路へ向かって数本の鋭い触手も伸びてきていたが、ギロチンはドアを破壊した勢いでその触手も難なく叩き潰していた。


「ギャハハハッ!! この触手はテメェのもんかァ!?

なぁ、ジル・ド・レェ!!」


ドアごと触手を叩き潰したギロチンは、そのまま暗い部屋の中央まで飛んでいく。

床もツルツルとした硬い素材が使われているはずなのだが、どれだけ強化されているのか、容易く破壊していた。


もちろん、無防備に武器だけ遠くに手放すことはない。

中にいると思われるの人物に叫びかけるシャルルも、それが床に突き刺さった勢いを使って部屋に飛び込んだ。


ワイヤーを引いて長さを調整することで、もしもまだ触手が襲いかかってきても触れられないよう、空を飛ぶように突撃していく。


空中で揺れる視界に映るのは、今までの処刑人の仕事で毎回死体を回収していた白衣の長身男――ジル・ド・レェだ。


200センチを軽く超えていながら枯れた木のように痩せている彼は、罠を仕掛けていたにも関わらず、処刑人の乱入を気にすることなくブツブツと何事かをつぶやいている。


「夜空に浮かぶ太陽は、ヘドロに塗れた宝石の魂。

ごみ袋に詰め込まれたソーセージは笑い、缶詰はヘビの涙に溺れていたのだ。星を夢見るパラメータは見つめ合ったか? であればきっと、凍りついたフライパンの上で踊り出す」


部屋は薄暗く、何があるのかはよく見えない。

唯一、ジルの羽織っている白衣だけは通路からの光で浮き彫りにされているが、それだけだ。


部屋はフランソワのラボよりも整理されているので、何かがあるであろう四隅や、彼が顔を向けている奥を見通すことはできなかった。


こんな暗闇の中で何をしていたのか、軟体動物だと思われる軟体動物はドアの罠だけなのか。


とりあえず確実なのは、彼は処刑人がドカンと派手な音を立てて着地しても、気付かず奥を向いていることくらいだ。


目元をピクピクと痙攣させているシャルルは、その苛立ちをぶつけるようにギロチンを引き抜く。


「おいおいおいおい……まさかのガン無視か!? テメェマジで何なんだよ!? 俺は邪魔にすらならねぇのか!?」

「なんと、君は実に良い端末をお持ちのようだ。

それこそが、女神の食したファッションショー。

健全な本棚は健全な電源を通すものだからね。

きっとその雲は、鉄の塊を巻き付けた讃美歌を燃やすよ。

だが、そんなソフトではウジ虫も種を掘り出すぞ。

もし吐き気があるのなら、絵画のお浸しが羽ばたけない」

「チッ……」


より近くから叫んでも無反応のジルに、シャルルは舌打ちをしつつも、腕を組んでジッと大人しく彼を見つめ始める。


どうやらフランソワの助言に従っているらしく、落ち着きなく指や足をトントンと鳴らしながらも、無言で耳を澄ましていた。


「……」

「ニュースを届けるのは海を泳ぐ感嘆詞? 主食が椅子の綿ならば、扇風機は山を踊らせるだけで走りはしない。

ううむ……小学生の英雄は果たして宇宙を料理できたのか。しかし、必ずしも殺しが悪だとは、かの百獣の創造神すらも言わなかった。反逆者はスパコンを搭載したボールペン。であればきっと、腸内は水着姿の焼き肉を忘れない」

「ぐ、ぐ……!!」


彼と最も長く接していたと思われ、場合によっては意思疎通すらしたであろうフランソワが言うには、この音の羅列には意味がある。


死の間際に嘘をつく理由はないので、それはたしかに本当のことなのだろう。しかし、それが理解できるのはやはり彼女くらいで、殺人を愉しむ以外は常人の処刑人には理解不能の領域だ。


遺言を無下にはできないと、少しの間は耐えていたシャルルだが、すぐに限界を迎えて痙攣していた。

たとえ意味があったとしても、ジル・ド・レェは凶人。

シャルルからしてみれば、それだけが確かなことである。


目元どころか、手足までもを痙攣させて拒絶反応を見せていた処刑人は、幸せを噛みしめるように深く息を吐くと、潔く諦めてギロチンを彼に振り下ろしていく。


「ダァァァッ!! 解読できるかッ、んなもんッッッ!!」


ワイヤーによって操られるギロチンは、的確にジルの頭部を狙っている。彼はずっと奥を向いているので、避けるどころか視線を向けることもない。


ブオォッと、凄まじい音を響かせて放たれる処刑人の凶器は、確実に死体回収人の頭蓋を砕くだろう。

そう、シャルルが確信した瞬間……


「物置は秘境の末裔。しかし、お湯が薬屋を拓かないと誰が言った? 砂浜に溺れる鳥の銃口は、蛍の光に狂気を見た」

「ッ……!! やっぱ、軟体動物いんじゃねぇか」


今までジルが向かっていた部屋の奥には巨大な目玉が輝き、ギロチンは触手によって軽々と受け止められていた。

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