17-相棒の、技師
「むっ……? ちょっと待て、君さっきのナイフ……」
部屋中にある錬金陣から伸びる触手で、処刑人を目の前まで運ぶフランソワは、運搬開始位置の真下の錬金陣にも触手を伸ばして驚きの声を上げる。
目はさっきまでシャルルの姿を捉えていて、陣になど視線を向けてはいなかった。しかし、触手が何も触らなかったことで、遅れながらも異変に気がついたようだ。
拘束している触手の力を強めながら、慌ててその背後にあるはずのものに視線を移す。冷静に考えれば、その隙を見せること自体が危険だとわかっていたはずなのに。
「キヒッ、もちろん回収してるぜぇ?
俺を罪人の側まで運んでくれてアリガトウ触手共!!
ナイフはもう、テメェらを切れる!!
罪人は目前、ならやることは1つだよなァ……」
フランソワの目前まで運ばれてきたシャルルは、触手の圧力でより血を吹き出しながらも、ギラついた瞳で彼女を射抜く。
運良く彼女の視線は背後に。たとえ行動を監視されていても動かない理由はないのだから、密かに回収していたナイフは迷わず触手を切り裂いた。
罪人の目前で開放された処刑人は、切った触手の中から的確に本体に繋がっているものを感じ取り、それを足場にさらなる接近を試みる。
「くっ、ハスター……!!」
またも遅れて状況を理解したフランソワも、当然無防備で接近を待つことはない。盾にするように手を前に出しながら、触手の一部に命令を出して迎撃を始める。
動き出したのは、風を纏っている1番素早い触手だ。
それらは彼女達の間に入るように伸びると、先端を迫る影に向けて刺々しい壁として立ち塞がった。
「風は!! もうさっき切った!!」
だが、ここまで来て避けるという選択肢はもちろんない。
シャルルは自らを鼓舞するように叫ぶと、声量には似合わないような繊細な動作でナイフを振るった。
ナイフは高速で迫る触手の側面を的確に叩き、しかし決してスッパリ切り飛ばすことはなく、軽く後ろに流すように攻撃を逸らしていく。
鋭い棘でありながらも逃げ場のない壁だった触手は、処刑人の前にだけポッカリと穴を開けている。
直前のセリフとは真逆の行動に、開けた景色の向こう側にいるフランソワも、目を見開いていた。
「オラァ!! もう怪物はいねぇぞ!?」
「ッ……!! この場所自体が、クトゥルフだッ……!!」
この最終局面では、処刑人も探求者も変わらず叫ぶ。
触手を弾いたナイフはシャルルの体ごと妙な回転をしており、軟体動物の上にいるフランソワはすべてを懸けるように巨大なそれに手をついていた。
もはやツギハギの怪物など蚊帳の外で、あまりの数に黒々とした海底のような触手だけが、敵を狙って押し寄せていく。
「ハァァァァッ……!!」
「動けぇぇぇッ……!!」
触手は蠢き、ナイフは煌めく。それは海中に差す微かな日光のようで、太陽を隠す確かな雲のようで。
深海に生まれる泡のように殺到する触手は、輝きが探求者の手に収まるよりも速く殺人者の背中を打った。
「ぐッ、ウゥッ……!?」
すべての攻撃を阻んできたコートも、その積み重ねに渾身の力を込めた一撃までもが加わると、流石に耐えきれなかったようだ。
あくまでも一部の触手だけではあるが、背後から迫ったそれはコートを貫き、赤い染みを広げていた。
体も再び持ち上げられ、貫いていることによってよりたしかな安定感を持ってシャルルの動きを封じていく。
「ハハ、痛ぇなァ……だけどこれが、俺の、してきたことってことだよなァァァッ!!」
「っ……!?」
触手はたしかにコートを貫いて、体を拘束している。
背中や足は芯から捕らえられ、肉が少なく貫けなかった腕も上からくるくると巻くように掴まれている。
それでも……処刑人は、殺しをやめることはできなかった。赤い霧を吹き出しながら叫ぶシャルルは、腕を無理やり動かして触手を切り、背中や足を貫いているものは傷跡が広がることも気にせず放置し、なおもフランソワに迫っていく。
壁になる触手を切り、足場にし、血を撒き散らしながらその内側に飛び込んでいった。
処刑人は錬金術師の真後ろに、探求者は殺人者の真ん前に。もう、彼女にできることはない。
狂気的な叫び声を上げるシャルルは、小さく荒い息を吐いているフランソワを切り裂いていった。
「シェラァァァァッッッ!!」
「グッ、アァッ……!!」
ナイフはついにフランソワの体を捉え、左腕を切り飛ばして背中を深く切る。あまりの勢いに腕は血を撒き散らしながら風車のようにくるくると飛んでいき、背中からは肉どころか骨らしきものまで覗いていた。
「ゼェ、ゼェ……ようやく、切れたぜ、フランソワ」
「はは……そう、だね……シャルル」
床の半分が崩れ落ちた世界で、彼女達は殺し合いの直後とは思えないような態度で笑い合う。腕を失い、背中を深く切られたフランソワは、もう抵抗する気はないようだ。
うつ伏せになった体を仰向けにしながらも、それ以上のことは何もせずにシャルルを見上げている。
「言い残すことはあるか?」
「そりゃもう、色々とあるよ」
「ちっ、手短に言えよ」
最後の言葉を問うたシャルルは、苛立った様子を見せながらも素直にフランソワの言葉を待つ。
処刑までの猶予をもらうと、彼女は残った右腕でくるくると触手の操作を始めた。
「まず、約束のギロチンね。ちゃんと完成してる。
さっきそこまで運ばせたから、殺すならそれでお願いね。
君自身の初めては不動だけど、そのギロチンを使った初めては僕のものだ。もう直してやれないから、壊すなよ」
「……!? マジで、3日で完成させたのかよ……」
「もちろん。錬金術を使った手抜きでもない。
あれは便利だけど、混ぜ合わせるだけで中身とかはおざなりだからね。ちゃんと真心を込めての、手作りさ」
フランソワの言葉を聞いたシャルルは、もう抵抗しないことを信じているのか、迷わず言われた方に飛んでいってそれを回収する。
乗っていた軟体動物の腕にあったギロチンは、見た目は前のものと完全に同じだった。
「中に仕込んでいるものは変わりなく、外装加工にはさっきの宇宙的な改造もあるよ。焦げていたワイヤーを見るに、何かで焼かれたのかな? 多分、もうそれで壊れはしない」
「至れり尽くせりだな」
「……相棒、だからね」
「……」
口から血を流しながらも、染み染みと噛みしめるように呟かれた単語に、シャルルは目を閉じて黙り込む。
殺し合いを終えた今の彼女達は、もう以前のような処刑人と技師だった。
「それから、せっかく僕が作ったのに壊しちゃったコートを直したいな。ついでに傷も塞いどいてあげるよ。
まだジル・ド・レェも処刑しに行くんでしょ? 内側は歪になるかもだけど、それもそのうち治る……と思う。
外側はツルツルもちもちの柔肌をキープさ」
「うるせぇよ」
死にかけの声で紡ぎ出される彼女の軽口に、シャルルは顔をしかめながらも穏やかに返す。
触手が体の周りで蠢いて錬成陣を描いているが、やはり信用しているようで止めようとはしない。段々と塞がるコートの穴や傷を、ただ静かに感じ取っていた。
「ついでに聞くけど、君はジル・ド・レェを嫌ってたよね? 彼の言葉が、人の理解の及ばないものだから」
「それがどうした。どうせもう殺すんだ。関係ねぇ」
「まぁ、たしかに関係ない。だけど、彼の言葉にはちゃんと意味がある。大切な、本当に大切な意味がね。
ほとんど覚えてないだろうけど、これから聞く言葉は意味を考えてみてもいいと思うよ。絶対に損はしない。
解読できるならだけど」
「んな面倒なことするかよ」
「あっはは、だよねぇ」
シャルルの答えを聞くと、フランソワは本気でどうでも良さそうに笑う。助言をしていた時は真面目な雰囲気だったが、気にしないなら気にしないで問題はないようだ。
それだけ彼女がした助言は本当についででしかなく、つまりはもう言い残すこともない。終わりを感じ取った処刑人は、軟体動物の頭にギロチンの下部にある棘を突き刺して固定していく。
続いて抵抗しない技師を持ち上げ、今までの処刑対象と同様に首を台座に固定された。
「……あばよ、相棒」
「またね、相棒」
シャルル・アンリ・サンソンは、どこまでもいっても処刑人だ。ひたすらに殺人を渇望し、誰が相手でも殺すことに迷いはない。
まるで、1日の終りに適当な挨拶をするように。
また、明日も会う友人に声をかけるように。
ごく自然な軽い挨拶の後、ギロチンの刃は容赦なく少女の首に落とされ、崩れかけた部屋を鮮やかに彩った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます