13-異形の葬式
施設の扉を開いたシャルルの視界には、3種類の怪物が蠢いている光景が映し出される。
動く死体は先日戦った通りだ。
忍び足をするかのように動いては止まり、動いては止まりを繰り返し、明るいにも関わらず両手を前に突き出している。
残る2種類も、ジョン・ドゥの報告とそう変わりはない。
軟体動物のような怪物はその中でも何パターンか違いがあるが、大抵は人間のように2本の足があって、その上に蛸のような触手が生えてのたうち回る胴体があった。
もちろん、本当に蛸そのものみたいなものもいる。
人間のような2本足はなく、やたらとデカいが胴体もあるのか定かではないような触手の塊だ。
その他にも、人間のような足の上に蛸のような触手の塊が直接乗っかっているようなもの、触手が手足を作っているように見えるものまでいる。
総じて言えるのは、触手と目が複数ある異形だということ。おそらくは、怪物達の中で最も不気味で気味が悪く、本能的な恐怖を与えてくるのがそれらだった。
また、軟体動物に比べればまだマシではあるものの、最後の一種類であるツギハギの怪物もその次に恐ろしいものだ。それらもおそらく、ベースとなっているのは動く死体と同じくただの死体だろう。
しかし、動く死体と違っているのは、ただ動くようにしただけではなく、明らかな改造手術が施されているということである。
やはり何種類かあるが、共通しているのは当然ツギハギの跡があり、ただの巨漢とは比べられないほどに巨大なこと。頭や首、腕などには大きなネジが刺さっており、それらが機械で強化されていることが窺えた。
違いがでているのは、その改造によって搭載された武器だ。腕に剣がくっついているものもあれば、背中から鎌を生やしているもの、足がキャタピラになっているものもいた。
軟体動物は本能的な恐怖を与えてきたが、ツギハギの怪物は物理的に危険そうな威圧感を与えてくる。
それら異形の怪物達が足の踏み場もないほどにぎゅうぎゅう詰めになっており、シャルルは声もなく立ち尽くしていた。
「……!!」
怪物達はなんの目的でここに詰め込まれているのか、侵入者が現れても特に大きな反応を示さない。
一部の怪物は、チラリと入り口を見る気配があったものの、まだ施設内に足を踏み入れていないからか、ただ見るだけで動きはしなかった。
「ふぅー……いや、何だよこれ。
たしかに夜来たのは初めてだが、昼間と違いすぎんだろ。
滴ってる粘液とか血液とか、一晩で全部消してんのか?
ぐっちゃぐちゃで奥まで見えねぇし、意味がわからん。
意味がわからねぇけど……とりあえず、ジルが回収した死体の末路だと思っていいのかァ? 趣味悪すぎんだろ」
数分ほど黙り込み、目を見開いてそれを見ていたシャルルは、ようやく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
処刑人らしく冷徹な目を光らせると、前回来た時はピカピカだった壁や床の惨状に顔をしかめる。
怪物は隙間なく詰まっており、特にツギハギの怪物はジルに負けずとも劣らずな巨躯を持っているので、奥にあるはずの階段は大体の場所すらも定かではなかった。
「動く死体は殺しても死なねぇし、他のやつらも殺せるのか怪しいし、マジで厄介だな。面倒くせぇ。
皆殺しにするか、ガン無視するか……チッ、殺せねぇ殺しとかストレスにしかならねぇよ、クソが」
だが、もちろんいつまでも見ているだけではいられない。
シャルルはぶつくさと文句を言いながらも、懐から3本のナイフを取り出して構える。
「お前らは入ったら襲ってくんのか?
標的になるとしたら物か生命体か、どっちもか?」
2本を握りしめたまま、もう片方の手で1本のナイフを構えるシャルルは、急所がわかりやすくて死なない確証もないツギハギの怪物に狙いを定め、投げる。
鋭い音を響かせていくナイフは施設内に入り、特に怪物達に反応されることもなく、ツギハギの怪物へと飛んでいった。
「eqeZ!?」
凶器は狙い違わず怪物の頭部を貫く。
縦長の穴が空いた頭蓋からは、コポコポっと赤い液体が流れ出していた。
しかし、ツギハギの怪物は倒れない。
横向きに大きく体を倒していたものの、周囲に密集していた軟体動物をクッションにして再度体勢を立て直してしまう。
起き上がったそれは、側頭部に空けられた穴を不思議そうになぞるだけだ。血は流れており、たまに痛そうに音の羅列を叫ぶのだが、傷を弄ぶ手は止まらず傷は広がっていく。
周りの化け物達は、ナイフが入ったことには興味を示さずにうめき続けていた。
「物には反応しねぇのか。やっぱ面倒くせぇな。
んじゃ、人はどうだ?」
物に反応を示さないことを確認すると、シャルルは臆すことなく一歩踏み出す。コツンっと高いブーツの音が鳴り響き、だがその足音は……
「dyi(5d't@eqc@!! wgt@gq!! 我ohs$.2kb4lyd'fd)4yd'kms/i64d@w敵を殲滅r.!!」
「処刑人、検知!! 自己防衛命令、受諾!! 迎撃、実行!!」
「ガカギギ、グゴゴ……ウゥゥ、ギガァァァッ!!」
3種類いる化け物のすべてが出した、破滅的な叫び声によって瞬く間にかき消されていった。
おまけに、施設内にひしめき合っていた怪物達は、皆一様にシャルルを敵と見なして襲いかかってくる。
ろくに身動きがとれない程に密集していたので、当然それらはまともに走れはしない。だが、その質量が、理解不明な音の羅列でしかない爆音が、勢いが、どうしょうもない恐怖を体現していた。
「ハハッ、そりゃあ反応するよなァ!?
動く死体は接近したら敵対行動取ってきたもんなァ!?
じゃあ殺し合おう!! ギャハハハッ!!」
雪崩のような勢いで迫る化け物の行軍を見ると、シャルルは血走った目を輝かせてナイフを持ち直す。
両手に1本ずつ逆手に持つと、黒いコートの裾をはためかせて駆け出していった。
敵は施設がまともに見えなくなるほどに多いので、まともに闘ってなどいられない。軽く助走をつけたシャルルは、先頭を走る化け物と接触する直前にくるりと回転し、風車のように回りながらまとめて敵を切っていく。
「ギャハハハッ!! 死なねぇのは苛つくが、延々と切り続けられるってのは爽快じゃねぇか!! 軟体動物もツギハギも、どいつもこいつも雑魚ばっか‥」
狂気的な笑い声を響かせながら、先頭を走る敵を薙ぎ払ったシャルルだったが、突然体を止めると足元を見る。
すると、足には蛸のような触手が巻き付いており、力尽くで走るのを止められていた。
「キヒッ、ギャハハハッ!! 何だァ何だァ?
少しはやる気のあるやつがいんのかァ、あぁん!?」
動きを止めたシャルルに、化け物達は濁流が流れ込むように押し寄せる。処刑人は足を拘束されており、動けない。
その上敵は多少切っても死なないので、絶体絶命だ。
ツギハギの怪物は2メートルを超える巨体から腕を振り下ろし、軟体動物は数え切れないほどの触手を伸ばしていく。動く死体は単純に物量で殴りかかっていた。
「動かなきゃあそりゃ敵は押し寄せるよなァ!?
んで!? 動けねぇのは一体いつまでだ!?
俺はもう、とっくに触手を切ってんぞ!?」
化け物達の攻撃は目前まで迫っているが、それでもシャルルは余裕で狂気的な叫び声を上げる。
何本もまとわりついていた触手は、既にそのすべてが切り飛ばされていた。
前後左右には、依然として化け物達の壁が立ち塞がっているものの、2本のナイフしか持たないはずの処刑人は、自由だ。
「テメェらにはろくな知能がねぇなァ!?
意志の欠如は力の欠如!! ただ侵入者を排除するだけの操り人形が、どうして俺という強ぇ意志の殺人者を止められる!? 諸共死ねや、見掛け倒しの木偶の坊共が!!」
敵は迫る。だが、シャルルはその足を一瞬で切り飛ばすことで勢いのまま前傾姿勢を取らせ、流れるような動きで足場にしてしまった。
くるりと回転させた体は死体の背中を捉え、かかと落としの要領で空を飛ぶ。今にも腐り落ちそうな手を逃れ、触手を逃れ、巨大な腕を受け流しながらそれを切る勢いでさらに高く上に飛ぶ。
天井の高い施設の天井付近まで飛んだシャルルの眼下には、100や200では収まらない数の化け物がいた。
「ほんっとうに、ギロチンねぇのは不便だぜ!!
ちまちまナイフで切るとか、かったるいったらねぇ!! 殺しは一瞬で!! 死を実感することもなく死ぬのが1番だ!!」
叫ぶシャルルは天井を蹴り、腕を特に大きな剣に改造されているツギハギの怪物目掛けて飛んだ。
それも当然応戦するが、熟練の処刑人の敵ではない。
コートに包まれた体を斬ろうとした剣腕は軽くいなされて、逆に腕を切り刻まれてしまう。怪物の腕は巨大なので、当然ナイフ程度で切れはしない。
だが、腕全体に切込みを入れたシャルルは、器用にナイフを懐にしまうと腕を掴む。重心操作を駆使することで、それを軽々とねじ切ってしまった。
「ギャハハハッ!! 間に合せの武器をアリガトウ、ゴミのように量産されたツギハギ野郎!! こっからは虐殺だ!!
塵芥のように、死体が正しく燃やされ灰になるように、鏖殺してやる!! ゆっくり眠れることォ、感謝しやがれ!!」
自身より何倍も大きな大剣を握るシャルルは、天井を蹴った勢いのままに壁に足をつける。
金属製の壁はボコンと凹み、処刑人の体を受け止め離さない。
頬が隠れるほどに襟の立った黒いコートからは、獲物を狙う猛禽類のような目だけが露出し、輝いていた。
「s@4-4k4w@を4f@Zqwgを討w!! 我oを,]opwh;.g(4xed'<を……」
「迎撃、迎撃、迎撃、迎撃……」
「ガカギギ、グゴゴ……ウゥゥ、ギガァァァッ!!」
壁に張り付いて化け物を見下ろしていたシャルルは、なおも叫び続けるそれらをしばらく眺めてから、大剣を手に飛びかかっていった。
~~~~~~~~~~
施設内では、入り口以外がある一階以外にも化け物がひしめき合っていた。しかし、シャルルはそのすべてを鏖殺する。
わざわざすべての階を回りはしないが、立ち塞がったモノは尽くを殺し、フランソワ・プレラーティがいるであろう部屋の前に立つ。
黒いコートは防水加工済みだが、それでもなお弾ききれない赤が照明に照らされていた。
「……」
シャルルは黙って自動ドアを開ける。
目の前に広がっているのは、いつも通りに機械の山だ。
そして、処刑人の来訪を待っていたかの如く中央にいたのは……
「やぁ、こんばんは。約束通り、ギロチン制作の催促に来たのかい、シャルル・アンリ・サンソン?」
「フランソワ・プレラーティ……」
およそ3日前とは違って、顔を黒く汚していないポニーテールの少女。つなぎ服姿の技師――フランソワ・プレラーティだ。
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