14-異界錬成者

「フランソワ・プレラーティ……」


フランソワのいる部屋に入ったシャルルは、目の前でフタをした鍋のような物の上に座っている少女に目を止めながら、ポツリとつぶやく。


彼女はいつも通りつなぎ服を着て、髪はポニーテールにしている。しかし、いつもなら機械いじりなどでついている黒い汚れが一切ない。


周りには依然として機械の山があるが、その中央に座っている彼女はお風呂上がりのように綺麗だった。


「あれ、ギロチン制作の催促に来たんじゃないんだ?

だったら、僕を処刑でもしに来たのかな?」


いつも以上に無口で、黒いコートによって表情もはっきりとは見通せないシャルルに、フランソワは至って普段通りの態度で接している。


自分を処刑するために来たのかと。そう問いかけていながらも、ギロチンの話題と変わらない気安さだ。

機械の山の中という、自分のテリトリー内だからこその余裕なのかもしれない。


ツギハギの怪物の腕という、かなり使いにくい上に使い慣れてもいない武器しか持たないシャルルは、油断なく目を光らせながら口を開く。


「そうだな……とりあえず、確認しに来た。

施設内にいた化け物共は、テメェが生み出したものか?」

「そうだったら、なに?」

「ここは死体処理場だろ。んで、テメェの作業所だ」

「そうだね。ここは僕の工房だ」

「死体処理場の主はジル・ド・レェの野郎だ。

材料は多かったろうさ。で? あれに何の意味がある?」

「なに、君の言う確認って理由とかの話?

まさか君は、僕自身を知るために来たのかい?」


大人しくシャルルの質問に答え続けていた彼女は、重ねられる質問によって処刑人の意図を理解し、小馬鹿にしたように笑った。


無理難題を押し付けられている訳でもないので、どこまでも平坦で挑発的だ。しかし、それでも処刑人は感情を乱されることなくその質問に答えていく。


「そりゃそうだろ。お前は今までの任務で処刑してきたような、一切関わりがねぇ他人なんかじゃねぇ。この仕事をするに当たって、常に道具の整備を任せていた相棒だ」

「はははっ、珍しく嬉しいことを言ってくれるね。

まぁ僕も、あれだけの無理難題を押し付けられた身だから、それなりに君のことは……大切ではないけど、いい仕事仲間くらいには思ってる、かな。たしかに相棒だ。照れるね」


シャルルの声は硬いが、日々人を殺す処刑人にしては珍しく素直な胸の内を明かしていた。

その言葉を聞いたフランソワも、どこか茶化すような口ぶりながら、本気で照れた様子を見せている。


少女らしく無邪気な笑みを浮かべてポニーテールを揺らしており、敵意などは一切感じられない。シャルルとフランソワの認識は、きっと正しく友人なのだろう。


とはいえ、それは処刑人と技師という立場の上に成り立った関係性であり、問題が起こったのならば間違いなく敵だ。


シャルルは本音で語りながらも、処刑人として、冷徹な目を向けて再度言葉を紡ぐ。


「だから俺はテメェに聞く、フランソワ・プレラーティ。

お前は何でこんなことをしてんだ? あんな気色悪ぃやつらを造り出して、國の秩序を乱すつもりか?」

「……國の秩序って、こんな処刑が横行してる國で?

そもそもこのセイラムに、まともな秩序なんてないだろ?」

「言い方を間違えたな。処刑人協会の秩序を、だ」

「あぁ、横暴なるウィッチハントか。

僕はめでたく魔女と成った訳だね」


はっきりと言い放つシャルルに、フランソワはケタケタと笑いながら鍋から滑り降りる。もちろん、彼女に敵意はない。


機械の山の間を縫うように進み、ところどころにある棚から何かを取り出しながら会話を続けていた。


「それでもなお、君は僕を知ろうとするんだ?」

「……俺は、スッキリしねぇ殺しは好みじゃねぇ。

殺しても死なねぇ奴を殺すのは気分が悪ぃし、相棒を理由もわからず処刑するのもモヤモヤすんだよ」

「あははっ! 本当に君は哀れなやつだ。

どこまでも純粋に、ただ殺人をするための道具」

「……」


機械の隙間から、チラチラとしか姿が見えなくなった技師が言い放った言葉に、シャルルはこれまでもあったように感情を消す。


コートで顔の大部分が隠されていても無表情だとわかるような作り物みたいな目で、黙って彼女の言葉を待った。


「というか、そもそも怪物は目立ってなかったはずだけど」

「この國じゃあ外の世界に興味を持つだけで処刑対象だぜ? なんであんなもん造って処刑されねぇと思った」


とはいえ、話題が移ればいつも通り処刑人だ。

探られなければバレていないのだから、秩序は乱していないなどと宣う技師に、軽く鼻で笑いながら断言する。


『それもそうだ』と、何かしら作業を続けながら会話をするフランソワもあまり興味が良さそうに同意していた。


「理由、ねぇ……

君は、この國の外に何があるか知ってる?」


カチャカチャと瓶がぶつかるような音を響かせながら、彼女は他愛のない雑談のように問いかける。姿は見えない。

数多くある機械や棚の奥からは、まったく状況にそぐわないような軽い調子の声だけが聞こえてきていた。


コートによって同じように表情がよくわからないシャルルは、それでも不機嫌なんだと感じさせるようにぶすっとした声で言葉を返す。


「知るわけねぇだろ。俺は処刑人だ」

「だよねぇ。君は言われた通りに処刑してる人なんだし」

「聞いて処刑対象になりそうな話なら聞かねぇぞ」

「いやいや、君は1人で来てるでしょ?

君が黙ってれば良いんだよ」

「……」


先んじて釘を刺すシャルルだったが、おそらくは監視カメラなどで鏖殺の様子を見ていたフランソワは、やはり小馬鹿にするように笑う。その言葉通り、1人で乗り込んできた処刑人は黙り込んでいた。


「ここだけの話、僕は以前、ウィッチハントにバレないように外に行こうとしたことがある。この國は田舎だ。

家よりも森とかが多いし、まぁ不可能じゃない。

その上僕は、こうして技師をしているし機械を使う。

一般人とは違って協会との交流もあるから、予定とかも聞けるしね。色々と使うことで、特に処刑人達に見つかることもなく、僕は國の果てに辿り着いた」

「……」

「そこにあったのは、どこまでも続く肉の壁だ。高さはそれほどでもない。だけど、ひたすらに気味の悪い肉の壁。

おまけに、どこまで壁に沿って進んでも切れ間はない。

上に機械を飛ばしても反応は消える。この國はルールで外に出ることを禁じられる以上に、物理的に囲まれていた」

「そうだったとして、何だ?」


しばらく黙って話を聞いていたシャルルだったが、彼女の話との関連性はいまいち掴めない。やがて痺れを切らしたように吐き捨て、真意を問い質す。


息遣いや雰囲気だけで苦笑を伝えてくるフランソワは、なおもカチャカチャと何かを鳴らしながら口を開いた。


「人間とは、疑問を見つけたら解消しようとする生き物だ。かつての科学文明は、地球を調べ上げてついには宇宙へと手を伸ばしたという。なら、僕は? 技師であり、この國でも数少ない機械を扱うものである僕は?

言うまでもないね。当然、知りたい。僕は肉の壁を調べ、神秘というものの存在を知り、宇宙との関連を疑い、今の地球を知ろうとした。だけど、まだ足りない。過剰な技術を持つことは協会により規制され、僕の手は決してソラには届かない。ならきっと方法は1つだ。

協会を打ち倒して、世界を壊す。それしか未知を識る方法はない。機械を使ってでも、魔術的な神秘を使ってでも、宇宙の呼び声に耳を貸してでも。

……僕はきっと、何をしてでもこの世界を探求する」


少しずつ熱を持ち始めていた語りは、突如として途絶える。伝えるべき内容をすべて紡いだことで、この機械にまみれた部屋には沈黙が満ちた。


じっと彼女の語りを聞いていた処刑人も、その意味を頭の中で反芻するように沈黙を受け入れてから、鋭い視線を機械の反対側に向けて問いかける。


「……そりゃあ死んでもやらないといけねぇことか?」

「ここは実験場だ。だから僕は、そう在るしかない。

この魂が叫んでいる通りに実験をして、モーツァルトの演奏のように優雅に結果を笑うんだ。少し嫌だなって思ってもさ、そうしろって声が、頭の中で響くんだから」


依然として、技師の姿は見えない。

だが、絞り出すように紡がれる声が、まるで縛られているかのような言葉が、彼女の表情をあらわすようだった。


再び沈黙が満ちると共に、カチャカチャという音も消える。音もなく大剣を構えるシャルルは、最後に声が聞こえてきた辺りを見据えながら、かつての相棒に呼びかけていく。


「実に残念だ、フランソワ・プレラーティ。

お前の目的を聞いた以上、俺は迷いなくお前をころさないといけねぇ。それが協会の決まりで、俺の……」

「生まれた意味」

「……」


言葉を継いだフランソワに、シャルルはやはり黙り込む。

その反応を気にすることもなく、彼女はパキパキと怪しげな音を響かせながら開戦の気配を醸し出し始めた。


「では、そろそろ殺し合うとしようか、シャルル・アンリ・サンソン。僕はこの世界の探求者として、錬金術師として。君は必要とされた殺人者として、処刑人として。

この神秘的な世界に刻む、命の輝きを錬成するとしよう」


彼女の宣言と共に、機械はバチバチと音を立てていく。

機械の山や棚は押し退けられ、向こう側から姿を現したのは巨大な触手の怪物やツギハギの怪物、動く死体の集団だ。


処刑人も、これ以上は何も言わない。

彼女の使い魔から奪った大剣を構え、ギラついた瞳で怪物達と激突した。

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