12-異界研究所

処刑人協会でマシュー・ホプキンスから、動く死体、軟体動物、ツギハギの化け物という3つの妙なものの噂話を聞いて、ちょうど3日後。


寝たフリをしていたシャルルは、月明かりが差し込むだけの真っ暗闇の中、狩人のように目を光らせて起き上がる。

幸運にも、調査結果を聞いてから2日間仕事がなかったので、睡眠時間はバッチリだ。


ややマリーと雷閃に振り回されもしたが、殺し合いをすることの方がもちろん体力を使うので、体調は万全だった。


いつも通り、処刑人として頬まで隠れるくらいに襟の立った黒いコートを着たまま寝転んでいたシャルルは、ギロチンの代わりにナイフ類を懐に忍ばせて部屋を出ていく。


「……」


部屋から出ると、廊下にも当然明かり一つない暗闇広がる。マリー達も既に隣の部屋で眠っているはずなので、この家からは物音一つせず寝静まっていた。


雷閃はともかく、マリーは処刑の仕事ではないと知れば止めにくる可能性が高い。そう簡単に見抜かれるとも思えないが、会わないに越したことはないだろう。


暗闇に紛れる黒いコートのシャルルは、速やかに2人が眠っている部屋の前を通り過ぎていく。


「……」


だが、3日ほど前の帰宅時に眠っている様子を見に行ったのと同じように、2人の様子は気になるようだ。

シャルルはピタリと止まると引き返し、彼女達の眠る部屋のドアを開ける。


すると目の前に広がっていたのは、やはりいつも通り安らかな寝息を立てているマリーと、彼女に抱かれて眠る雷閃の姿だった。


彼は毎晩ちゃんと眠っているが、少なくともこの部屋には、目ではっきり視認できそうなくらいに確かな平穏がある。決してこの平穏が破られることはない。


シャルル以外に意識のある者はいないはずなのに、どういう訳か、そんな強い予感を覚えさせられた。


「……」


その光景をしっかりと目を焼き付けてから、シャルルはドアを閉める。もう迷いなど一切なく、黒いコートの裾を翻して階段を降りてリビングへと……


「やぁ、こんばんは」


シャルルが音もなくリビングに降りていくと、そこにはなぜか、ランプに照らされテーブルに着く雷閃の姿があった。


さっきは、たしかにマリーと一緒に眠っていたはずなのに。まるでこれが現実ではないかのように、彼はたしかにそこにいた。


「随分と速く動けるもんだな、クソガキ。

それとも、さっき見たのは夢か?」


しかし、今のシャルルは処刑の仕事をする訳ではないとはいえ、たしかに誰かと殺し合いをするモードだ。

特に驚きもせずに真っ暗闇の中を進むと、真ん中にランプが置かれたテーブルに着いた。


「もちろん、ゆめなんかじゃないよ。きみが見たのはたしかにぼくさ。ぼくはね、とても速く動けるんだ。

だから、単じゅんに先回りしてきただけだよ」

「そうかよ」


簡単に言ってのける雷閃に、シャルルは口元をコートに隠したままで吐き捨てる。彼がここで待ち構えていたのは驚くべきことだが、特に意味のないことだ。


マリーならば、確実に止めにくる。

だが、雷閃ならば……


「昼間はさ、今ばんは処刑の仕事がないって聞いたよ?

うそをついてまでそのそうびで外に出るってことは、仕事外の処刑でもするのかな?」

「……そうだったら?」

「あはは、大じょう夫だよ。ぼくはきみの在り方を否定なんかしないから。ただ、幸運をいのるだけさ。

それから、この家はちゃんと守るよって、せ中をおそう。

何も心配せずに、きみはきみの決めたことをしてきてね」

「ふん……」


雷閃はシャルルの行動を聞いても、止めたりはしない。

むしろこの家を絶対に守ると宣言することで、その背中を押してまでいた。


その言葉を聞くと、シャルルは鼻を鳴らして立ち上がる。

彼が守っているのだから、もう後ろを気にしたりはしない。ただ、自分がやるべきことをするために玄関へと向かい……


「……君の殺しは、一体誰を殺すことなのだろうか」


雷閃のつぶやきによって、再び立ち止まった。

今晩の標的は、ジル・ド・レェとフランソワ・プレラーティだ。本来ならば、立ち止まる意味などない。


しかし、シャルルは体をビクリと震わせながら立ち止まり、彼の滞在を認めた日のように感情のない目を向ける。


「はぁ?」

「……本当に殺しを愉しんでいるのなら、それは救いだ。

本当は殺しを愉しんでいないのなら、それは贖いだ。随分と険しい顔をしているね、シャルル・アンリ・サンソン。

正常者の殺しは心を殺す。偽善でもなんでもなく、嫌なことなら逃げても良いんじゃないかなって、それだけの話さ」

「殺しは俺が生まれた意味だぜ? それなのに、むざむざその機会を逃すもんかよ……!! 黙ってろクソ偽善者が」


今までよりも、より超然とした態度になった雷閃の言葉に、しかしシャルルは聞く耳を持たない。

聖人の如き正しさを振り払い、黒いコートの処刑人は平穏な家を後にした。




~~~~~~~~~~




雷閃に自宅を任せて外に出たシャルルは、いつも通り馬車に乗って閑静な馬車道を進む。目的地はジル・ド・レェの死体処理場、兼フランソワ・プレラーティのラボだ。


月明かりの下、黙り込んで馬車を操るシャルルは、ゆっくりと時間をかけて処刑の現場に辿り着いた。


「……今晩は、妙なものはいねぇんだな」


馬車を降りた先に広がっているのは、以前来た時とほとんど変わらないツルツルとした壁だ。

怪しいものはおらず、怪しい部分もない。


ジョン・ドゥの観察結果や写真などから、深夜になるとここから化け物が出てくることがあるはずだったが、少なくとも今日はいないようである。


壁に阻まれて見えない敷地内は静まり返っており、壁の外も普通の森が広がっているだけだった。


「一応これは調査の一環だからな。チャイムを鳴らす訳にはいかねぇし、壊すなんてことはそもそもできねぇ。

抜き打ち調査すんなら、乗り越えるしかねぇんだけど……」


馬車を適当な固定したシャルルは、ブツブツとつぶやきながら壁の上を見て歩く。壁は素材からしてツルツルとしているので、よじ登るのは不可能だ。


どうしても乗り越えたければ、壁の上に取っ掛かりがあると信じるしかない。シャルルは目を凝らして歩き続け、やがて細い棒のようなものがある箇所に辿り着いた。


「普段わざわざ上なんか確認してなかったけど、探しゃあるもんだな。あとはギロチンの残り滓、ワイヤーで……」


シャルルは棒を見つけると、速やかに懐からワイヤーを取り出す。先っぽに小石をくくり付け、投げ縄の要領でくるくると回してから、棒めがけて投げつける。


ワイヤーは見事に棒に巻き付き、敷地内への道ができた。

軽く引っ張って強度を確認したシャルルは、静かに速やかに壁を登っていく。


類稀な身体能力を駆使して壁の上に立つと、ワイヤーを解いてから飛び降り、音を殺して着地した。


「ほいっと、侵入完了。やっぱ施設は明るいな。

中の入り口なら自動で開くはずだ。さっさとケリつけよう」


ワイヤーをしまうと、シャルルは足音を立てずに素早く敷地内を走り始める。外から聞いて静かだった通り、中にも怪物などはいない。


たかが死体処理場に見張りなども必要ないので、誰に邪魔されることもなく施設の入り口に辿り着いた。

施設からは若干光が漏れているが、特殊な加工でもしてあるのか中は見通せない。


慎重に中の様子を伺っていたシャルルだったが、特になにも見えずに音も聞こえなかったことで、あっさりと諦めて自動ドアが反応する位置まで近づいていく。すると……


「……!?」


問題なく開いた施設の中には、数日前にも戦った動く死体、イラストや写真通り蛸のように気味の悪い軟体動物、機械で改造されたようなツギハギの怪物などが蠢く、常識外の異界が広がっていた。


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