11-異変の調査
雷閃やマリーに振り回された翌日。
深夜に処刑の仕事がなかったことから、朝早く起きることができて2人に捕まる前に外に出られたシャルルは、異変の調査をするべく國中を駆け回っていた。
雷閃には家から出るなと厳命してあるし、マリーは行き先を告げなければ追ってくることなどできない。
誰に何を言われることもなく、シャルルは食事を摂ることもなく調査に邁進している。
「昼間には、当然のように何もでない。深夜に出歩くようなやつは口を噤むし、こりゃ噂話を聞くのは無理そうだ」
とはいえ、頑張ったからといって報われるとは限らない。
食事を削ってまで調査をしていたシャルルは、ほとんど成果らしい成果を得られずに、誰もいない街中の路地で家屋の壁に寄りかかっていた。
その視線が注がれているのは、さっきまで聞き込みを行っていた結果である地図だ。まだ國中を回ったとは言えないが、聞き込みを行った箇所はすべてバツ印がついている。
閑散とした集落でも今いる街でも、住人は尽く知らないという答えしか返してくれていなかった。
もし知っている人がいれば、その範囲に化け物の元凶がある可能性もあったが、これでは特定など夢のまた夢だ。
シャルルはあくまでも処刑人であり、探偵ではない。
それでも駆け回った結果がこれなので、表情はかなりうんざりしたものになっていた。
だが、それでも異変に気がついた上で放置すれば、処刑対象になる可能性がある。実際にどうなるかは協会次第なので、楽観的に見る訳にはいかない。
周りには人がいないので、ぶつぶつと小声で文句を言いつつも必死に思考を巡らせていく。
「例えば、動く死体。蠢く軟体動物らしきもの。
またはツギハギの怪物や、それに準じるもの……
動く死体は見るまでもなく動く死体なんだろうが、そもそも他のは何なんだ? 軟体動物にツギハギの怪物って、共通点あんのかよ? ツギハギの怪物ってのは死体な気もするが、軟体って何だ軟体って!? 浮きすぎだろ!!」
マシューの言う妙なものを復唱したシャルルは、誰も知らないそれらの内、実際に見ていない2つにキレると壁を叩く。
たしかに動く死体はその目で見ているが、他はどんなものなのかすらも不明で、噂話にすらなっていない。
唯一処刑人協会の会長がそれとなく伝えていただけで、普通に考えてまともに調査などできやしないのだから、苛立つのも当然だった。
「浮いてるといやぁ今日も何軒かあったなぁ、やけに立派なガレージがある家。フランソワのラボの一部が移築されてんのかと思うようなのまであってビビったぜ。
……ま、答え合わせはどうせすぐだ」
3つの化け物の内、かなり浮いている軟体動物から連想したらしく、シャルルは立派なガレージがある家を思い返す。
それは、最近の処刑任務では毎回のように見かけるもので、さっきまでの聞き込み中にも見かけたものだ。
しかし、ここで誰かとの待ち合わせでもあるのか、そこまで深く考え込むことはせずに懐中時計を確認し始める。
するとその数十秒後、シャルルがいる路地にはタタタッという軽い足音が響き渡った。
「おう、ジョン・ドゥ。今日はガキかよ苛つくな」
懐中時計から視線を上げた先にいたのは、どこにでもいるような至って普通な短パンの少年だ。彼は黒いコートの処刑人に目を止めると、妙に大人びた表情で歩み寄ってくる。
その短パン少年は、和服ではなく洋服だし、どう見ても雷閃ではない。だが、雷閃に押しかけられたシャルルとしては、態度が似ていることもあって少年というだけでかなり苛つくらしい。はっきり苛つくと明言し、彼に苦笑されていた。
「あはは。なんだい、君は子ども嫌いだったかな?」
「ふん、最近ガキに振り回されてんだよ。
まぁ、くだらねぇ私情だから気にすんな」
壁から離れたシャルルは、詳しい部分をぼかしながらも愚痴を言い、少年――ジョン・ドゥに歩み寄っていく。
その目は真剣そのもので、殺意こそないが明らかに仕事中のものだった。
「そうかい。……ふむ、じゃあ次は大人で来るとしよう。
どうせなら、性別も変えてみるとするかな」
「どうでもいいだろ、誰もお前の素顔は知らねぇんだから。んなことよりさっさと調査結果を寄越せよ」
楽しげに笑うジョンだったが、シャルルは世間話に付き合うつもりはないようだ。心底興味なさげに切り捨てたことで、ジョンは苦笑しながらも速やかに本題に入る。
「ふふ、知らないからこそ何にでもなれるんだけど……
ま、いっか。調査報告だね。とりあえず目撃証言や化け物の特徴などをまとめたものがこれ。依頼以前から僕が確認していたものは、スケッチも取ってある。
まんま死体のもの、蛸みたいな触手の化け物……これは死体に生えているのかな? ツギハギの化け物はネジが刺さってたりするね。まるで改造されたみたい」
大量の書類やイラストを渡されながら話を聞くシャルルは、口元が隠れていてもわかるくらいに顔をしかめる。
理由は証言の分布もあるだろうが、大部分はわずかな期間で異常なほどにちゃんと調べられていることだろう。
シャルルが便利屋・情報屋のジョン・ドゥに調査依頼を出したのは、昨晩実際に動く死体を見てからだ。
時間は半日経っているかどうかというくらいで、どう考えても速い。あまりにも速すぎる。
明らかにドン引きした様子を見せるシャルルは、プロの画家かというような出来のスケッチを見ながら問いかけた。
「やけに準備が良いな。こいつらそんなに目立ってたか?」
「いや? こういうのはね、知ろうとしなければ知ることはできないけれど、知ろうとすれば簡単に知ることが出来る。怪物も人目を忍んで活動していたけど、彼らには痕跡を消すほどの知能はないみたいだからね。
昼間に痕跡を見つけて、面白そうだったから探し回ってたんだ。最近は活発になってきているから、処刑人も見ているみたいだけどね」
「変な趣味だな」
「人殺しには言われたくないな」
バッサリ切り捨てられたジョンは、シャルルの手の中にある書類から地図を引っ張り出しながら、手痛いカウンターを食らわせる。
処刑人というのは仕事ではあるが、その行為を楽しんでいることも間違いではない。朗らかに言い放たれたシャルルは、殺人嗜好という自らの存在理由に顔をしかめていた。
「まぁでも、正直化け物の見た目はそこまで重要じゃないよね。問題なのは、出どころだ。チラチラっと変装中に小耳に挟んだものもあるけど、1番大きいのはもちろん僕の観察結果になる。君の家周辺にも出てたけど……キルケニーに近づいた方が目撃回数が増えていたよ。ただ、最も目撃数が多かったのは首都周辺なんかじゃない。ジル・ド・レェの死体処理場兼、フランソワ・プレラーティの実験ラボ。彼らのテリトリー付近が最も目撃数が多かった。
そして、貴重な貴重なカメラが抑えたのがこの現場」
気にせず報告を続けるジョンは、まん丸な目をキラキラさせながら元凶がいると思われる場所を告げ、懐から特に大事そうに写真を取り出す。
その写真に写っていたのは、まさにあのラボから数体の怪物が出てくる瞬間が撮られた光景だった。
シャルルは感情のない表情でそれを受け取ると、黙って凝視し始める。
「……」
「これはフランソワ技師から手に入れたカメラを使っているから、偽装とかじゃないよ。もちろん、僕に手を加えられるような技術はないし、決定的な瞬間だね。
何の目的でしているのかは知らないけど、3種の化け物をこの國に解き放って秩序を乱している犯人は、ジル・ド・レェかフランソワ・プレラーティのどちらか、またはその両方だ」
情報屋のジョン・ドゥは、特になんの感慨もなさそうに淡々と元凶を断定する。スッと細められた処刑人の瞳は、獲物を定めた猛禽類のようだ。
秩序を乱すであろう敵を排除するために、自分自身が反逆者とならないように。死体回収人と修理屋の友人を処刑対象として、処刑人は殺意を迸らせながら路地を去っていった。
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