10-最も安全な場所
処刑の仕事に加え、不可思議な死体をも殺したシャルルは、いつになく疲れた様子で自宅に帰ってくる。
すると、やたらと目につくのは、出かける時には気が付かなかった妙な輝きだった。
「こんな石、今まであったか?」
目の前にあるのは、家の周囲を囲うように顔を出している、帯電しているかのようにバチバチと鳴りながら輝く石だ。しかし、当然見覚えもある。
思い起こされるのは、雷閃に向かって落ちた雷。
彼はなぜか雷を操る力を持っているようなので、きっと宣言通りこの家を守っているのだろう。
そう自分を納得させると、シャルルはさっさと家に入って2階の寝室に向かっていく。場所は2階の一番奥の右側だ。
隣の客室ではマリーが雷閃と一緒に眠っているはずなので、音を立てないように処刑人としての技術を全力で使い……
「……」
何を思ったのか、その前で立ち止まった。
無表情のままのシャルルは、静かに客室のドアを開ける。
すると、目の前に広がっていたのは最初からわかっていた通り、マリーが雷閃を抱きしめて眠っている光景だ。
昨日彼が宣言していた通り、この家の中はどこまでも平凡で、だがこの國ではありえないような平和が保たれていた。
~~~~~~~~~~
翌朝、すっかり日が昇りきった頃。
自宅に帰ってきていたシャルルは、いつも通り黒いコートを着たままベッドへ倒れ込むようにして寝ていた。
基本的には棒のようにうつ伏せになって、息ができているのか不安になるような体勢で眠るので、寝息は聞こえない。
しかし、もちろん処刑人がそんな下らないことで窒息死するはずがないので、ちゃんと生きて周囲の変化にも敏感だ。
静かに寝室のドアが開くと、シャルルは指をピクリと動かして確かな反応を示す。
とはいえ、熟睡していたことにも変わりはない。
寝る直前に雷閃達の様子を見ていたこともあってか、野外で気を失った勢いで寝た時と同じように、枕の下から出てきた目はトロンとしている。
「ふみゅう……ほえ?」
ゆっくりと体を起こしたシャルルは、かすかな音がした方向にぼんやりとした目を向ける。すると、視線の先にいたのは当然のように雷閃だ。
この國では他に見ることがない和服姿なので、寝ぼけ眼でも見間違えることはありえない。それを見た意識は一気に覚醒したらしく、シャルルはバッタのように跳ね起きた。
当然、雷閃も起きたことに気がついたはずだが、特に驚いた様子は見せずにそのまま椅子を運びながら入ってくる。
どうやら、それなりに長居するつもりらしい。
相変わらず警戒するシャルルがベッドの上で身構えている中、彼はスタスタとベッドの真横にやってきて、にこやかに椅子に座って口を開く。2人の表情は完全に真逆だ。
「や、おはようシャルルお兄さん?」
「お兄さんって言うな!!」
「やっぱりね言はかわいいんだね」
「うるせぇ、可愛いって言うな!! ぶっ殺すぞ!?」
「きみはぼくをこうげきしないよ。だって約束したもんね。ぼくがいるかぎり、このお家はこの國で最も安全な場所になるって。よくねむれたみたいでよかったね?」
雷閃の言葉をひたすら拒絶するシャルルだったが、昨日の夜も黙り込んだ話題に移ると、すぐさま閉口する。
さっきまでの怒りはすっかり消え去って、目だけしか見えていなくてもわかる仏頂面になっていた。
しかし、今回は無感情にまでなることはない。
やや含みがある最後の問いかけにスッと目を細めると、鋭い言葉を返す。
「眠れてたら、何だ?」
「……あは、ちゃんとはっきり言った方がよかったね。
昨日の夜は何をしていたのかな? もしかして、一昨日ぼくをころそうとしていたことに関係があるの?」
「あ? お前マジであの空き地から出歩かなかったのかよ」
明らかに探りを入れてきた雷閃だったが、シャルルとしては彼がこの國についてまったく聞き込みなどをしていないことを意外に思ったようだ。
つまり、早朝に空き地にいろと言われてから、マリーが様子を見に行くまでの間、おそらく彼は飲まず食わずでい続けたということになる。
雷閃が一緒に落ちたと思われる雷は夜落ちて、寝てもいなそうだったので、最低でも夜と朝は何も口にしていない。
マリーが訪れた時間によっては昼までも抜きで、夜になってようやくシチューを食べられたことになるだろう。
精神年齢もそうだが、10歳程度の子どもとは思えないような忍耐力だ。その事実に驚いたシャルルが思わず聞き返すと、彼は素直な笑顔で首を縦に振った。
「うん、約束したからね」
「狂ってんな」
「それが神秘さ」
「神秘……?」
「ぼくのしつ問が先だよ。昨日の夜は何を?」
「はぁ……俺は処刑人だ。昨日ももちろん処刑しに行ってた。だからこそ、不審者であるお前も殺そうとした」
またも雷閃の言葉に意識を持っていかれたシャルルだったが、今度こそ疑問を遮断されて答えを促される。
ため息を付きながらも、仕事や昨晩のことを彼に教えた。
だが、処刑人という普通ならかなり忌避されるべき職業だと明かした割には、両者共に反応は薄い。
この國に生まれたシャルルは当然としても、雷閃も『へー』と何でもないことのようにつぶやくだけだ。
ほとんどスルーに近い態度で告白を済ませると、シャルルはすぐさま初対面の時からの疑問を問いかける。
「もういいだろ。それよりお前が何なのか教えろよ」
「ぼくは雷閃だよ」
「雷の事に決まってんだろ、クソガキが」
「……まぁ、おいおいね」
「はぁ? こっちは仕事について教えてやったろ!?
ギブアンドテイクだ、俺にも教えろ!!」
あからさまに誤魔化し始める雷閃に、シャルルはもちろん声を荒げる。だが、相手は殺しにかかられても無反応、飲まず食わずでも気にしない雷閃だ。
どれだけ威圧しようとも、ビビったりすることはない。
年齢に見合わない冷静な態度で、淡々とこの國の情報を知るための交渉を始めた。
「ギブアンドテイク、か……ぼくはご飯をもらったけど、それはマリーお姉さんだよね。だとしたら、この家の平和を守ることとさっきの情報で等か交かんなんじゃない?
ぼくの力について知りたければ、まずはこの國について教えてほしいな。ちゃんと言いつけも守ったんだしね」
「待て、家を守る代わりに滞在させてんだろ!?」
「じゃあ、不思議な力ときみの仕事に同じか値あるの?
家を守るのと命を守るのも、等かじゃないんじゃない?
まぁ、たいざいじょうけんのことはみとめたからいいけど、情報はね? 処刑人と國のこと、両方聞きたいな」
「……ッ!!」
雷閃はさっきと同じく力についての説明を後回しにするが、今回は自分が使った理由で返されたので、流石にシャルルも言葉を失う。
たしかに食事はマリーが作っている。
食材はどうだかわからないが、少なくとも彼女が動かなければシャルルが放置していたことは疑いようもない。
その他のことに関しても、雷閃が言った通りだった。
守っているのも、他に聞ける相手がいないのもシャルルの側なので、この交渉で有利なのは彼の方だ。
仕方なくシャルルは、大人しくベッドに座って質問に答えることにする。
「で、何が聞きたいんだよ?」
「まず、この國はどこにあるの?」
「知るか。國外逃亡は処刑されるから世界地図とかもねぇ。一応名前言っとくと、ここはセイラムって國だ」
「じゃあ、し配者はだれ?」
「処刑人協会――ウィッチハント」
「会長は?」
「マシュー・ホプキンス」
「國外とうぼう以外の罪は?」
「さぁな。夜に集会してても、少し逆らっても同じく処刑だ。服装で処刑されることや仕事を休んで処刑されることもあるし、基準は協会のものさし次第だろ。
ま、独裁國家だ」
「目的は?」
「ないんじゃね? 強いて言うなら、マシューのおっさんは強い処刑人を育ててたりするぜ。わかるのはそんくらいだ」
一通り疑問点を聞いていった雷閃は、意外にも素直に答えてくれたシャルルの答えに頭を巡らせる。
質問が途切れたことで、シャルルは段々と苛立ちを露わにしていった。しかし、それが爆発する前にまた彼は質問を口にしていく。
「じゃあ、この國に神はいる?」
「はぁ? んなもん聞いたことねぇよ。
……ただまぁ、協会の奥には、マシューのおっさんが崇めてる何かがあるってのは聞いたことがあるな。噂程度に。
なぁもういいだろ? さっさとお前について教え‥」
『シャルちゃーん、雷閃くーん、朝ごはん食べるー?』
「ッ……!!」
ついに痺れを切らしたシャルルが問い詰めようと口を開くと、直後にその声を遮るように階下からマリーの声が響いてくる。
延々と胡麻化され続け、さらにはマリーにまで邪魔をされたシャルルは、プルプルと体を震わせていた。
しかも、雷閃は彼女の呼びかけに応じて立ち上がり、一旦話は終わりだとばかりに椅子を運び出している。
「おい待て、お前について‥」
「ぼくは一度この答えを持ち帰らないと。
また何か気になったら聞くからよろしくね」
「こんのクソガキがァッ……!!」
すぐさま静止しようとするが、彼を制御するなど不可能だ。シャルルは質問を鮮やかにスルーされ、ふて寝しようとしたところをマリーに連行されて朝食を食べることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます