9-たとえば、動く死体
雷閃の滞在が認められた日の夜。
処刑人協会の会長から仕事を割り振られていたシャルルは、彼らには内緒で深夜に出歩き、一仕事終えていた。
ギロチンは修理中……というか作り直し中なので、武器は適当に持ってきたただのナイフだ。
真っ赤な液体で濡れて滴っているそれを拭いながら、シャルルは豪華な家を出る。
その家にも、相変わらず無駄に立派なガレージがあった。
「ふわぁあ、やっぱギロチンねぇとダルいなぁ。
無駄に揉み合ったせいでクソ疲れた。眠ぃ」
先日と同じように死体回収人――ジルを呼び、彼に苛立ちながらも回収を始めたのを見届けると、軽くあくびをしながら、やはり同じように道を進んで馬車に向かう。
今回仕事をした場所は前回よりも自宅から遠く、死体処理場もといフランソワのラボや処刑人協会の本部が近い場所だ。
処刑の仕事がある日に、無関係な人と出会うことはもちろんほとんどない。
とはいえ、ジルのような回収人には会うのだから、同じように処刑の仕事をしている処刑人に会う可能性も全然ある。
しかも、仕事の場所が処刑人協会の本部の近くともなれば、その確率は跳ね上がることだろう。
そのためシャルルは、かなりフライング気味に回収人を呼び付け、ナイフを拭うことも忘れて今拭い始めているくらいに慌ただしく、道を駆け足で進んでいた。
何よりも処刑人協会に近寄りたくないのだから、その足を止めるようなことはない。もしも馬車の向こう側に、明らかに怪しい物体が動いていなければ……
「……あぁん? 何だあれ、人間か?」
馬車に乗ろうとしていたシャルルは、その視線の先に動くものを見つけて、ピタリと動きを止める。
随分と遠くに見えるナニカは、人型なのでパッと見は人間に見えなくもない。
事実、ちょうど御者台に足をかけていたシャルルが最初に口からこぼしたのは、人間か? というつぶやきだ。
しかし、その姿を遠目に認めてジッと凝視してみると、形はともかくとして動きが明らかにおかしかった。
それは忍び足をするかのように動いては止まり、動いては止まりを繰り返し、さらには夜目がそこまで良くはないのか、両手をわずかに前へ突き出すようにして移動している。
こんな深夜に人が出歩いているのもおかしければ、その挙動も遠目で何やら不審に思う程に怪しい。
仮に普通に人間だったとしても、どう考えててもまともではないか処刑対象になる者だろう。
ピタリと硬直していたシャルルは、しばらく怪しげに人影を見つめた後、ゆっくりと荷台に放り投げていたナイフを回収してからそれに向かっていった。
馬車は帰宅時間に関わる大事な足なので、決して被害に合わないように止めたままだ。
ポツポツと家屋が立ち並ぶ道の真ん中を、シャルルは目標を分析しながら徒歩で慎重に進んでいく。
(距離は300メートルちょい、建物の間を縫うように進む人が1人、武器なしか? ゆっくりと進む割に周囲を警戒している様子はない。一心不乱に直進している。体格はよし、身長は目算でも明らかに俺よりでかい……190はありそうだ。……いや、バカみてぇにデカいな?
手足も丸太かよ)
夜の処刑で暗闇に慣れていても、何百メートルも離れていては流石に昼間のようにはっきり見通すことはできない。
しばしば家の影に隠れる人影を追って、シャルルは正体不明の巨漢を追っていく。
段々とその人影の服装がわかるようになり、歪な体がはっきり見えるようになり、最終的にはその顔つきもはっきりと見えるようになる。
機械的に規則正しく動く人型……その間近にある物陰に隠れたシャルルの目の前には、簡素な服に身を包んだ病的に顔色の悪い人の姿があった。
(ふーん? 例えば、動く死体。
蠢く軟体動物らしきもの、またはツギハギの怪物や、それに準じるもの……ねぇ。まさに言われた通りの化け物だ。妙なものにも程がある)
鼻につくのは、明らかに肉が腐った死臭。
それが動く時に聞こえてくるのは、明らかにまともな筋肉がないミチミチ……という異音や、つい耳を塞ぎたくなるようなぐちゃぐちゃっと肉塊が地面に激突する音。
そこにいたのは、視覚聴覚嗅覚そのすべてが脳に警告を発してくるような、既に命が終わったモノの成れの果てだ。
陰からひっそりとその様子を観察するシャルルは、動く死体を発見するように誘導されたことを察し、思考を巡らせていた。
(マシューのおっさん、わざわざ異変に気づかせるためにここらで処刑をさせたのか。目的は……まぁ解決だろうな。わざわざ俺を使う理由はわかんねぇが……
こんな怪しい案件、俺くらいの立場がちょうどいいってか? ダルすぎる。つうか、昨日俺が本部行かなきゃ放置してたのか……? クソすぎんだろ、うちの協会)
大体の状況を理解したシャルルは、深くため息をついてからナイフを抜く。どう考えても誘導されたとはいえ、あんなものを見せられて放置もできない。
この國では、ほんの些細なことでも処刑対象にされるのだ。
最も確実に罪人となり、また最も多くの罪人が生まれているのは外の世界に興味を持つことだが、異変の放置も秩序を乱す行為であることには違いなく、十中八九処刑対象にされるだろう。
たとえ処刑人であろうともこの國の住人には変わりないので、決して処刑から逃れられはしない。これからもこの國で生き残っていたければ、あれを殺して異変に対処するしかなかった。
それがこの國のルール。
生き残りたければ、処刑するか、告発するか。
または、一定年齢を超えたら処刑に負けない速度で子どもを生み続けるか……
処刑人という道を選んだシャルルには、罪人を処刑するだけの力を証明したシャルルには、あれを殺して異変を解決する以外の道は残されていないのである。
(敵は死体で、武器はナイフ。どこを切りゃいいんだ?)
ナイフを抜いたシャルルだったが、敵は死体とはいえ自分よりも遥かに体格がいい男だ。動いている理由もわからないのだから、そう簡単には近寄れない。
なおも進み続ける死体を前に、隙を伺う。
(候補は心臓、足、首……ひとまず動きを止めるか)
死体はただ道を歩くだけだ。その遅々とした歩くスピードを測っていたシャルルは、最も狙いやすい足に向かってナイフを構えて駆け出していく。すると……
「処刑人、検知!! 自己防衛命令、受諾!! 迎撃、実行!!」
さっきまで無言でただ歩くだけだった死体は、唐突に叫びながらくるりと振り返って腕を振り回し始めた。
それは死体とはいえ、身長190センチ近くある巨体を持っているので腕も丸太のようだ。
もし直撃したら細身のシャルルなどひとたまりもないので、とっさに身をひねることで回避する。
当然、処刑人が回避だけで終わらせるのは、たとえいきなりのことであってもあり得ない。
滑るように地面を移動したシャルルは、素早く懐から取り出したワイヤーをそれの足に引っ掛けることで、見事にひっくり返すことに成功した。
「ギャハハハ!! んだよ、テメェ戦えんのかよ!?
けど、意志がねぇなら張り合いもねぇな!! 死ね……ってのは今更かァ? だがいい、死ねぇ!!」
地面に転がった死体は、早くも体を崩し始めているのですぐには立ち上がれない。ゆっくりと手足を動かして立とうとはしているが、すぐにナイフを振るったシャルルによって手足を切り落とされていった。
ぐちゃぐちゃっと鳴りながら落ちたそれらからは、ちゃんと生きた人間のように血が溢れ出す。腐臭を吹き出しながら、場所によってはホースが切れたかのような勢いで飛び散っている。
「血は普通に流れんだなァ!? ワタクシは新鮮な死体ですってかァ!? おい、新鮮な死体って何だよ、ギャハハ!!」
四肢がもがれても、死体は動く。
一体それは何なのか、動力はどこに存在しているのか。
黒いコートに血の雨を被っているシャルルは、続けて首と体を泣き別れにしてしまった。
死体はそれでも動きを止めなかったが、さらにナイフは心臓を穿ってりんごよりも赤い球体を取り出してしまう。
死体は、それでも止まらない……
途中で先がなくなっている手足をバタつかせ、必死に処刑人に抵抗しようとしていた。
「……!? おいおい、何だよこりゃあ。 心臓、頭、どっちも動く理由じゃねぇのか? 手足も切ったぞ?
他にどこ切りゃいいんだこの野郎」
それを見たシャルルは、流石に度肝を抜かれたらしく冷静さを取り戻してぼやき始める。足の下に寝転がっているモノは既に、ただの肉塊のはずだった。
「蠢くことすらできねぇくらい、念入りに細切れにするしかねぇのかこれは? 流石に気色悪ぃぜおい……」
ドン引きした様子を見せながら、シャルルは死体を刻む。
それでもピクピクと動いている死体だったが、ようやく処刑した死体を回収し終わったジルが箱に詰めて死体処理場へと運搬していった。
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