8-侵入者の行方
処刑人協会の本部を出たシャルルは、再び馬車に乗って道を進む。向かう先にあるのは、今度こそ自宅の方面だ。
用事はもう完全に終わっているので、その表情からは力が抜け、かなりリラックスした様子を見せている。
とはいえ、もちろん何も憂いがない訳ではない。
ラボでの修理依頼は上手くいったが、処刑人協会での休業要請は拒否され、新たな仕事も舞い込んできた。
処刑後ではないので緊迫した表情ではないが、若干うんざりしたように肩を落として馬車を操っていく。
「はぁ〜……終わった終わった。けどやっぱ無理だったなぁ。たしかに殺せるけど、昨日のやつみたいに抵抗されたら同じ土俵に立つ必要があるから、普通に面倒くせぇよ」
フランソワによって、ギロチンが作り直されるまでの期間、処刑は慣れた武器ではないものを使わないといけない。
おまけに彼女は、相当キレていたのでそれなりの期間がかかることだろう。どう考えても明日の仕事には間に合わず、3日後もまだ無理。
2週間後もまだ作ってもらえているか怪しいくらいだ。
それだけの長期間、適当な武器で仕事をこなすことになる。
出来るからといって、難易度が変わらないはずもないので、シャルルは移動中延々とぼやき続けていた。
「そういや、あいつはどうなったかな」
そんなシャルルが、ダラダラと道を進むこと数十分。
昨晩処刑を行った集落に差し掛かり、いよいよ雷閃と出会うことになった森が近づいてきたことで、シャルルはぼんやりと空を見上げながらつぶやいた。
天気は相変わらず良い。雷を溜め込んでいそうな雲はなく、傾いてきた太陽は森を心なしか赤く染めている。
使う道は昨晩と変わらないので、雷閃がいる空き地は通り道だ。自宅へ向かっていたシャルルは、ほとんど手がかりのない中で、感覚だけを頼りに昨日の獣道の近くで止まった。
「あのガキは偽善者で、マリーも底なしの善人。妙な力も使ってたし、何も問題は起こってねぇとは思うが」
昨日の今日なので、止まった位置はほとんど昨晩と同じ場所だ。シャルルはできるだけ跡が残らないようにしながら、木々や雑草を押し退けて進み始める。
森は相変わらず静寂が満ちており、マリーはもう帰っているようだった。
「……!? いねぇッ……!!」
そんな森を進むこと十数分後。シャルルの目の前に広がったのは、誰もいない空き地だった。
大きな樹は上から下へと引き裂かれ、その周囲の木々も尽く倒れているので、ここは間違いなく昨晩の空き地である。
しかし、大樹の前にある岩の上には、今朝まではいたはずの少年の姿は影も形もない。
彼にはたしかにここにいろと言ったのに、あの馬鹿みたいに目立つ和服の少年は、勝手に出歩いてしまったようだ。
すぐにそのことを理解したシャルルは、頬をビキビキと引きつらせて怒りを顕にする。
「チッ!! あのガキ、面倒なことを……!!
……ただまぁ、ここには飯もなんもねぇんだもんな。
離れんのも無理はねぇ。俺が見逃したことさえ言われなきゃいいし、言われても侵入者の証言だけで処刑はねぇだろ。……ふん。どっかで見つかって、あいつだけ処刑されちまえ」
静かな森に舌打ちを響かせたシャルルだったが、案外すぐに納得してため息をつく。雷閃は服と刀以外は何も持っていなかったし、ここも森とはいえ人里の近くで動物もそう多くはないので、狩りをするのも楽ではない。
川くらいならば探せばあるが、彼に探し出せるとは限らないし、むしろ素直に留まっている方がおかしいくらいだ。
見つかれば、処刑される。処刑されれば、関係なくなる。
冷静に状況を整理したシャルルは、今なら自分には関係ないことだと言い聞かせるようにつぶやくと、さっさとこの場を去っていった。
~~~~~~~~~~
「なッ……!?」
それからさらに十数分後。
ようやく自宅に帰ってきたシャルルの前には、マリーと一緒に仲良くテーブルに着く雷閃の姿があった。
招待した覚えなど、もちろんない。
むしろ、今朝は絶対についてくるなと言っていたくらいだ。
それなのに彼は、すっかりこの家に馴染んでスプーンを握りしめていた。
「おいクソガキ!! テメェ何で家にいる!?
来たらぶっ殺すって言ったよな!?」
少しの間固まっていたシャルルは、ハッと我に返るとすぐにテーブルまでずんずんと突き進みながら声を荒げる。
ギロチンこそ持っていないものの、爛々と輝く目は凄まじい殺意を秘めていた。
「何でって、マリーお姉さんにまねかれたからだよ。
それに、きみにぼくはころせないって。ぜったいにね」
しかし、相手はシャルルのギロチンを吹き飛ばし、そのまま昏倒までさせて朝まで寝かせていた張本人だ。
その威圧感にまったくビビることなく、素直に理由を告げて挑発まがいのことまで言っている。
彼の真横まで来たシャルルは、その言葉を聞いてさらに怒気を強め、物理的に拒絶するために手を伸ばしていく。
「今、すぐに!! 出てけッ!! ここは!! 俺の家だッ!!」
「待ってシャルルっ! この子は私が連れてきたのっ!!
あなたに言われた通りに様子を見に行ったら、1人でポツンと寂しそうにしていたから……!!」
激昂して雷閃に手を伸ばすシャルルだったが、その手は彼を掴む前にマリーに掴まれる。さっきまで反対側に座っていた彼女は、行動を察して素早く立ち上がっていたのだ。
しかし、当然それで怒りが収まることはない。
勢いよく手を掴まれ、そのまま体をねじ込んできたマリーに行く手を遮られたシャルルは、押されて数歩後退しながらも言い返す。
「俺は様子を見てきてくれとしか言ってねぇ!!
そもそも、お前も招いた覚えはねぇぞ!!」
「私はその後連れてくるなとも言われてないわっ!
招かれていないのは、たしかにそうなのだけど……
ちゃんと合鍵があるものっ。いつものことよ?」
初めは雷閃に怒りが向かっていたので、シャルルの威圧感は処刑人時とそう変わりはない。
だが、普段はほわほわとした態度のマリーは、意外にもそれに臆することもなく、毅然と言い返していく。
後半に関しては本当にいつものことなので、やや目を泳がせてからふんすっと胸を張っていた。
「そのいつもがおかしい‥」
「でも‥」
「……」
彼女達の口論は終わらない。シチューのお皿を前にスプーンを握りしめる雷閃は、それを優しい目で見つめている。
マリーはまだ若干ほんわかとした優しげな雰囲気のままで、シャルルは雷閃に怒っていた時よりも幾分勢いを落として、もはや痴話喧嘩と言えるような喧嘩をしていた。
「このお家は、きみにとってとっても大切なものなんだね」
「あぁん!?」
しばらく経ってから雷閃がつぶやくと、シャルルはマリーに押されていたこともあってかすぐさま噛み付いた。
その目を真っ直ぐ見返す彼は、マリーの背中越しににっこりと笑いかけていく。
「ぼくのことは強くきょぜつしているけど、マリーお姉さんは前から来ていたからか、そうでもない。
立ち入る相手を選ぶくらいに、大切にしている」
「だったら何だ!? すぐに出てってくれんのか!?」
マリーがオロオロと視線を行き来させる中、自身を見透かすような雷閃に対して、シャルルは再び語気を荒げる。
しかし、より目の前の処刑人への理解を深めた彼が告げるのは、真逆の言葉だった。
「ううん、ぼくはきみに1つてい案……というよりは、心変わりしそうな言葉、かな? それをあげる。ぼくがいるかぎり、このお家はこの國で最も安全な場所になるよ。
マリーお姉さんも他の人でも、この中で人は死なない」
「……」
彼の言葉を聞いたシャルルは、スッと存在感を消す。
襟によって顔の全体は見えないが、出ている目からは威圧感どころかさっきまでの殺意も消えていた。
「……好きにしろ」
「ありがとう」
抜け殻のようになったシャルルは、力なく雷閃の滞在を許可して背を向ける。その声は誰の意思もないかのように無機質で、確かな意味はあるのにただの音の羅列のようだった。
「あ、シャルルっ! 今日のシチュー、とーっても美味しくできたの。あなたも一緒に食べましょう? 雷閃くんは先に食べているけれど、私は待っていたから大丈夫よ」
雷閃に背を向けたまま階段へと進むシャルルだったが、無事に解決したと見たマリーはほんわかと食事を勧め始める。
朝と同じように目の前に立ち塞がって、自分を退かそうと伸ばされた手を逆に掴み、有無を言わさない様子だ。
「食欲ねぇ」
「だーめ。あなた朝も昼も食べていないでしょう?
ただでさえ痩せているのに、もっと痩せちゃうわ」
「いーらーねーえー」
「たーべーなーさーいー」
もうすっかり2人のやり取りに慣れた雷閃少年が、美味しそうにシチューを食べる中。彼女達は一気にシリアスさが薄れた、口論の第2回戦を開始していた。
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