7-処刑人協会

「……」


フランソワにギロチンの作り直しを依頼し、ジルから隠れるようにラボを出たシャルルは、再び馬車に乗って道を進む。


ラボに向かっていた時は、嫌そうな顔こそしていなかったが面倒くさそうだった。しかし、今回は眉を寄せてより険しい表情になっており、どこか緊張しているようである。


向かう先にあるのは、もちろん自宅ではない。

むしろその真逆の方向に向かっており、いくつもの森や集落を抜け、周囲の建物はかなり立派になってきていた。


自宅の近くにある集落のような木造ではなく、レンガ造り。自宅のようにポツンと建ってもおらず、その近くにある集落のように間が大きく空いているということもない。


家々がかなり密集した、いわゆる街。

若干煙っぽくもあるそのような地域の中を、シャルルは無言で進んでいく。


「……はぁ、気が重いぜ」


やがて馬車が止まったのは、先程のラボほどではないものの、今いる街の中ではそれなりに立派で目立つ建物だ。


もちろん庭はないが、隣にはしっかりした造りの馬車置き場が用意されており、建物自体も歴史を感じる古びたもの。かといって、新築が立ち並ぶ周囲に見劣りすることもない。


レンガ造りの壁はきちんと清掃されていてまだまだ綺麗さが保たれているし、教会の役割も担っているのか屋根の一部が塔のように尖って、密集した中でもひときわ存在感を放っていた。


ここは、このセイラムという國の首都にあたるキルケニー。その中核を担う組織である、処刑人協会――ウィッチハントの本拠地である建物だ。


シャルルはラボとは違ってダラダラとした動作で場所を止めると、これまたゆっくりと協会の入口に向かっていく。


「あらっ? あなたに会うのは久しぶりね!」


すると、その手が協会のドアに触れる直前。いきなり横からかけられた声によって、シャルルは動きを止める。

それが幸運だったのか不運だったのかはわからない。


だがたしかな事実として、ラボよりも嫌そうにしていた協会に入るタイミングは、少しばかり遅れることになった。


といっても、最終的に入ることになるのは変わりはないので、シャルルは変わらず不機嫌そうだ。

高く立った襟によって口元は隠れているが、はっきり見えている目はあからさまに相手を拒絶している。


「……ウィリアムズか。何の用だ?」

「何の用って、それはこっちのセリフ。

あまりここに近寄りたがらないあなたが、わざわざ自分からやって来るだなんて。一体どういう風の吹き回し?」


振り返った先にいたのは、動きやすそうながらもかなり豪華なドレスを身に纏った少女――ウィリアムズだ。

彼女は不機嫌そうな声を聞いても意に介していないようで、活発そうな瞳を輝かせて元気に問いかけてくる。


その声の通り好奇心旺盛らしく、パタパタと駆け寄ってくる彼女の胸では、ポフポフと派手なネックレスが跳ねていた。


「そりゃあもちろん用事があるのさ。

仕事は送られてくるんだから、用がなきゃ来ねぇ」

「その用事が何かを聞きたいのだけれど……ふふ。

そうね、もしかしてギロチンを壊したのかしら?」

「さぁて、どうだかな。馬車に積んでるかもしれねぇな」


ギロチンを持っていないからか、蠱惑的な笑みを浮かべながら的確に来た理由を推察してくるウィリアムズに、シャルルは表情を変えずに適当な言葉を返す。


本当に壊れていることを隠してごまかす辺り、彼女のことはあまり信頼していないようだ。しかし、彼女としてもそこまで気になりはしないらしく、深く追求はしなかった。


探るような目を向けていながらも、すんなり納得して思わせぶりな笑顔を浮かべている。


「ふーん……でも、ちょうどいいタイミングね」

「何が?」

「何でしょうね〜? 気になるなら用事を‥」

「じゃあな」


意趣返しのようにニヤニヤと笑いかけてくるウィリアムズに、シャルルはもうこれ以上付き合うことなくドアを叩く。彼女も推察はしていたので、引き止めはしない。


さっきの言動はブラフだったのかと思えてくるような、実に鮮やかな変わり身でその背中をにこやかに見送っていた。




「こんにちは、マシュー会長はいらっしゃいますか?」


ドアをノックしてから協会内に入ったシャルルは、いつになく丁寧な言葉遣いで挨拶をする。その声が響いているのは、完全に教会と言ってもいいほどに規則正しくチャーチチェアが立ち並ぶ聖堂だ。


室内は外からの光をさんさんと浴びており、最奥には十字架や燭台などが設置され、神秘的に輝いている。

だが、その側にいたのは神父ではない。


神父やそれに準ずる人物がいるべき台は空白で、その真横には磨き上げられたグランドピアノを弾く奏者がいた。

彼はラボにいたジルと同じくらいに背が高く、しかし彼とは真逆で黒いスーツにマントを羽織っている。


ほとんど外に出ていないかのような白く長い指は、シャルルの問いかけに影響を与えられることなく、延々と演奏を続けていた。協会内に響き渡るのは、交響曲第5番-運命。


シャルルは不機嫌を隠して歩を進めると、グランドピアノの少し手前で立ち止まって無遠慮に声をかける。


「モーツァルトさん、その名を使うのならその名の通りの曲を演奏したらどうです?

よりにもよって、その曲ですか」

「君がギロチンを武器に選んだようにかな?

ふ……そのような気遣いは不要だよ。名は己の指針となるが、決して道を縛り付けるものではない。

この名は私の方向性を定めるが、進む道は私のものだ。

……それに、今の君にはピッタリな曲だと思うがね」

「どういう意味ですか?」


黒いスーツの男性――モーツァルトは、シャルルの言葉に返事をしながらもピアノを弾く手を止めない。

ただの一度も目を離すこともなく、どこか狂気的な顔つきで延々と曲を奏で続けていた。


「はて。滅多にここに近寄らない君が珍しく訪れたその日に、私がこの場所で演奏している。実に運命的だろう。

……それとも、他にも意味を与えてしまったかな?」

「あんたは大抵ここにいるだろうが」

「いやいや、音色というものはどんな場所でも……ふむ、無駄話はやめておこう。マシュー・ホプキンスが来たぞ」


目はピアノに釘づけながら、外で出くわしたウィリアムズと同様に探られ言葉遣いを戻すシャルルだったが、彼に会長の出現を告げられたことで神妙な面持ちになる。


促されるままに振り返ってみれば、協会の執務室から出てきたのはシルクハットにスーツ、レザーソールと、キチっとした正装をしている男性だ。


杖を付きながらやって来る彼――マシューは、シャルルが協会に入ってきた時の呼びかけが聞こえていたのか、特に驚きもせずに目の前までやってきた。


「こうして直接顔を合わせるのは一体いつぶりになるだろうな、シャルル・アンリ・サンソン」


シャルルよりも数センチ背が高いマシューは、豊かな口ひげを触りながら冷たい視線で問いかける。

といっても、その目に敵意はない。


ただ単に、処刑人協会の会長としてそのような目が備わっているだけだろう。妙な圧力を感じさせるが、シャルルも落ち着いた様子で口を開いていた。


「ほんの数ヶ月ぶりですよ、ムッシュ」

「そうか。……それで? 今日は一体何の用だ?」

「実は、ギロチンが壊れてしまいまして。

しばらく仕事を休ませていただきたいなと」

「却下だ。ナイフでもなんでも人は殺せる。それに、今晩もまた頼みたい仕事がある。これは決定事項だ」

「……承知いたしました」


促されるままに早速本題に入り、ギロチンのことを伝えるが、マシューは有無を言わさない様子で休暇を却下する。

その身に纏った雰囲気は変わっていないが、彼にはどうにも逆らい難い圧力があった。


答えを聞いてスッと目を閉じたシャルルも、ほんのわずかに沈黙しただけですぐに頷き、再度お辞儀をしてから去っていく。


「……ふむ。顔を合わせたついでに聞くが、貴様はここ最近、何か妙なものは見たか?」


だが、協会の外へ向かってほんの少し歩いたとろこで、彼はいきなり呼び止めて問いかける。

妙なもの……あまりにもはっきりしない物言いに、シャルルは首を傾げるばかりだ。


「妙なもの?」

「うむ。例えば、動く死体。蠢く軟体動物らしきもの。

またはツギハギの怪物や、それに準じるもの」

「……いえ、見たことも聞いたこともありませんが」

「そうか」


多少は想像しやすい単語に置き換わってなお、それらは身に覚えのないものばかりだ。一言で言うとしたら、やはり彼が最初に言った通り妙なものになるだろう。


シャルルは素直に答え、マシューは聞くだけ聞いて満足したのかそれ以上は何も言わない。

この場には、ただモーツァルトの奏でるピアノの音色だけが響き渡っている。


これ以上何も聞けないシャルルは、不思議そうな顔を隠しきれないままで協会を後にした。

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