6-別世界の視点

「全人類が褒め称えるエイムはクシクラゲの子守唄?

美味な種を洗濯するには、デリートキーが必要だ」

「……!!」


敷地内に広がる庭を突っ切り、馬車をつなぎ場に置いてからラボの扉を叩くと、中から出てきたのは2メートル超えの身長でゆらりと立つ白衣の男性――ジルだ。


フランソワから予告されていたとはいえ、昨晩の死体回収時に引き続き彼と話すことになってしまったシャルルは、目元をプルプルと痙攣させている。


しかし、ほとんどまともな会話が成立しないジルは、たとえ黙り込んでいたとしても意に介さない。

柳のように細い体を揺らしながら、高い天井のラボを歩きやすそうに進んでいった。


昨晩は回収人だった彼は、今は案内人としてこの場にやってきているので、置いていかれたらきっとフランソワの元へは辿り着けないだろう。


その言動に苛ついている様子のシャルルだが、軽く舌打ちをすると案外すぐに彼の後ろをついていく。


「天井を模した光線銃は、作業場に咲くトイレットペーパーの叫び声。きっと空き缶は本棚を整理し、深淵より弾け飛ぶ正弦波で木々を笑わせることだろう。あぁ、血に濡れた花々が愛するのは、砂糖にまみれた不燃ごみ」

「黙って案内できねぇのかよ、テメェは!!

意味不明すぎて神経が焼き切れそうだ!!」


といっても、もちろん彼の不可解な言動を許容した……という訳ではない。


照明が照らす廊下を進み、階段を登っていく間、延々と続きそうな音の羅列にすぐ痺れを切らすと、シャルルは細い足を蹴りながら文句を言い始める。


だが、まともなコミュニケーションを取っていないジルなので、意思疎通を図るのはほぼ不可能だ。

物理的な存在感を示したというのに、まるでそこにいるのはシャルルではないかのように虚空へ話しかけていた。


「ふぅむ、1つ聞くがハイドくん。君は、空を飛ぶ目玉焼きを見たことがあるだろうか? あれはいいものだ。

かのローマ皇帝すらも羨望の眼差しを向けたものだとも。

いや、むろん海水を飲む以上の偉業ではないがね」

「あー、あー!! 誰かこいつに猿ぐつわでもしろよ!?

俺じゃ背が足りねぇんだクソッタレ!!

身長が2メートルある代わりに脳みそ溶かしてんのか!?」


およそ案内人とは思えないようなことを喋り続けるジルは、どれだけシャルルが叫んでもガン無視だ。

ずんずんと階段を登り、案内対象を置いていく勢いで廊下を突き進んでいく。


ようやくフランソワがいるらしい場所に辿り着き、彼が立ち止まった頃には、シャルルは耳を塞いで騒いでいた。


「絶縁体は盤面にいくつは位置した? それ如何によって、どれだけ読者の期待に添えるかが決まるぞ。ぜひ私に教えておくれ。蠱毒はどのような宮殿を食すのか」

「うっわ……なんて騒がしさだ。シャルルもジルも、好き勝手喋ってんじゃないよ。ここは僕のラボだ。

ルールに従って」

「あぁん!? いつの間に着いてたんだ。言えよクソ柳」


ジルが前に立ったことで部屋の扉が自動で開くと、数え切れない機械で埋め尽くされた室内からは、さっきの少女が口にした文句が聞こえてくる。


彼は無茶苦茶なことばかり言っていたが、どうやらちゃんと案内はできたようだ。


遅れながらもそれに気がつくと、シャルルも顔をしかめながらジルに文句を言い、再びその足を蹴った。

もちろん、彼からのまともな反応はない。


相変わらず理解不能な音の羅列を紡ぎ出しながら、もう仕事は終わりだとばかりにUターンして去っていく。

一体どのようにして彼に案内を頼んだのか……謎は深まるばかりである。


「つうか、そんなルールも聞いたことねぇけどな」

「そりゃそうだろ。今作ったんだから」

「息吐くように嘘つくんじゃねぇ」


シャルルが部屋に入りながら、ふと思い出したように言葉をこぼすと、機械の中にでも埋まっているのか、姿の見えない彼女はしれっと返す。


ジル程ではないにしろ、彼女も大概適当なことばかり言う質のようだ。そう珍しいことでもないらしく、シャルルは特に荒ぶることなくどうでも良さそうに吐き捨てた。


もっとも、フランソワが適当なことを言うのは、ジルと長く一緒にいるからの可能性もあるが。


「あれ、ギロチンは?」


床に転がる機械を蹴り飛ばしながら歩いていったシャルルが、ようやくソファまで辿り着いて頭を休めていると、作業を終えたらしいフランソワは装置の隙間から顔を出す。


同じ部屋にまで来て、まだ彼女は顔しか見せていない。

ジルは疑いようもない変人だが、彼で麻痺してしまうだけで彼女も十分変人の雰囲気があった。


しかし、やはり慣れている様子のシャルルはスルーだ。

自宅のようにぐたっとくつろぎながら、一切取り繕うこともせずに開けっぴろげに答える。


「壊れた」

「うん、だからその壊れたギロチンは?」

「残ってんのはこのワイヤーだけだ」

「はぁ!?」


シャルルが黒いコートのポケットからワイヤーを取り出してみせると、顔だけの彼女は目どころか口までも全開にして、今度こそ完全に固まってしまった。


ワイヤーが静かに揺れる中、部屋には沈黙が満ちる。

持ち主はぐでっとくつろいでいるため、いつまでもこの沈黙は終わらずにただ機械音だけが響いていた。


「……」

「くぁ……」


あくびの合間に、ピーピーと機械から甲高い音が鳴る。

カチッカチッと規則正しい時計や歯車の音すらも、今だけは人の声や作業音にかき消されずに響いていた。


人間の手が加えられない以上、部屋にある機械類はまったく変則的な動きをしない。ただ、永遠とも感じられる程の流れが、この異界の中で音となって聞こえ続け……


「おんどりゃあッ!!」


そして、ちゃんと人間の手によって沈黙は破られた。

フランソワは沈黙していた分を取り返すかのように激昂し、さっきまで自分が閉じこもっていた機械の壁を蹴り飛ばして外に出てくる。


ようやく姿を見せたのは、実に作業がしやすそうなシンプルなつなぎ服姿の小柄な少女だ。


ここはこの國で唯一科学設備のあるラボであるはずなのに、彼女は壁を蹴り倒した後も行く手を遮る物や着地点にある物を吹き飛ばし、床に降り立つ。


蹴り倒された機械は当然異音を発し、吹き飛ばされた機械類も派手にバチバチと音を鳴らしていた。


「ないってなんだよ!? ないって!! 残骸すらないんじゃ、それは修理じゃなくて作り直しなんだよ!!

何だぁ、ないって!? どうやったら木の塊が消え失せるんだ言ってみろよシャルル・アンリ・サンソン!!」


右手に先の細いドライバー、左手にかなり大きなスパナを握りしめている彼女は、その先端を向け、今にも襲いかかっていきそうな剣幕で問い詰め始める。


吹き飛ばした機械の中でも、特に安定している物の上に片足を乗せているので、もしも言葉を間違えればすぐさま飛んでいきそうだ。


だが、ここまで来てもシャルルの態度は変わらない。

ソファにぐでっともたれかかりながら、言葉を変えることもなく頼みを言い放った。


「どうって、それ聞く意味があんのか?

ないもんはないんだから、さっさと作ってくれよフランソワ・プレラーティ」

「はぁ!? 僕は修理って聞いてるぞ!?

作り直しだなんて聞いてない!! 無効だ無効!!」

「俺は、壊れたから直してもらいに来たって言ったぞ。

修理じゃねぇ。作りって部分を言い忘れてただけだ」

「おい、そんな屁理屈通用すると思うなよ!?

どれだけ時間がかかると思ってるんだ!!」

「とっても」

「バカ!!」

「はっは。俺はバカだから必要な時間なんてのはわかんねぇんで、完成は3日後くらいに頼むぜ」

「はぁ!? おい、まさか中身や外装加工も丸投げか!?」

「もちろん!」

「処刑されちまえ、お前なんかッ!!」


フランソワの確認に、シャルルはにっこりといい笑顔で応じる。それを聞いた彼女は、ついに怒りが爆発したようで左手のスパナをぶん投げた。


しかし、たかが鉄の塊を投げただけの行為が、プロの処刑人に通用するはずがない。

スパナはさっきまでぶら下げていたワイヤーで弾かれると、綺麗な弧を描いて再びフランソワの手に収まった。


ワイヤーとスパナが綺麗にクロスするよう両手で持っていたシャルルは、そのままポケットにしまって挑発的に笑う。


「俺ぁ処刑をする側だ、バーカ」

「せめて一ヶ月寄越せよ!! こっちも暇じゃないんだぞ!?」

「んー? 仕方ねぇなぁ、2週間にしといてやる」

「たった半分!? 間に合わなくても責任は持たないからな!? 不完全なもので死んだら嘲笑ってやる!!」

「ダイジョーブダイジョーブ、3日経つ毎に仕事ぶりを確認しにいくからよ。手抜きされねぇようにな」

「おい、実質期限3日と変わらないじゃないか!?」

「んじゃ、そゆことで〜」


フランソワが機械をガシガシ蹴って、文句を言い続ける中。要件を伝え終わったシャルルは、目元だけながら悪魔のような笑みを感じさせて去っていく。


背後では『いつか絶対に告発してやるからな!!』という叫び声が響いていた。


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