第3話
「病院食は美味しくないって聞くけど意外と豪華なんだね。私タリアータって初めて食べたよ」
「それ絶対特別だから誰にも言うなよ」
「二人だけの秘密ってやつ? なんかドキドキしちゃう」
「タリアータじゃなければな」
あはは、と歯を見せて笑う会川はスポーツウェアを纏っていた。これからトレーニングなのだろう。
僕は毎週木曜日と土曜日に会川の病室を訪れていた。
木曜の放課後に診察が行われ、健康であれば土曜の午前に再度診察、その後採血が行われるからだ。そこで採られた血液が彼女の身体に流し込まれる。
「で、調子はどう?」
「絶好調!」
「だな。見ればわかるよ」
膨らまない力こぶを作ってみせる会川に僕は苦笑する。
会川の身体自体は健康そのものだった。血液の透明化はただの体質なのだから当然だろう。
それでも会川が今も入院しているのは緊急時の対応と、血液量増加を図る生活を送らせるためだ。
鉄分やたんぱく質の豊富な食事。一定以上の運動。十分な睡眠。健康的な生活リズムを整えて、彼女自身の血液生成速度を上げる。
彼女が絶好調であることは、彼女が生きるための最低条件だった。
「そっちは学校どんな感じ?」
「まあおおむねいつも通りかな」
「私がいなくて寂しいってみんな泣いてなかった?」
「持ち物検査でハムスター没収されて泣いてるやつならいたけど」
「私よりインパクトある話題出すのやめてよ」
ベッドの上の会川は楽しそうに笑った。ここが病院であることを忘れてしまうくらい溌溂とした笑顔だ。「でもそのくらいがいいよね」と会川は窓の外を見た。黄色い銀杏の木が風に揺れている。
「私がいなくても世界がいつも通りに回るのはいいことだ」
どういう気持ちで彼女がそれを言ったのかはわからない。深い意味はないのかもしれない。
だが僕には彼女が日常を諦めているように聞こえた。
「でも僕は毎日泣いてる」
「毎日は逆にこわい」
「泣きすぎてドライアイが治ったほどだ」
「治るんだあれ」
「治るわけないだろ。ドライアイなめんな」
「どういう気持ちで言ってんの」
問われて、自分が少し苛立っていることに気付く。確かに彼女の病気は完治するようなものじゃない。だからって諦めるのは早いだろ。
そのために僕がいるんだから。
「治らなくても一生付き合っていけばいいんだ」
黄色の葉が数枚、木から離れる。
会川は微笑を浮かべて「そうだね」と小さく呟いた。
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