第26話 オールラウンダー
「とりあえず、二時間。フリードリンク付きで!」
カラオケ屋についた三人は瑞穂が取得したクーポンにより、安くなった料金で個室に入る。
飲み物を用意してしずくは早速、いちかに歌をねだった。
「いちか、何にする?」
わくわくとした目色で、カラオケの機械を操作するパネルをタッチするペンを手に取った。
「一番最初が歌いづらかったら、私が場を温めましょうか?」
瑞穂が気を使って提案してくれたので、いちかはその言葉に甘えることにしたのだがそれは間違いだったことに早々に気が付く。現役のボーカリストの後は、非常に歌いにくい。
「ー…、」
瑞穂が歌い終えて、喉を潤すために飲み物を口に含む。いちかは悩みつつも、一番お気に入りの歌を選曲してマイクを手に取った。曲の名前は『SummerTime Blue.』。古い映画の主題歌だった。
ピアノのイントロが流れて、いちかはすうと息を吸う。
一音一音を丁寧に綴り、いちかの鈴のように高い声がよく伸びるようだった。ゆっくりとした曲調の中、サビの一番高い音域で声が僅かに掠れてしまう。唇を舐め、それを補うにはあまりある甘い声色が滲んだ。やがてアウトロが流れて、いちかは終わったことに対する安堵にほっと息を吐いた。
「…。」
「あ、あれ?やっぱり、音痴かな…。」
無言になるしずくと瑞穂の反応に、いちかは頬を紅くしながら苦笑いする。
「いちか。」
しずくが立ち上がり、いちかの両肩を両手で掴む。
「とっとと帰ってバンドやるぞ。」
「え?」
しずくが帰り支度を始めだして、いちかは困惑する。
「譲羽、落ち着きなさいって。」
まあまあ、と宥めるように瑞穂がしずくを諌めた。
「だって、部長!聞いたでしょ、いちかの歌!」
「私だってこれで音痴かもとかほざいている事に対し、憤りを感じるが。まあ、部屋代がもったいないからとりあえず、座れ。」
何やら物騒な気配を感じたいちかが事の成り行きをおろおろとしながら見守っていると、しずくを落ち着かせた瑞穗がこほんと咳払いをした。
「単刀直入に言うと、いちかちゃん。」
「…はい。」
「めっちゃ良い。」
次の瞬間、瑞穗としずくが興奮したようにマシンガントークで感想を言い合った。
「高くて甘い声質が歌詞とすごいリンクする!掠れも何かセクシーに聞こえる!」
「音程に多少のずれがあっても、それをカバーする表現力。あなどれない…恐ろしい子。」
手を取り合って喜ぶように声を弾ませる二人を見ながら、いちかは小さく縮こまった。
「…褒めすぎです。」
それからの二時間は歌える限りのジャンルで、しずくと瑞穗のリクエストに応えていちかが歌を披露した。一曲を歌い終える度に、二人があまりにもはしゃぐからいちかは嬉しさを通り越して恥ずかしさが勝った。
「いやー、ポテンシャルが高い。」
カラオケ屋を出ながら、しずくは嬉しそうに言う。
「どんなジャンルもそつなくこなすオールラウンダーとは。有望だよー、いちかちゃん!」
瑞穗も声を弾ませ、そして二人は声を揃えた。
「あとはいちかの気持ち次第!」
キラキラと輝く二人分の眼差しに、いちかは声を詰まらせてそして。
「やります…。」
熱意に負けるのだった。
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