第17話 作曲の想い

午前中はそれぞれ、バンドの音楽練習を行った。演奏を録音し、軽音部の部員全員で良いところと改善点を上げていく。その上でフレーズの解釈を合わせていった。

「この曲の歌詞の中で恋人は亡くなってると思うのよね。だから感情は控えめ、もしくは悲しさを訴えかける歌い方が良いと思うの。」

瑞穂が楽譜を手に、自らの考察を述べる。

「え?大事にしてた花が枯れたんじゃねえの?」

目を丸くしながら、鈴木が問うとその場から苦笑が生まれた。

「鈴木…。まんま歌詞通りに受け取ってどうするよ。国語の長文問題投げる気か。」

瀬尾が正論で突っ込むと、鈴木は頭を掻いた。

「俺、国語苦手なんだよなー。理数系もダメだけど。」

「じゃあ、何が得意なん?」

他の男子部員が何気なく問うと、鈴木は胸を張って答えた。「体育オンリー!」

あまりの潔さに、皆が笑う。鈴木は軽音部のトラブルメーカーでもあるがムードメーカーでもあるらしい。仲の良い軽音部の雰囲気をいちかは微笑ましく見守っていた。

「いちかちゃんは?どう思う?」

不意に瑞穂から話を振られて、いちかはしずくから借りた楽譜を見て考え込む。

「…恋人が亡くなっているという解釈は一致します。だけど、私は…その後の感情は穏やかなものだったのでは、と感じました。」

「それは、どうしてですか。」

教師の羽田が興味深そうにいちかに続きを促した。

「あの…うまく言葉にできるかわからないんですけど、歌い手はすでに恋人の死を受け入れていて、悲しみはあるけれど思い出すことは温かい記憶って言うか…。」

いちかは必死で脳をフル回転して、言葉を紡ぐ。

「多分、恋人の死で歌い手は傷ついたんですけど、今、その傷はふっくらとした肉の塊になって桃色の痕になったのかなって…思い、ました。」

一瞬の間それぞれが歌詞に思いをはせて、静かになった。

「そうかー。受け取り方ってほんと、色々あるなー。」

鈴木が頭の後ろで腕を組み、感心したように呟く。

「いちかちゃんの捉え方の方が、歌は華やかになりそう。」

うんうん、と頷き、瑞穂は楽譜の余白にメモを取った。

それからも練習曲のディスカッションは続き、午前中を終えた。

昼食を終えて、午後はオリジナル曲の制作時間となった。

いちかは軽音部の皆と打ち解けているようだと、しずくは思う。人見知りを発揮したのも最初の一時間ほどで、元来の人懐っこさもあったのだろう。今となっては怖じ気づくことなく会話をしているように見えた。

だけど、だけれど。いちかの世界が広がるのは良いことなのに、面白くない自分がいるの確かだった。

いちかの世界に、住民は私たった一人で良いと思う自分がいる。…なんて心が狭いのだろう。

双子の姉、しぶきとは密な関係性だった。それこそ、互いがいればそれでいいと思えた。そう思っていたのは、しずくだけだったようだが。

「しずく。」

音符の振られていない楽譜を睨むように見詰めていると、不意に声をかけられた。

「何?いちか。」

「あのね、鍵が壊れた窓を確認してきたよ。」

これで下準備はばっちりだね、といちかは微笑む。

「ありがとう。楽しみ。」

その笑みに釣られてしずくも笑みを浮かべると、いちかが椅子を隣に運んできて座った。

「…作曲って難しい?」

しずくの肩にもたれかかるように、いちかが手元の楽譜を覗き込む。心臓の鼓動が高く脈打った。

「しずく、難しそうな顔をしていたから。」

いちかが使う甘いシャンプーの香りが、鼻腔をくすぐる。

「慣れちゃえば、そうでもないよ。」

声がかすれてしまう。しずくは舌先で唇を舐めた。

「そっか。」

しずくの答えにいちかは、ぱっと花が開いたような笑顔を見せた。どうやら心配されていたようだ。いちかの心配が不謹慎にも嬉しくて、心にぽっと温かい火が灯ったようだった。

この気持ちを歌に落とし込みたいと思う。


時々焦れて、不安になって。

心臓の音がうるさい。

情緒が安定しない。


でも、この気持ちがあることで満たされた気になる。

優しく私を傷つけては癒やす。痛みの後味は甘くて、麻薬のように求めてしまうのだ。


しずくはシャープペンで音符を楽譜に書き足していった。

時折、ギターで旋律を確認してみる。ぽろぽろと涙が零れるような早さが丁度いいと思った。

「譲羽ー、調子よさそうだね。」

瑞穂の声にはっとして我に返ると、時間が結構経っていた。「一休みしな。」

そう言うと、瑞穂はしずくにロリポップキャンディを一本分け与えてくれた。

「…ども。」

しずくはキャンディの包みを開き、ぱくりと口に含む。いちごミルクの甘い風味が口腔内に広がった。その甘さは身体に染み入るようで、思いのほか疲労していたことを知る。しばらく窓際の席で二人、キャンディを舐めていた。

しずくの視線の先では、いちかが羽田と今夜の夕食のことで話し合っているようだった。昼食は持ち寄りだったが、夕食となると家庭科室を借りて部員全員で作ることになる。「ふうん。」

瑞穂が何か納得したように呟いた。

「部長?どうかしました。」

「いや、別に。アオハルだなあって。」

しずくが首を傾げると、瑞穂は手をひらひらと振った。

「気にしなくていいよん。」

あはは、と笑い、瑞穂は机の上にあったしずくの楽譜を手に取った。

「どう。良い曲になりそう?」

「…まだわからないです。」

この複雑な気持ちの名前が。

「まあ、まだ時間はあるから。」

楽しみだな、と言い、瑞穂はしずくの頭を撫でた。

「さっきから、意味不明なんですけど!?」

しずくは瑞穂の子供のような扱いに照れ臭さを感じながら、抗議をする。

「意味が理解できたら、譲羽はもう大人だにゃー。寂しいなあ。」

そう言う瑞穂は確かにしずくより年齢分、大人だった。

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