第11話 ボーカリスト募集

「こんちわーっす。」

期末テストを終えた日の放課後、最近サボりがちだった軽音部の部室にしずくは向かった。

「お、譲羽じゃん。おひさー。」

読んでいた音楽雑誌から顔を上げた部長の佐伯瑞穂がしずくを見つけて、手を振った。

「これ貢ぎ物です。」

部活動不在のお詫びにしずくは瑞穂の好物のロリポップキャンディを手渡す。

「おお、さんくー。」

瑞穂は早速、喜々として包みを開いて一口にキャンディを頬張った。

「他のメンバーは?」

代わり映えのしない部室を見渡しながら、OGが持ち込んだとして代々使われている革のソファに腰掛ける。

部員は総勢7名。女子がしずくと瑞穂以外に一人。男子が4人という配置で活動をしている。

「それがねえ…。」

瑞穂はもごもごとキャンディを口の中で転がしながら、腕を組んだ。

「何か、問題が?」

「よりちゃん、辞めちゃった。」

よりちゃん、一年生の女の子だ。二組に分かれてバンドを組む中、ボーカルを務めていた。

「バンド内で恋愛すんなって言ってんのに、鈴木のバカが告白しちゃったらしくてね。結果。玉砕して、よりちゃんは気まずいからって。」

「あちゃー…。」

しずくは額を手で押さえながら宙を仰ぐ。ふった相手と同じ部活動だなんて、思春期まっただ中の時分には確かに気まずいことこの上ないだろう。

「て、ことで。ボーカルが一人足りません。緊急事態です。」

「部長が歌えばいいじゃないですか。」

しずくが提案すると、ボーカリストである瑞穂はキャンディの棒を振った。

「いやいや、バンド掛け持ちって。単純に練習量二倍でしょ。喉、きついっす。」

「だめかー。じゃ、さっさと募集の張り紙を作らなくては。」

この手のアクシデントには慣れている。今までにも恋愛絡みで空中分解を起こしたバンドを見たことがあった。

「一学期の終わる微妙な時期だからなー。集まるかな。」

A4のコピー用紙に、早速サインペンを走らせるしずくを見ながら、瑞穂は再び腕を組んで考える。

「譲羽、誰かいないの?手っ取り早くスカウトとかできないかなあ。」

「まあ、ただ待つだけより動いた方がいいとは思いますけど。そう簡単に見つかりますかね…、」

ふと思い浮かんだのは、いちかの顔だった。いちかの声は女声らしく高く、鈴の音を転がしたように華やかだ。歌をうたわせればきっと映える声質だと思う。

しずくの沈黙に気付いた瑞穂が、何、と身を乗り出した。「心当たりあんの?」

「心当たりっていうか…、歌声を聞いてみたい人はいます。」

しずくの答えに瑞穂は目を輝かせた。

「一番いい理由じゃん。誰?ちょっと会わせてよ。」

「ええー…。いや、こんな急だと相手も戸惑うのでは。」

ちっちと瑞穂は人差し指を振る。

「きっかけなんていつ転がってくるかわからないよ。譲羽はその人の歌を聴きたいんでしょ。逃すな、チャンス!掴め、ボーカリスト!!ってことで、口説き落としてきてね。」

これで問題解決、とばかりに瑞穂は両手を叩いて喜ぶのだった。

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