第5話 罪の書簡

涼しいうちにと行われる、中学校の朝の全校集会。ざわざわと生徒たちがおしゃべりをまだ繰り返す中、壇上に校長先生が姿を見せる。マイクを調整する耳障りな高音に生徒たちは口をつぐむ。静かになった体育館に、校長先生の声が響いた。

「…今日は皆さんに、悲しいお知らせがあります。」

紡がれる言葉に、いちかは愕然とした。それは、一人の女生徒の死だった。

肺に水が満ちるような感覚。苦しくて、目の前が真っ赤になった。

息ができない。

まるで、溺れているよう。

顔も知らない女生徒が鉄塔の上で、いちかに手を振っていた。彼女は言う。


―…一緒に行こう、と。


ごめんなさい。ごめんなさい、私は



いちかは電気に触れたかのように飛び起きると、そこは自分の部屋だった。汗で寝間着はじっとりと肌に吸い付いて、肩で息をしていた。喉の調子を整えるように手を添えて、深呼吸をする。

「…。」

気が付くと頬が濡れていた。どうやら涙が零れているみたいだ。

手の甲で涙を拭い、いちかはベッドから出る。勉強机には鍵のかかる引き出しがあり、いちかは震える手で首に下げている鍵を外した。

鍵を開けた引き出しの中にあるノートやキーホルダーのような雑貨の下に、それはあった。

小さなメモの束は、いちかの罪の書簡だった。


しんしんとした雪が降る寒い日のことだった。

放課後。中学校の図書室、室内の温度と外の気温との差で窓は白く結露していた。時折、重力に耐えかねた露が一滴、つ、と窓ガラスを伝う。

私は、一直線にある本の元へと向かった。一番奥に位置する本棚の上から二段目。目的の本の背表紙を見つけて、迷わずにそれを手に取った。本のタイトルは『水喰み』。その100ページ目丁度をめくる。そこには思った通り、小さな紙片が挟まっていた。私はわくわくと胸を躍らせながら、折りたたまれた紙片を開く。

【今日は寒いですね。風邪を引いたり、体調を崩していませんか。私は寒いのが苦手で、少し調子が悪いです。】

それは手紙だった。私、と自らを差すことから相手は女子だろうと思う。私たちは、互いの名前を明かさずに仲良くなった。

【お母さんに似たのかな。私のお母さんも、寒い寒い、と言ってもこもこに着ぶくれしています。】

彼女の母親は病気を患い、入院しているらしい。母親が大好きで、彼女はよく話題にしてくれる。

私は数学のノートの一枚を切り取って、返事を書いた。そしてその紙をまた『水喰み』の100ページ目に挟み、本棚に戻した。


「いちかー?朝よ、起きなさーい。」

家の台所からのみちの声に、いちかははっと目が覚めた。いつの間にか勉強机に突っ伏して、眠ってしまったようだ。時計を見ると朝の7時を少し回ったところだった。いちかは机の引き出しの鍵を確認して、のろのろと起き出す。壁に掛けてある制服をとって、袖を通した。ワンピースタイプの制服の脇のチャックを上げて、首元の紐状のリボンタイを占める。地味で嫌だという声もたまに聞くが、いちかは清楚でシンプルなこの制服が好きだった。

姿見の前に立ち、変なところがないかを確認して昨日までに準備しておいた教科書が詰まった鞄を手に取って、部屋を出た。階段を下って、台所に顔を出す。

「おはよう、お母さん。」

「おはよう。朝ごはんできてるからね。食べちゃって。」みちはいちかのお弁当箱にできたばかりの卵焼きを詰めながら振り返った。

「あらら。髪の毛、耳の後ろが跳ねてるわよ。」

「あとで直すー。」

いちかは食卓につき、手を合わせた後にできたての朝ごはんにありついた。尾上家の朝は和食が多く、例に漏れず今日もつやつやの白米と熱い味噌汁が並んでいる。おかずは焼き鮭と納豆。昨日の夕食の残りのきんぴらゴボウだ。

ご飯をおかわりをして、いちかは食器を流しに片付ける。その頃には、みち手製のお弁当ができていた。

いちかは洗面所に移動し、納豆を食した日は念入りに歯磨きを施す。その後、みちに指摘された寝癖を直した。いちかの髪の毛は短くボブカットにされていて、癖がつきやすい。髪質が細くて柔らかい猫っ毛なので尚更だ。

「いーちーかー、遅刻するよー?」

みちが時計を見ながら、いちかを急かす。

「わかってる、わかってるけどぉ…。ああ、もうこれでいっか!」

いちかは及第点の髪型を左右に首を振って確かめて、洗面所を出て玄関へと向かった。鞄を手にして、ローファーを履いてつま先をとんとんと地面に叩き整える。

「はい、お弁当。」

みちがお弁当の入った保冷バッグをいちかに手渡す。

「ありがとう、行ってきます。」

それを受け取り、いちかは玄関を飛び出すのだった。

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