第26話 side桜餅 蔵前のパーティー

「ごめんね。それで、何か聞きに来たんでしょ?」


下都賀は、涙を拭って立ち上がると俺にコートを渡してきた。


「蔵前の主催するパーティーの事なんだ。実は、知り合いが明日のパーティーに参加するんだ。それで、話を聞きたかった」

「それなら、もう契約書を交わしてしまったのね。ちょっと待ってね」


下都賀は、立ち上がると棚の方に歩き引き出しを開けて、何かを取り出して戻ってくる。



「これが、契約書のコピー」


下都賀は、テーブルに契約書を置く。「座って」と言われて、俺も下都賀も同時にダイニングテーブルに腰かけると下都賀が話始めた。



「両親が、結婚しないのか?孫の顔が早く見たいって言い出すから、ずっと悩んでいたの。そんな話を友人にしたら、【美奈子さん】にパーティーを紹介されて、適当に相手を見つけちゃえばいいのよって言われたの……」



美奈子……。

蔵前の彼女だと言っていた人だ。

そして、さっき凛々子さんと一緒にいた人。



「だけど、私。結婚したくないのよって話したら、相手は既婚者だから大丈夫って言われたの。納得するようなしないような気持ちだったけど……。友人の一度会ってみたらって言葉に美奈子さんに会いに行ったの。初めて会った美奈子さんは、とてもいい人でね。話をしたら、【不倫】も悪くないかも何て思うようになったの」



下都賀は、目の前にある契約書を見つめてからテーブルの端にあるかごの中から大きな虫眼鏡を取り出して紙の上に置く。



「それで、その日にこの契約書を美奈子さんに出されたんだけど。しっかり読む時間を与えて貰えなかったの。美奈子さんが口に出して一つ、一つ読んで。私は、それに同意した。だけどね、ここ見て」



下都賀は、虫眼鏡を置いた場所を指差した。

俺は、その紙を見つめる。

そこには、【セカンドパートナーを選ばなかった場合】と書かれていた。


「これって汚れじゃないのか……」


大きな文字の下に小さく小さく書かれている文字は、虫眼鏡を翳さなければハッキリ読む事は出来ない。

それに肉眼では、汚れにしか見えない。


「やっぱり、桜木君も汚れだと思うんだね。私も、思ったの」

「ああ。これが、文字だとは肉眼ではわかりにくい。紙を持って、しっかり読むか……。こんな風に拡大して貰わなくちゃ見れないよ」

「そうなの。これが、蔵前の手口。他にも沢山被害者がいるわ。知り合いに相談した人もいるみたいなんだけど、契約書を交わしてしまっている以上はどうする事も出来ないんじゃないかって言われたみたい。それに【不倫します】なんて堂々と宣言するわけにもいかないからみんな泣き寝入りしかないの」


下都賀は、悲しい顔をして俯いた。



「私にも桜木みたいな人がいたら、助けに来てもらえたのかな」



俺は、何も言えずに下都賀を見つめる事しか出来なかった。



「別に……。私は、もう後悔してないわ。むしろ、今は利用させてもらってる」

「どうして?」

「だって、さっき言ったでしょ?お金がいるって。私は、どんな事をしても両親をあっちに戻してあげたいの」



下都賀の言葉に何も言えずに俯いた。


「今は、事情が出来たからだけどね。そうじゃない間は嫌だった。きっと、同じ人もいるはず。だから、桜木。その人を助けてあげて」

「ありがとう。下都賀……」

「それじゃあ、契約書をの重大な部分を説明するね」



下都賀は、優しく微笑んでくれる。

下都賀を救う事は、出来なかった。

申し訳ない気持ちが溢れてくる。

だけど、下都賀は気にしないで説明を始めてくれた。

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