第25話 side桜餅 下都賀かれん

「ローダンセ?」


聞いた事のない花の名前に戸惑っていた。

ちょうど、花屋が見える。

俺は、この花があるのか知りたくて店に入る。


「いらっしゃいませ」

「あの、ローダンセって花ありますか?」

「あーー。6月なんですよね。だから、今はドライフラワーしか置いてなくて……」



ドライフラワーの花束……。

何か、悲しい気がする。

でも……。


「それを花束に出来ますか?」

「出来ますけど……。プロポーズですか?」

「えっと……」

「プロポーズなら、生花の方がいいですよ」

「友達にです。一生友達でいたいって……」


俺は、店員に嘘をつく。


「でしたら、オレンジ色の薔薇はどうですか?花言葉は、【信頼】や絆。それと、永遠の友情を意味する13本の花束を贈るのはどうでしょうか?」

「恋愛的な意味だとしても?」


俺は、店員に結婚指輪がバレないように左手をスーツのポケットに隠す。


「それは、避けるべきですね」

「だから、ローダンセがよかったんです」

「ローダンセの花言葉が、変わらない想いや終わりのない友情。だからですか?」


店員が言った言葉に固まってしまう。

その言葉に、藍子や花岡先輩を傷つけたくないなら、変わらな想いを抱えたまま一生友達でいるべきだって聞こえた。



「ローダンセを渡すなら、生花がある6月頃がいいかと思います」

「これは?」

「あっ、これはローダンセのハーバリウムです。余ったお花をうちでは、ハーバリウム、ドライフラワー、プリザープドフラワーにしているんです」

「これ、下さい」

「こちらですね。かしこまりました」


花束を渡すのは、夏でもいい。

だけど、とにかく。

今は、凛々子さんに気持ちを伝えたかった。


「プレゼント包装にさせていただきました。よろしかったでしょうか?」

「はい、もちろんです」


お金を払うと店員は、店先まで品物を持って出てくれた。


「ありがとうございました」


深々とお辞儀をされて、軽く会釈をしてから歩き出す。

凛々子さんにちゃんとわかってもらいたい。

もし、契約書を交わし誰かと凛々子さんがセカンドパートナーになるとしたら……。

その相手が初めてじゃなかったら?

頭を支配する最悪に……。

涙が溢れそうになる。

蔵前の主催するパーティーで何が起きているのかを下都賀かれんに聞かなくちゃいけない。


蔵前に貰った紙を開く。

タクシーを拾って、俺は運転手に住所を告げた。

10分ほど走ると下都賀が今住んでいるアパートに到着した。


ブー……

ブー……



「はい」


ドアが開き、下都賀かれんが現れた。

久しぶりに会う初恋の人。

最後に見かけた時より、随分痩せた気がする。



「勧誘ですか?うちは、そういうのいいんで」

「ちょっと待って……。勧誘じゃない」

「じゃあ、何?スピリチュアルとかもう懲り懲りなんで間に合ってます」

「だから、違います」

「じゃあ、何の用?」

「桜木陸斗です。下都賀さんと話をしたくて……」


少し下を向いて、俺の顔を見なかった下都賀が顔をあげる。


「上がって。近所に聞かれたくない」


無愛想にしながらも、中に入れてくれる。

下都賀は、確か向かいのマンションが実家だったはずだ。



「今日は、両親はいないから」


今日はって事は、ここに暮らし始めたのだろうか?


「お邪魔します」

「今、お茶入れるから座って」

「ありがとう」


一度だけ行った下都賀の家にあった猫足の高級なダイニングテーブルだけが、この部屋に似合わないように思える。



「スピリチュアル系に母が騙されて、10年前からここに暮らしてるの」



下都賀は、テーブルにお茶を運んできてくれた。



「そうなんだ」

「借金の総額は、5000万。とても、払える額じゃなかったからね。あのマンションを売って、ここに来たの。色々手放したけど、母がこれだけは持ってきたいって言ってね」

「このテーブル。一度だけ見た事あるけど素敵だよね」

「ありがとう」



あの時は、下都賀とうまく話す事が出来なかったのに……。

今は、普通に話せた。

時間の流れを感じる。

だけど、どうしてかな?

どこか胸の深い場所に、下都賀への気持ちが隠れていたみたいで。

ドキドキする。



「無理してない……?」


余計なお節介をかけたくなるのは、好きだった記憶のせいだろうか?

下都賀の顔色が変わる。


「あぁ、そう。桜木も私とやりたいとか?」

「えっ、そんなんじゃないよ」

「どうせ【ロザリオ】で見たんでしょ?私のAV」

「何の話だよ。俺は、そんなの」


蔵前に見せられた映像が頭を過る。

あっ君が話した浦瀬の話しも真実だったんだ。


「じゃあ、さっさと終わらせよ。一回、10万でどう?それぐらいは、出せるでしょ?」


下都賀は、着ているワンピースのボタンを外し出した。

下都賀の心が磨り減ってるように感じた。

俺は、コートを脱いで下都賀にかける。


「何?」

「俺は、下都賀としたいから来たんじゃないよ。話を聞きたかっただけだから……。だけど、もっと早く。下都賀を助けられたらよかったのかもな」

「優しくしないでよ。桜木に優しくされると惨めになる」

「ごめん……」

「違う。謝らないで」


下都賀は、俺を見つめる。


「初恋だったから……。だから、桜木には知られたくなかった。もっと早く助けて欲しかった」


下都賀は、膝から崩れ落ちてその場で泣き出した。

下都賀に近づく。

間違っていても、駄目だとしても。

今は、ただ……。

下都賀を抱き締めてあけたかった。

それは、小さな頃の俺が望んだ事。

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