第24話 side桜餅 遅かった……

「蔵前にだけは、気を付けろよ」



焼きそばを食べ終わったあっ君は、俺を見つめる。



「蔵前は、本当にヤバい奴だから。詳しくはわからない。だけと、あいつは病気の真空にやれない女はいらないって言った。あいつは、余命宣告を受けた真空に対してゴミだなって笑ったんだ」


あっ君の言葉に胸が締め付けられる。


「あっ君……。こんな事、言っていいのかずっとわからなかった。だけど、俺は……。真空ちゃんの通夜であっ君が何も言い返さない姿を見てカッコいいって思ってたんだ。愛する人を守り続けてカッコいいって。結婚出来なかったとしても……」

「何だよ、それ。でも、ありがとな。嬉しいよ」

「あっ君……俺ね」


好きな人が出来たなんて言えないな。

愛する人に一途で真っ直ぐであり続けたあっ君に……。



「嫁がさ。余命宣告されたんだよ」

「えっ……」

「それで、私は子供も産めないガラクタだからさっさと捨ててって言い出してさ」


店員が食器を下げて、コーヒーを運んできた。

俺は、あっ君の言葉に何も言えなくて俯く。


店員がいなくなるとあっ君は

「真空の両親から、癌によく効いたものがあるからって言われて取りに来た」と話す。


「それが、ここに来た理由?」

「あぁ。癌の事なら、俺より少しは詳しくてアドバイス出来るからって言われてな」

「そうだったんだ。あのさ、あっ君は、奥さんに何て返したの?」

「俺?!俺の方がゴミだったろって言った。真空を忘れられない荷物を背負わせてごめんなって。こんな駄目な人間でいいなら、死ぬまで傍にいさせて欲しいってプロポーズした。それに癌の事なら、俺の方が少しは詳しいからって。そしたら、いいよって言ってくれた。仕方ないから最後まで居てあげるってな。別の女を愛し続けてるような男を貰ってくれるのは、私しかいないじゃないってさ」

「凄いな。あっ君も奥さんもカッコいいよ」

「そうか?生きて欲しいんだけどな。俺は……。でも、わからないよな。人間がいつ死ぬかなんて」

「そうだな」

「陸斗。守りたい人は、とことん守ってやれよ。あっ!俺、行かなきゃだわ」



あっ君は、時計を見て立ち上がる。


「あっ君、その時計まだつけてんだな」

「ああ、これ。ガキだよなーー。デザインダサいだろ?」

「ダサくない。ダサくなんかないに決まってるだろ」

「おいおい。陸斗、泣くなよ」


俺は、その時計を知っている。

真空ちゃんと一緒に買いに行ったからだ。

真空ちゃんが、お金を貯めて買ったスポーツタイプの時計。



「一生の宝物だからな。じゃあ、帰ろうか」

「ああ。ごめん」


ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いながら歩く。


「俺が出すよ」

「いいって、いいって。奢らせろって」

「悪いよ」

「いいから、いいから……」


レジ前であっ君とやり取りをしている俺達の前に現れたのは、凛々子さんだった。

隣にいる人を見て、遅かったのがわかった。


「人待ってるから、俺が出すわ」


あっ君は、お金を払ってくれる。


「あっ、ありがとう。ご馳走さま」


あっ君に話しながら、目は凛々子さんから離せない。


「りりちゃん、知り合い?」

「えっ?まさか、まさか。知らない人だよ」

「じゃあ、何で見てくるの?」

「さ、さぁーー」


美奈子って女の人が凛々子さんに話しかけている声がする。


「陸斗の知り合い?」

「いや、人違いだった」

「そっか」


俺とあっ君は、店を出る。

美奈子って人が一緒にいるって事は、契約が交わされたって事だ。

だとしたら、俺が会いに行かなければならないのは下都賀。



「新幹線で、帰るんだろ?」

「ああ。今から、帰るよ。入院してるから、これ届けなきゃいけないし」


あっ君は、笑って紙袋をあげる。


「じゃあ、駅まで送るよ」

「ありがとな」

「なぁ、陸斗。さっきの人。人違いじゃないよな?」

「えっ……。まさか、人違いだって」

「どれだけ陸斗の隣に居たと思うんだよ。さっきの人見た時の顔に、好きと落胆が隠れてたぞ」


やっぱり、親友だ。

俺は、隠せなかった。

あっ君には、嘘をつけない。


「ごめん……俺は、一途になれなかった」

「どうしようもなく惹かれちゃう事ってあるからな。だけど、不倫は肯定する気はないよ。陸斗もするつもりないのがわかる。だけど、一緒にいたいんだよな?」

「うん」

「だったら、親友としては応援するしかないよな。あっ、俺は、元親友だな。今は、花岡先輩に任せてるからな」


花岡先輩……。


「あっ君は、今でも俺の親友だよ」

「嬉しい事言ってくれるな。じゃあ、親友として言わせてもらう。奥さん傷つけるのだけは、絶対駄目だ。だけど、大切にしたいって傍にいたいって思うのなら気持ちは伝えないのが一番だぞ。あっ、そうだ」



あっ君は、ポケットから手帳を取り出すと何かをさらさら書いて破った紙をくれる。



「もし、伝えたくなったら。これを差し出せよ」

「開けていいのか?」

「今は、駄目だ!陸斗が気持ちを伝えたいって思った時にだけ開けていい」

「わかった。じゃあ、それまではここに入れとく」


俺は、財布を取り出して折り畳んで入れた。


「じゃあ、行くわ。頑張れよ、陸斗」

「あっ君。奥さん大事にしてあげて。俺、あっ君の奥さんが助かるって信じて祈ってるから」

「ありがとう。陸斗、次会う時はもっと幸せそうに笑えよ」


あっ君は、改札を抜けていく。

これから、どうしたらいいのか悩んでいた表情をバッチリ読まれていたんだ。


やっぱり、あっ君は俺の親友だよ。

あっ君が見えなくなるまで、手を振り続けた。



両ポケットにある紙を握りしめてから、俺は元来た道へと歩き出す。


「あっ君、ごめん。俺、もう気持ち言ったんだ」


駅を抜けた所で立ち止まり、あっ君のくれた紙を見つめる。


【気持ちを伝えるならローダンセ】


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