第21話 sideりりまる 契約書

「目覚ましかけるの忘れてた」


窓から差し込む光。

ベッドには、優ちゃんの姿はなかった。

でも、明るいって事は……。

朝御飯間に合うかも。

ベッドから起き上がって、急いでリビングに向かう。



「遅かった……」


時刻は、7時10分。

優ちゃんは、7時には出勤する。

目覚ましかけなきゃ駄目じゃん、私。

シンクに置いてあるお茶碗を見つめる。

近づいただけで、納豆の香りがした。

今日は、納豆ご飯を食べて行ったのがわかる。



「優ちゃん、ごめんね」


お皿を洗いながら涙がこぼれてくる。

治せるなら治さなきゃ……。

いつも通り、苦い漢方を飲むためにお湯を沸かす。

もし、美奈子が言っていたように【セカンドパートナー】ってのでよくなるなら……。

参加してみようかな。



ピッーーー


火を止めて、漢方薬にお湯を注ぐ。

そう言えば、母の友達が漢方を煎じてもらってよくなったって言ってた。

先に漢方薬を煎じてもらう?


いや、明日なんだから……。

漢方を煎じてもらうより早いよね。

それに、無料タダだって言われたし……。



「タダより怖いものはないってよくお祖母ちゃん言ってた……ニガッ」


いつの時代って話だよね。

今は、お酒だって抽選で当たったらタダで貰えたりするし……。

買ったものにおまけとして、素敵なものがタダでついてくる事だってある。

そんな時代に怖いものなんて、あるわけない。


苦い漢方をいっきに飲み干して、寝室に行く。

寝室に置いてある小さなサイドテーブルがスマホの置場所。

スマホを開いて、昨日の桜木君からのメールを見る。



「やっぱり、返事をどうすればいいかわからないのよね」


溜め息混じりに画面を見つめているとブブッとスマホが震えた。

メッセージアプリにメッセージがやってきたのがわかる。

確認すると美奈子からだった。


【今日、ランチでもどう?】



ランチ……。

迷っているすぐにまたメッセージが届く。


【明日の事、話したいから……】


明日の事……。

明日行くのは、もう決めていた。

優ちゃんの為に、レスも……。

この体調不良も治したい。



【わかった。何時にする?】

【話をしてから、ご飯食べたいから10時でもいい?】

【大丈夫だよ】

【じゃあ、駅前のモンブランで】

【了解】



駅前にある【モンブラン】は、夜は居酒屋をやっている。

少し高級なお店だから、全席個室のしようになっていた。

近所の目もあるし、個室は助かる。


「10時だったら、洗濯したらすぐに用意しなきゃ」


洗濯機のスイッチを洗濯乾燥に合わせてスタートを押す。

この洗濯機は、私の体調が優れなくなって優ちゃんが買ってくれた。


「優ちゃんの為に、絶対治す」


41歳で自然妊娠は、望めないかもしれない。

それでも【レス】を解消した先の未来に優ちゃんとの赤ちゃんがいるかも知れないと思うだけで……。

出来る事は、やってみたいと思える。

顔を洗ってから、クローゼットに行き服を取り出す。

三面鏡のドレッサーの前で、化粧をしながら……。

昨夜の事を思い出す。


【セカンドパートナー】を求めて行くような会に参加するのが怖かった。

でも、桜木君と話して心が少しだけ軽くなったから……。

悪くないと思えた。

ただ、話を聞いてもらえるだけで充分満たされるのが【セカンドパートナー】ってものなんだよね。

それだったら、優ちゃんに後ろめたさを感じるのも少ないかな。


アクセサリー箱の中から、優ちゃんが去年の誕生日にプレゼントしてくれた腕時計を取り出す。

もうすぐ時刻は、9時になろうとしている。

この腕時計は、有名な時計メーカーのものらしい。

私は、時計に興味がなかったけど。

優ちゃんは、40歳になった私にどうしてもここの時計をプレゼントしたかったらしい。



「これつけてたら、優ちゃんがいつでも傍にいるみたいで好き。プレゼントしてもらってよかった」



今の私のお気に入りで、肌に馴染んでる。



「行かなきゃ」


鞄を取って、準備をする。

スマホは、マナーモードにしといていいよね。


「じゃあ、行ってきます」


誰もいない家に行ってきますを言うのは父の癖だった。

家には、守り神がいるから、誰もいなくても行ってきますとただいまは言うんだよって小さな頃に教えられた。

妹は信じなくて言わなかったけど。

私は、信じて言っている。

それが、今もずっと続いてる。


駅前の【モンブラン】につくと美奈子が私を待っていた。



「りりちゃん。早かったね」

「ごめんね、待たせて」

「いいの、いいの。じゃあ、行こう」


中に入ると店員がすぐに席に案内してくれた。

夜の時と雰囲気はそのままで、ライトも薄暗く設定されている。

席につくなり美奈子は、店員さんに注文は後でしますと話す。

店員さんがいなくなったのを見てから、美奈子は鞄を漁っている。



「ここね、個室だから助かるのよ。ほら、セカンドパートナーの話って嫌がる人も多いから」

「確かに助かるね。私も、近所には聞かれたくないから」

「そうでしょ。あった、あった」


美奈子は、鞄から四つ折りにされた紙を取り出してテーブルの上で広げる。


「これ、何?」

「参加に当たっての注意事項が書かれててね。間違いなかったら、ここに住所と名前書いて欲しいの」

「契約書って事?」

「後から、揉めたりした時に必要になるのよ。ほら、スマホを契約する時と同じよ」

「わかった。それなら、ちゃんと読んでおいた方がいいわよね」

「そんなしっかり読まなきゃいけない事なんて書かれてないわよ。ほら、ここ見て。女性は、料金が発生しない。その変わり男性から選ばれた場合は、一度だけ必ずデートをする事とかね」

「どうして必ずデートをするの?」

「男性はお金を払ってるからね。セカンドパートナーって人からしたら不倫でしょ?不倫相手を探しに来てるわけだから安い金額ではないのよ」


確かに……美奈子の言葉は説得力があった。


「後これね、初参加とか二回目の参加とか男性側に言ってはならない決まりなの。女性同士で話すのはいいけどね」

「それは、どうして?」

「過去にトラブルがあったみたいなのよ。ここに来る、男性って初めてが好きな人が多いのよ。それで、前に二回目だって話した人がいてね。男性側が怒って金返せっていうトラブルに発展したらしいのよ。それからは、参加回数は言わない決まりなの。それで、言った人にはペナルティがあるってわけ」

「ペナルティって何?」

「対した事ないわよ。次から、参加出来ないとかそんなものよ。もちろん女性側だけじゃなく、男性側も参加回数を言ってはいけないって決まってるから」



美奈子は、私の変わりに参加契約書の書類を読んでくれる。

こういった出会いの場を用意するのも大変なのがわかった。



「それじゃあ、一通り読んだからサインお願いできる?」

「わかったわ」


美奈子からボールペンを受け取ってさらさらとサインをする。


「コピーとかないけど、大丈夫?」

「必要ないかな。もしかしたら、一度しか参加しないかも知れないし」

「そうよね。今回限りなら明日の参加が終わったら、この書類は破棄してもらうわね」

「うん。お願いします」


美奈子は、紙を鞄にしまってからメニュー表を取る。


「じゃあ、何食べようか?」

「何にしようかな?」



二人で、メニューを見つめる。

明日行って合わなければ断ればいい。

たった一度デートするぐらい別にいい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る