第13話 side桜餅 苦手な男

体が重たいけど、何となく元気なのは気持ちを伝えられたからだと思う。

俺は、駅前のコンビニでホットコーヒーを買ってから改札を抜ける。

電車で、一駅なのは助かるけど。

頭が良かったら、もっと近場でも働けたのにな。

満員電車は、さすがに一駅でも疲れる。

もみくちゃにされながら、俺は電車を降りた。

乗る時より降りる時の方が大変だ。

本当は、缶コーヒーじゃなくて紙パックやプラスチック容器に入ったおしゃれなコーヒーが飲みたい。

でも、満員電車で俺がそれを持っていたら最悪だな。

絶対に誰かの鞄や衣服にかかる。

かと言って、会社の最寄り駅にある《ミミーズ》ってコーヒー屋さんの並び具合は遅刻するレベルだから無理。


俺は、《ミミーズ》を横目に見ながら通りすぎる。

《ミミーズ》のウサギの耳のパンがめちゃくちゃ上手いと朝活している後輩が言ってた。

朝の6時に並んで11人待ちとからしいから……。

冬には、並びたくないやつだな。

急いで会社に向かう。

今日の俺は、外回りだ。



「おはよう」

「おはようございます」

「奥さんと喧嘩した?」

「いえ。その逆ですよ」



田森たもり先輩は、俺の缶コーヒーを見つめながら話しかけてくる。



「って事は、義両親が喧嘩したんだ」

「はい。いつものアレです」

「あちゃーー。じゃあ、奥さん暫く帰ってこれないじゃん。大丈夫?桜木」

「大丈夫ですよ。さすがに、もう慣れましたよ」



田森先輩は、会社でよくお昼を食べる中だ。

だから、藍子の義両親の喧嘩もよく知っている。

それに、藍子が出掛けると数日帰ってこない事も知っている。



「桜木は、今日外回りだっけ?」

「はい」

「そっかーー。じゃあ、早かったらお昼一緒に食おうよ!俺も外回りだから……」

「12時までに戻って来られますかね?」

「今日どこだった?」

「今日は、さざ波商店街の辺りですね」

「うわーー。あそこか、しゃーーないな。もしかしたら、無理かもな。あそこ契約難しいだろ?」

「ですね」



俺は、田森先輩と会社に入る。

俺だって、頭が良ければ平凡なサラリーマンってやつになりたかった。



「おはよう。桜木君は、今日は直帰でもいいよ。さざ波商店街だろ?」

「はい」

「だったら、直帰でいいよ。あそこは、うちの商品嫌いだからねーー」



小太りの細巻ほそまき課長は、俺に苦笑いをする。



「桜木、明日もだろ?で、明後日は休みだったな!結婚記念日だよな」

「課長、よく覚えてますね」

「こう見えて、桜木の結婚式はよく覚えてるんだよ。ほら、奥さんの友達の……」

三上紫乃みかみしのさん」

「そうそう。あの子がめちゃくちゃ美人で色気が最高だったからな。それに、二次会のあのダンス最高だったよなーー。セクシーで」

「ベリーダンスですよね。本当に最高でしたよね」

「桜木、大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、直帰でいいから……。頑張って」

「わかりました。行ってきます」


俺は、課長と田森先輩に頭を下げて部署を出る。

さっき三上紫乃の名前が出てきて驚いてしまった。

ベリーダンス教室で藍子が出会った三上紫乃は、藍子と俺が結婚式をあげて三ヶ月後に不倫相手と愛の逃避行をしたのだ。

その相手が、藍子の親戚の73歳の叔父さんだ。

二年後叔父さんは帰宅して、三上紫乃は行方不明のまま。

確かに、彼女は人を一瞬で引き付ける程の魅力を持っていた。

出席した男性のほとんどが、釘付けになるぐらい。

俺は、ならなかったけど……。


会社を出て、スマホを取り出して見つめる。

凛々子さんからのメールの返信はなかった。

少しだけガッカリしだけれど、ちょっとホットしたのも事実だ。

気を取り直して行くか……。


会社から歩いて15分の場所にあるさざ波商店街は、古きよき街並みと新しさを追求した場所だ。

昔は、よく此処に来ていたのだけど。

今は、全く来なくなった。



「また、お願いします」

「はいよ」


さざ波商店街では、契約は取れない。

俺の会社での呪いのスポットだ。

懐かしい気持ちを抱えながら、俺は商店街を歩く。

昔より、シャッターを下ろしている店が増えた気がする。



「あれーー。久々じゃん、桜木」



最悪だ。

さざ波商店街で、一番会いたくない男に俺は再会してしまった。

昔から、俺はこいつが苦手だ。

蔵前健吾くらまえけんご

中学の時の同級生だ。

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