第25話 ファンに奢られた金額を計算中

「う、うっま!?」


 ちゃんとした寿司屋の寿司ってこんな美味いの!?

 カウンターで握りたてが出てくるやつ、初めて食べた。

 大トロとかボタンエビが美味いのはわかるが、鯵とかイカが美味すぎる。いままで食ってた寿司とはなんだったのか。

 日本酒も美味すぎる。山廃? 純米? 吟醸? 生酒? よくわからんがすげーうまい。

 しかも奢り。

 そして隣にいるのは……


「漫才はもちろん最高なんですけど、大喜利のセンスもあると思います。ライブで滑ってるの見たことないですもん」


 ひたすら俺を褒めてくれる美女。

 美味い食い物、美味い酒、きれいな女性と、褒め言葉。

 まさに酒池肉林。この世の幸せがここにある。


「そういえば、大喜利を褒めてくれたファンレターもあったなあ」

「あ、それ私です」

「え? いや、だって名前が違ってたけど」

「ラジオネームですね」

「ええ~?」

「アメリカのアメ」

「アメリカのアメだったの!?」


 めちゃくちゃファンレターをくれた名前だ。そして俺がラジオのゲストに呼ばれると必ずメールをくれるラジオネームだった。


「ファンレターくれるのってアメリカのアメさんと、春日井甘露さんなんだよな」

「春日井甘露もわたしです。ペンネームです」

「ああ、そう……」


 というか、俺のファンって彼女しかいないんじゃねーか。ウィキペディアも彼女が書いてるし。なんか凹んできたな。

 しみじみとお椀をいただき、店を出る。

 俺は財布を出すそぶりも見せない。堂々たるヒモ。


「ごちそうさまでした」


 最後はちょっと凹みましたが、いい思いをさせてもらいました。


「まあまあ、まだいいじゃないですか」


 肩をぽんと触られる。上司からの二次会のお誘いですか? 俺は会社員やったことないから知りませんが。

 なんだカラオケでも行くのかな。


「キャバクラ行きましょう」

「ええ~!?」


 そんなことある?

 キャバクラ奢ってくれる彼女?


「女遊びは芸の肥やしだから」


 あ、そういうこと?

 昭和の芸人の発想じゃん。マジかよ。

 ただ、俺はキャバクラがあまり好きじゃない。自分の金では行ったことないし、先輩の奢りでもそれほど嬉しくないんだよな。

 なぜなら……


「でも、うちの相方より可愛い女の子なんていないじゃん」

「でた! おもしろーい」


 いや、ボケてへんがな。ただのマジレスですやん。


「相方より可愛くなくて、相方より面白くない相手と話なんかして面白いかな?」


 これなんですよ。キャバクラの上位互換なんですよ。うちの相方。可愛くて面白いんだもん。

 キャバクラ行くより、乃絵美とファミレス行った方がいいもん。


「そんなこと言ったら、わたしもそうじゃないですか」

「む……」


 その返しは難しいな。ぷくりと頬をふくらませる拗ね方も上手だ。ちょっとの罪悪感と、なんとかして元気づけたくさせる魅力がある。


「でも、楽しいし……うちの相方とは違う可愛さもあるし」


 うちの相方は目が大きくてぱっちりしている。それに対して千恋ちゃんは、目が細い。真顔だとちょっと怖いが、笑うと非常に可愛らしい。


「あら嬉しい。でもそういうことです。わたしもキャバ嬢じゃないですか」

「そうだった」


 そうか、相方は面白い。面白いがゆえに、面白い話の応酬になる。

 それはもちろん面白いわけだが、俺が面白いで終わらない。だから気持ちよくはない。彼女の才能がありすぎる。だから俺の気持ちいいで終わらないわけだ。

 その点、この千恋ちゃんは自分から面白いことを言ってくるわけではない。

 俺の話を聞いて、褒めて、喜んでくれるという聞き上手。よってすごく気持ちがいい。楽しい。

 それはわかるが……


「キャバ嬢がキャバクラ行って楽しいの?」


 そこなんですよ。

 意味がわかんないんですよ。


「キャバ嬢としては、所属店じゃない人気のキャバクラに行くのは勉強になるんですよ」

「あー、なるほど。俺たちが先輩芸人のライブに行くような感じか」

「お笑いは一人で行ってもいいですが、キャバクラって男性相手にどうしてるか見ないと意味がないじゃないですか」

「そっか。千恋が一人でキャバクラに行ってもしょうがないと」

「なので、わたしの勉強に付き合ってくださいよ」


 お願い、と両手を合わせてきた。細い目の片方がつむられている。このお願いを聞かないわけにはいかないな。


「しょうがない、キャバクラを奢られてやるかー」


 しぶしぶ、もう、本当にしぶしぶキャバクラへ。

 西新宿の寿司屋から、大ガード下を通って、歌舞伎町へ歩くこと数分。


「「いらっしゃいませ~」」


 すごい華やかな店に入った。俺が行ったことのあるキャバクラとは全然違うぞ。小さな椅子じゃなくて、ゴージャスなソファー席。

 部屋も広くてシャンデリアが吊るされている。めちゃくちゃ高級なんじゃね?


「よろしくお願いします」

「よろしく~」


 ついた女の子も一人じゃなくて、両脇に。そして千恋がテーブルを挟んで向こう側。千恋の隣にも一人。三人のキャバ嬢と千恋の四人の女性に囲まれる状況。ハーレムすぎるだろ!


「えー? 若くてカッコイイ~。モデルですか~?」

「そうかも~」

「ホストかも~?」


 早くもリップサービス全開、ドレスの前も全開の三人。みんな谷間がすごい。

 それにしたって、俺がモデルは褒めすぎてちょっとアレ。


「いや、そんなわけないだろ」

「俳優? アイドル?」

「そうかも~」

「あ、待って? 今のツッコミの鋭さ……お笑いやってるんじゃない?」


 ピンクのドレスの女の子が正解した。千恋はただ俺を見て微笑んでいる。俺もちょっと様子を見るか。


「あはは、それこそないでしょ」

「お笑いにしては、カッコよすぎるもん」


 だから~。褒め過ぎなんですよね~。あと胸を腕に押し付けすぎなんですよね。うへへ。


「いや、俺、お笑い芸人だよ」

「え~!」

「やばーい!」

「すごーい!」


 ふむ……。

 キャバクラ、楽しいですね!

 その後、何度か延長。

 翌日。

 奢られた額を計算中……やばいなこれ。ちょっと奢られすぎたんじゃないか……?

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