第24話 アメトーークをする初デーート
ぴんぽーん
翌日の朝11時、5分前。
アパートのチャイムが鳴りました。
DMで「着きました」とかじゃなくて、直接やってくるということはここが俺の部屋だと確信しているということだ。なんでだよ。
この恐ろしきファン、いやストーカーの強引なデートの誘い。
なんとか回避できないかと考えたのですが。
なんのアイデアも出ませんでしたああああ!
「は、はーい」
ドアを開ける。
うわー。いるよ。おめかしして。全然ケバくないじゃん。きれいな人だわ。
水色のワンピースじゃん。おしゃれサンダルじゃん。清楚だよー。
「どうも。
当たり前のように本名を……。
声も優しいよ。あの恐ろしいやり取りは何だったんだと思うくらい。
「チコちゃんさんですか」
「あ、こういうものです」
マイナンバーカードを見せてきた。マイナンバーカードの使い方ってこうなの?
どれどれ名前が……。
「
「そうです」
本名が千恋でチコちゃんか……。なるほど。
「キャバでも、ちこ、って名前でやってます」
「そうなんだ……」
「なのでちこ、とかちこちゃん、とか呼ばないで欲しくて」
確かにな。源氏名で呼ぶのはな。金を
「ああ、おしにがさん――」
「ちこい、と呼び捨てにしてください。こちらもクショウと呼び捨てにします」
なんでだよー。
口調が絶対に有無を言わせない感じ。なんでこんなに強いの。
そしてどうして俺は抗えないの。
「えっと……ちこい、ちゃん……」
「ちこい」
「呼び捨てはちょっと」
「ちこいと呼び捨てにしてください、クショウ」
怖いって。
細めの目が、少しも笑っていない。これはもう躾に近い。
俺は飼われる側の犬。それを教え込まれているのだ。
こうなってくると、ちこい様の方が呼びやすいまである。
「ちこい(様)」
様という言葉を脳内でだけつけて、発音しないことで呼び捨てを成立させた。
「なにか違和感がありますが、いいでしょう」
呑んだ言葉すら……いや、もはや許されただけ優しいといえる。
「さて、いつまでも玄関口にいさせるのはどうかと思いませんか」
「はいすいませんちこい(様)」
「中には入りません」
「はいすいませんちこい(様)」
「その姿でデートするつもりですか、スーツを着てください」
「はいすいませんちこい(様)」
「いつも動画を撮影してる公園にいますので、すぐに支度を整えてください」
「はいすいませんちこい(様)」
こんなに主従関係のはっきりしたデートってあんの?
しかしスーツかよ……プライベートで漫才のスーツを着ることになるとは。
動画を撮影してる公園を特定していることは、もはや驚かない。
「遅れてすいませんちこい(様)」
「うわあ……超かっこいい……」
ええ~!
てっきり「遅いですよ、レディを待たせるなんて」とか怒られるのかと思ってたら~。
両手を組んでお目々キラキラっすか~?
女子高生がイケメンアイドルを見るときのやつじゃないっすか。
「やっぱ素敵……一緒にデートできるなんて夢みたい」
むちゃくちゃデレデレじゃないですか。
見るからに顔がうっとりしてんのよ。
これ? これが本当の意味でのツンデレってやつ? ヤンデレ? よくわからんが、この二面性はエグい!
アメとムチが強すぎるって。
なんか気持ちよくなってきちゃったよ。
「あの……手を繋いでもいいですか?」
「いいです!」
うわー。
自分のことをこんなに好きな女の子、会ったことないからヤバいぞ。
女の子の手……小さいな。ドキドキするぜ。
「ど、どこにいこうか」
言ってから思った。
なんで事前にデートプランを考えてないの?
エスコートするの当たり前だよね?
そんなことを言われるのでは……?
いや、逆もある。
あんたに選ぶ権利なんてない。
いいから黙ってついてこい。
どっちだ……?
「クショウとなら、どこでも……」
そう言いながら、恥ずかしそうに俯いた。
かわいいいいいい!
やばい!
マジで彼女にしたくなってきた!
「じゃあ、映画とか?」
「映画はイヤ」
おおおおおおい!
どこでもイイって言ったやんけえええええ!
そりゃ「雀荘」とか言ったら、それはちょっとと言われてもしょうがないぜ? 芸人の先輩みたいにさ。
でも映画なんてド定番だろうがよおおおお!
めんどくせえー!
めんどくさい女だったよ!
やっぱこういう女は彼女にしたくねえ!
「スクリーンより、クショウを見ていたいから」
うおおおおおおお!
かわいすぎる理由ううううう!
ぽっ、と音が出そうな表情!
「あと、お話できないし。ごめんね」
いいよおおおおおおお!
俺こそごめんよおおおおお!
映画なんて野暮な提案しちゃってえええええ!
デートで映画選ぶなんてどうかしてるよなああああ!?
「いや、俺の方こそ」
なぜかクールに対応してしまう俺。
内心が燃え上がりすぎて、かえって冷静を装ってしまう。この現象に名前はありますか。テントサウナ現象とかにしましょうか。
確かに、俺は彼女のことを知らないわけだ。向こうは異常に俺を知り尽くしているのに。
であれば、ゆっくりとおしゃべりする必要があるな。
「とりあえず、公園でお話しましょう」
「そうですね」
ベンチに座って、強くなってきた夏の日差しを浴びる。ジャングルジムで遊ぶ子どもを見ながら、ときおり彼女を方を向く。
こういうの、今までなかったなあ。
これが青春か……。
「えっと、好きなものってなんですか?」
こういう質問をしていくのかな。
「クショウはお笑い以外には、アニメと串揚げが好きですよね」
俺のことは全部知ってるようです。
「ま、ウィキペディアにそう書いてあるしね」
「あ、それ書いたの私です」
やっぱそうなのおおおお!?
なんで俺みたいな駆け出しの漫才師のウィキペディアがあるのかと思ったらー!
ありがた怖いですね~。
「わたしはパインアメが好きです」
「あー。あれかー」
まあ、うまいよね。
「焼肉屋のランチの後とか、レジでもらえたりするとちょっと嬉しいやつだ」
「わたしは段ボールで注文してます」
「むちゃくちゃ食うね!?」
「飴が好きで……」
「あ、そう?」
あんま知らないなー。飴好きかー。
「クショウは、自分で一袋買う飴はなんですか?」
「飴……」
飴の話なんて、したことないね。これが本当のアメトーークですか?
「スーパーレモンキャンデーっていう……」
「アメコミのパッケージのやつですね! すっぱいパウダーがいいですよね!?」
「あとは男梅――」
「酸っぱいのが好きなんですね! 今度おすすめのやつ用意します!」
めちゃくちゃ盛り上がるじゃん……。
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