第23話 ファンから届いたインシデンツ

 乃絵美の夏休みがスタートする7月後半から、仕事の予定がドンドン埋まっていく。ドッキリ動画がかなり再生されているのだ。それを見た業界人からオファーが押し寄せている。

 津久間さん様々だ。マジで抱かれてもいいぜ。

 なんと俺のピンの仕事も少しある。乃絵美が学校に通っている間も芸人の仕事ができる。

 雑誌のコラムの連載も決まった。なんと女性向けのファッション雑誌である。高校~大学生くらいが読者の。

 子どもの頃の相方との思い出を書くというものだ。当時のことを振り返る幼なじみコラム。当時好きだったCMのマネをした話、みたいなリアルな思い出話である。同じ時期を生きた読者にとってエモいらしい。

 なお、乃絵美は恥ずかしいらしい。俺が5歳上だから、俺は覚えていても乃絵美は忘れていることも多い。一緒に風呂に入ってたこととかな。

 乃絵美がちんちんを触りたがるから、きんたまならいいよと言ったら、ずっときんたまをフニャフニャさせていたんだ。この話、ほんとにエモいのか? 雑誌の編集者がそれでイイっていうから載せたけど。女性向けのファッション雑誌に、ちんちんとかきんたまとか書いてるやつ他にいねえぞ。

 しかし、いい感じだな。

 このままいけば、バイトやめられるかもしれないぞ。

 そんなことを考えながら、家でパソコンで調べ物をしていると。


「おっ」


 DMだ。ドッキリを受けた後から、俺もSNSのフォロワーが増えた。ファンは大事にしなければならんよ。

 どれどれ。

 

『ファンです。デートしてください』


 直球だな……。

 アカウントは「チコちゃん」か。なんか言うと叱られそうだ。無視するのがいいだろ。


『18歳です』


 あ、そ。

 小出しに情報を伝えてくる。


『キャバで働いているので、お金もあります』


 お金があることをアピールしてくるとは。確かに俺は売れない芸人だが。


『写真添付します』


 おお。きれいな人だ。乃絵美に比べたら普通だが、乃絵美にはない色気がありますね。大人っぽいというまでではないが、乃絵美とは違って女って感じがする。化粧がしっかりしてたり、ネイルしてたり。

 そんなに大きいということもないが、乃絵美よりは確実に胸が大きいし。

 

『コラムも読んでます』


 読んでるのか。嬉しいですね。


『動画、何度も見てます』


 恥ずかしいが、ま、嬉しいですね。

 しかしだからといってデートするかというとな。


『マックスフライの漫才を大宮の劇場で初めて見てからずっとファンです』


 え? かなりの古参じゃん!? 

 マックスフライとしての活動は2年だが、大宮の劇場に出たのは結成した直後。うちの事務所のライブだったな。

 あれ、スベりまくってたぜ。あれでファンになる人がいたとは……。

 やべ、ちょっとドキッとしてしまった。

 ファンはファン。大事なファンであって、恋人候補じゃないぞ。


『解散したのはショックでしたが、高校でやってたアンラヴァーズのネタは面白かったです』


 乃絵美の高校でやった漫才も見に来てただと……。

 これはマジで大ファンじゃねーか。なんてこった。こりゃ返信しないわけにはいかんぞ。

 つか、ここまで一切返信してないのに、ずーっとDM送ってくるじゃん。

 怖いって。絶対断ろう。


『それにしても、お二人はあまりにも恋人に見えます』


 えー?

 あんだけ違うって言ってんのに。

 しかしこんなに見てくれてるファンがそう思っちゃうのか。


『ればさしさんは美少女ですが、まだ15歳なので彼氏がいないのは変ではありません。しかし』


 しかし?


『ほっぴーさんは、結構かっこいいし、二十歳です。しかも面白いお笑い芸人です』


 あー。そう?

 そうですかねー?

 ま、ファンの人だからね。そう言ってくれるかー。んふふふ。


『彼女がいないのは不自然です。やっぱり相方と付き合ってるに違いありません』


 そうなるか……。


『なので私の誘いを断ったら、相方と付き合ってるのは間違いないことになります』


 そうなっちゃうのか……。


『付き合ってとは言いません、デートするだけです。断ったら、ふたりは付き合ってると大声で叫びます。全部の劇場で』


 やべーじゃん!?

 っていうか、やべーやつじゃん!? こいつやべーやつじゃん!?

 これもう脅迫じゃねーか。

 デートせざるをえないじゃん。え? どういうこと?

 は? デートせざるをえないってなんだよ?

 この世に、デートせざるをえないなんてことあんの? 人間が想定できない事象ですよ? これがインシデンツってやつですか?

 

『わかりました。デートしましょう』


 送った。

 他に方法がないので。

 だが、いつとは言っていない。そう、5年後ということも可能!

 これが大人の対応というやつだぜ。


『はい、それでは明日の朝11時にお宅に伺います』


 うおおおおおおおおおい!?

 どこからツッコめばいいんだ!

 はえーよ!

 なんでウチを知ってんだよ!

 淡々としすぎだろ!

 えーっと、そんなことより怖えーよ!

 とりあえず先送りしよう。


『明日は都合が悪いのでまた今度にしましょう』


 これでいいだろ――と思った瞬間またDMが。


『明日は芸人の仕事もバイトもありません。なぜ都合が悪いのでしょうか』


 おいなんで俺のバイトのシフトまで知ってんだよ!

 芸人の仕事がないのは、まだ忙しくないからまだしも。どうせ暇だろで言うかもしれんけども。

 てか、キャバ嬢のDMってもっとキャピキャピしてるもんじゃねーのかよ。なんでこんな恐怖しかねえんだよ。

 

「いやー、困ったな」


 冷蔵庫からビールを出して、グラスに注ぐ。

 タバコは吸わないので、こういうときは飲むしかない。

 急遽バイトを入れてもらう……午前中なんて無理だ……。

 水風呂に浸かって風邪を引くとか……それだと看病されそうだ。

 なにか、なにかいい手はないのかー!

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