第21話 いい意味でクセスゴなビジュアル
「自分を犠牲にするなよ!」
「いや、そっちが先に始めたことでしょ」
「俺は別に、自分が嫌なことなんてしてないだろ」
「わたしも別に嫌じゃありません」
「おっさんにスカートめくって見せるのは嫌がれよ! ヘンタイかよ!」
「いや、仕事だからでしょ。キスシーンのお芝居みたいなもんだよ」
「全然違うだろ!」
喧嘩になった。はじめてだ。乃絵美は年下の女の子なので、いままで喧嘩になったことはない。
はじめての喧嘩の原因が、年下の女の子だからとはな。
形の良い眉毛は吊り上がり、眉間には強くシワがある。
白い頬は紅潮し、怒った顔がますます可愛い。可愛いのかよ。なんだこいつ。いい意味でクセスゴなルックスだな。
こんな可愛い女の子が、性的搾取されていいわけがない。
「大人の男に、利用されてんだよお前は!」
「違います~! こっちが利用してるんです~! こんなガキンチョのぱんつ見せたくらいで仕事がもらえるなんて世の中がちょろいんです~!」
「バカ! お前みたいな超絶美少女のぱんちらでこんなしょぼい仕事でたまるか! せめてゴールデンタイムの冠番組もらえるときにしろ!」
「それがもらえるなら、わたしはプロデューサーと一晩……」
パーン!
叩いてしまった。
頬を手で、ひっぱたいてしまった。
だが謝っている場合ではない。
「二度とそんなこと言うなよ!」
「――いいじゃん別に!」
頬を抑えながら、キッと俺を睨む。
こんな気丈なやつだったろうか。
驚いていると、続けざまに彼女は叫ぶ。
「アンラヴァーズで天下取れるならそれでいいじゃん!」
確かに。確かに、そう思ったこともある。だが、それは違う。
「面白さだけで天下を取るのが俺の夢だ!」
「だったら、なんでボケなかったの。自分は目立たなくていい、配信で面白さなんて
出さなくていいって思ったんじゃないの!?」
この野郎!
俺の気も知らないで。
こうなったら、絶対に。
絶対に許されるぞ!
「すまなかった!」
俺は勢いよく土下座した。
こんなことになるとは。
俺がちょっと躊躇して、乃絵美の可愛さで売れようとなんてしたから。
こいつが枕営業じみたことをしようと思ってしまったのか。
「俺が間違ってた。なんで俺がお笑い芸人になりたかったのか。目の前の人を笑わせるためだ。笑いにだけは真摯であるべきだった。面白いから以外の理由で売れてもしょうがなかった! 許してくれ!」
「……」
「だから、もう二度とこういうことはしないでくれ!」
ルックスを売りにすること自体は悪いことではない。
見た目がいいということももちろんだが、ハゲやデブ、チビやクセスゴな見た目といった身体的特徴も、武器にして構わない。
だがそれはお笑いのためでなければならない。笑いにするための方法ならいいというのが芸人の世界。
世に出るための手段にしてはいけない。少なくとも、俺はそうでありたい。
「……なんでそうしようと思ったの? なんでくしょうちゃんは、じぶんが笑いを取るのを諦めたの」
――今までで一番本音に聞こえた。
まるで、これを聞くために今までのことをしていたかのように。
「……責任を感じた」
「責任?」
「お前が、お笑い芸人になりたいって言うなら、絶対に成功させなきゃいけないって。そう思ったんだ」
そう、おれが「じゃない方芸人」になるのはいい。だが、乃絵美は人類の宝。売れないとか、ぱっとしないなんて許されるわけがない……。
「わたしは、お笑い芸人になりたいなんて思ったこと無いよ」
「え? は?」
いや、だって。
そのためにわざわざ大阪から東京まで来たんだろ?
顔を上げたら、そこには穏やかに笑う美少女。
「芸能コースに入ったんだよな?」
「入ったよ」
「両親にも許可してもらったんだよな?」
「そうだよ」
「お笑い芸人になるためだよな?」
「違うよ」
んー?
なんだ?
なぞなぞでもやらされてるのか?
「最初から言ってるよ」
最初……?
「くしょうちゃんが、お笑い芸人になりたいなら、一緒にやりたいって」
「うん。つまり、お前もお笑い芸人になりたいんだろ?」
「違うよ、全然違う。わたしがなりたいんじゃない。くしょうちゃんが、お笑い芸人をやるなら、その相方になりたいって言ってるの」
「つまり、俺の相方がやりたいだけで、お笑い芸人になりたいわけじゃないと?」
「そうだよ。くしょうちゃんが一緒にバンドやろうって言うなら、楽器練習したよ」
「な、お、お前……」
な、なんてこった。
この、痛そうな頬をさすりながら、女神のように微笑んでる美少女に、俺は泣き崩れそうになる。
「だから、一人でのお仕事なんて受けないし、解散なんてしないし、くしょうちゃんがやりたいお笑いができないなら、意味がないよ」
「お、お前……」
なんだよ、なんだよこいつ……。
俺が「じゃない方芸人」になろうとするより全然前から、最初から「じゃない方芸人」になることを決めてたってことかよ。
いや、それどころか芸人になりたいんじゃなくて、俺の相方になることが目的だった。
母親の言ってたことを思い出す。「これは愛だね」ってセリフ。なに言ってんだと思ったが……。おいおい、まじかよ……。
「いやいや、おつかれさま」
!?
なんだ!?
いきなり後ろから大きな男が入ってきた。どこかで見たことあるような……。
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