第20話 くりぃむナンタラってお菓子なの?

 謝るべきだということはわかったが、なんと言えばいいやら。

 謝罪の機会がないまま、ありがたいことに仕事はやってくる。

 今回はYouTubeチャンネルのゲスト出演。まだチャンネル登録数はそこまでじゃないが、有名なテレビプロデューサーが始めたチャンネルで、面白い企画ばかりやっている。

 今後絶対に成功すると思われるところに、なんで俺たちが呼ばれたのか。それは休日フードコートさんの全国ツアーを見て、そこで見た俺たちが面白かったからという、最高の理由だった。

 今回はなんかの大喜利をするとだけ言われているんだが、事前に準備をしないでほしいとのことで、詳しい企画はまだ教えてもらえていない。

 とりあえず楽屋で待たされている。楽屋と言っても、結構広めのリビングのようなところだ。長机が2つ、椅子も数脚あって、ソファーもある。

 なので、気まずくならないちょうどいい距離が保てる。

 乃絵美はお菓子を食べながらスマホをいじっており、なんか話しかけるなというオーラを感じる。

 まあ、俺に話しかける勇気がないだけかもしれんが。


「あ、どうも~」


 スタッフさんがやってきた。30歳くらいの男性。


「おはようございます」


 俺は普通にその場で立って挨拶するが、乃絵美は相手に近づいていく。


「ディレクターの斉藤さん、おはようございます」


 ん?

 相手の自己紹介が無いのに、乃絵美が相手の名前を呼んで挨拶している。


「今日は、約束どおり呼んでいただいて~」

「いやいやいや、それはほら、今はシーってことで」


 んんん?

 ディレクターの斉藤さんとやらが、人差し指を口に当てて意味ありげにウインクしていた。

 なんだなんだ?

 ふたりはなんか、関係があるのか?


「じゃ、また後でね」

「はい、また後で」


 握手以上に手を触り合う両者。

 初めて会った距離感じゃない。どういうことだ?

 しかしながら「今のなに?」って聞くのはちょっとな……。

 気にしないふりをして、カゴに入ったお菓子を選ぶフリをするしかない。えっとー、パイの実はいらん、カントリーマアムもいらんなーっと。くりぃむナンタラもあるのかー。へー。


「おはようございまーす」

「「おはようございます」」


 またスタッフさんが入ってきた。40歳くらいの男性。


「カメラマンの高橋さんですね」


 また知ってるし。

 しかもカメラマンさんだろ。ディレクターは事前打ち合わせとかで名乗っててもおかしくないが、カメラマンさんの名前を知っている?


「じゃあ」


 なんだ?

 カメラマンは、小さなデジカメをこちらに向けた。なんで? 動画のカメラじゃなくてプライベートのやつってこと?


「はい、約束どおりに」


 とことこと近寄っていく乃絵美。

 俺とカメラマンの間に行き、俺に背中を向けた。

 するといきなり。


「はいっ」


 カメラマンに向かってスカートを捲った。はあああ!?


「はい、いただきました」


 高橋は会釈をして去っていった。どういうことだよ!

 カメラマンにぱんつを見せる約束をしていた?

 そんなことがありえるのか?

 明らかにおかしい状況だが、なんと言えばいいのかわからん。

 本当におかしいときは「おかしいだろ!」とツッコめない。

 乃絵美は俺の顔を見ることもなく自然に椅子に座った。

 チラチラと様子を伺うが、俺のことなど一切眼中にないという態度。 

 まじかよ……。


「はいはい、どうもどうも」

「「おはようございます」」


 また違うスタッフが登場。また男。若い。

 すっと立ち上がる乃絵美。

 

「APの黒柳さん、これ、お礼です」

「ああ、どうもね」


 なんだ?

 なんか手渡したぞ。

 ピンクのやたらテカテカした……。


「これ、脱ぎたて?」

「あ、昨日履いて、今朝脱いできました」

「あ、そう。まあいいか」

「すみません、脱ぎたてのパンティーじゃなくて」


 ぱ、ぱ、ぱ、パンティー!?

 履いてたパンティーをプレゼントしてんの!?

 はあ!?

 何をやってんの?

 うちの相方はずっと何をやってんの?


「じゃ、後ほど」

「はい、よろしくお願いします」


 黒柳さんはパンティーをポケットに入れて去っていった。さすがにわかってきた。つまり、相方はスタッフさんにエロい見返りを求められていて、それをOKしているってことだ。


「おい」

「……」

「おい」

「なに? ほっぴー」

「いや、何をやってるの?」

「なにが?」


 すっとぼけるっぽい。マジかこいつ。


「ここのスタッフさんと何の密約を結んでるんだよ」

「いいでしょ、別に」

「いや、よくないだろ」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「いや、パンティーあげちゃってんじゃねーか。パンティーお持ち帰りサービスしちゃってんじゃん」

「あれは先にもらってんの。借りてたものを返しただけだから。減ってない」

「先にもらってんの!?」


 おいおい、いよいよヘンタイ契約だな。


「APの黒柳さんは、これを一回履いてくれって言って下着を渡してきただけだから。それくらい問題ないですよって」

「問題しかないだろ!?」


 どういう価値観してんの!?

 

「カメラマンの高橋さんはスカートを捲りあげたところを撮影したいってだけだから。あくまで個人的に使うもので、ネットにアップとかしないって言うから、じゃあいいですよって」

「よくないね!? 個人的に使うって言っちゃってるのに、いいのかよ」

「いいでしょ別に」


 じゃあ俺も頼めばいいのかな。

 じゃねーよ!

 ダメだって。


「ディレクターは?」

「斉藤さんは、あとでおっぱい触りたいって」

「ダメすぎるだろ!」


 はあー!?

 いつの時代の話?

 ってか昭和でもダメだろ!


「まあ、そのくらいはね」

「断れって」

「でも、このお仕事は重要なお仕事だよ」

「そうだけど、こういうのは良くないだろ」

「コンビの、アンラヴァーズのためだったら、そのくらい全然いいって言ってんの!」


 初めて俺の目を見た。

 自分は間違っていない。そんな確信に満ちた顔だった。


「ふざけんなよ!」


 俺はテーブルをバンと叩いて、立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る