第17話 あえて目指すは全力脱力タイムズ

「はあ……」


 バイト帰り。

 俺はため息をついていた。

 もうすぐ梅雨入りするかという時期で、暑く晴れているにも関わらず、なんともいえない重たさを持った空だった。

 この調子で仕事が増えていけば、バイトしなくてもすむかもしれない。

 そんな状況なのに、気分が重い。

 正直俺がお荷物な自覚がある。

 呼ぶ側も、もはや彼女だけでいいのだ。それはわかっているのだが。

 マネージャーにそれとなく聞いてみると……。


「ピンの仕事はNGと言われています」


 乃絵美は、コンビでの仕事しか受けない。そう言っていたというのだ。俺は聞いていない。

 そして、俺は当然ピンがNGなんて言っていない。

 これってつまり……同情だよな……。

 情けねえ……。

 年下の、養成所にも行ってない、芸歴もほとんどない相方に、同情されてる始末。


「牛丼食ってくか……」


 本来の俺は、持ち帰る派。

 わざわざ店で食うのは、紅しょうがをたっぷり使いたいからじゃない。単に家に帰りたくないから。

 この時間に帰ったら、乃絵美がいるからだ……。合鍵なんて渡すんじゃなかった。

 惨めだ……結婚して無職になったような気持ちだよ。あわせる顔がない。

 暗くなっていく外を見ながら、牛丼をつついてると、前の相方を思い出した。


「あいつ、こんな気持ちだったのかな……」


 俺は、相方が使えないやつだったことが許せなかった。

 ネタが書けない。ギャグもできない。大喜利も駄目だし、基本的にお笑いが何もできない。

 何をやるかと思ったら、ファッションだの、メイクだの。男のくせに見た目ばっかり気にして。

 くだらない。

 モテたいだけなら、お笑いじゃなくてもいいだろう。

 そう思っていた。

 そう思って、バカにしていた。

 でも、あいつはあいつで、自分にできることを探していたのかもしれない。

 今、見目麗しい相方を持ってみると、それが仕事に繋がっていることがわかる。


「バカは俺だ……」


 そもそも俺はネタを作りたい人間だった。そして、ピンネタはあまり好きじゃなくて、コンビでお笑いがやりたい人間だった。

 だから、あいつとコンビを組んだのは必然とも言えた。

 そうだ、俺が望んでいたんだ。俺が、俺のネタを、黙って受け取ってやってくれる相方を望んでいた。

 だからネタができないことはわかってて組んだのに。

 

「あいつを、じゃない方にしてたのは俺だ……」


 劇場で多少の笑いを取っただけで、俺のネタだ。俺が笑わせたんだ。そういう態度を取っていた。なんて幼稚だったのか……。

 あいつにしおらしくネタをつくってなくてすみません、みたいな態度を期待していた?

 あいつが「じゃない方感」を出してないことが気に食わなかった?

 感謝して欲しいみたいな言い方だったけど、それってそういうことだよな。だって俺からは感謝なんてしてないんだから。対等な関係だって認めてないんだから。

 俺がネタを書いてるから。お前はそれを感謝して、頭を下げろって。それって本当の相方って言えるのか?

 自分にできることをやろう。そう思うほうが健全な考えじゃないか?

 劇場では、女性人気は重要だ。

 実際にお金を払ってライブに来てくれる、SNSなんかでも推してくれる。そういうのは圧倒的に女性が多い。特に俺らのような男性の若手は。

 それにファンレターは本当にモチベーションになる。ウケなくて、貧乏で、なんで芸人なんてやってんだって思うとき、立ち直れるのはファンの手紙だったりする。

 ファンレターをくれるのは、ほとんど女性だ。そしてルックスがいい方が、ファンレターを貰いやすい。

 別にあいつは合コンしまくってたとか、ファンに手を出してたとか、そういう話は聞いたことがない。

 そう考えてみれば……


「あいつ……」


 そう言ってくれれば……なんて言えるわけもない。

 まともに話なんてしたことないんだから。

 飯の途中だと気づき、一口かきこむ。

 せっかく牛丼屋にいるからと、紅しょうがを多めに食ってみるが、普通に食った方がうまい。

 肉と米、それと紅しょうが。どれかが多すぎてはいけない。バランスが大事なんだと気づかされる。

 コンビもそうだ……肉だけ食ってもしょうがないんだよ。そりゃ牛丼の主役は肉だよ。でも肉が偉いとか、そういうことじゃねえんだ。

 肉とごはん。両方あって、牛丼。だから、うまい。

 それをわかってなかったってことだ。

 そう考えれば、今度は俺が白飯になるのも悪くないか……。


「いないか」


 あまりにもゆっくり牛丼を食ったせいか、家に帰ったら誰もいなかった。

 会わないようにしてたんだから、当然か……。

 ちゃちゃっとシャワーを浴び、布団に入って、スマホをいじり……配信されていた動画のコメント欄を見る。

 

『ればさしさん、カワイイです』

『ればさしちゃん可愛すぎ、動画も見てます』

『ればさし最高、ライブあったら行きます』

『アイドルファンやめてお笑いファンになります。ればさしちゃーん!』


 いや、すごいよな。マジで……。

 配信だなんて、たいしたもんじゃないと思っていたが、マネージャーにもこれを見たってかなり問い合わせが来ているらしい。あのムカつくやつ、マジで人気あんのな……。

 来週から、そのおかげでYouTubeのゲストの仕事がいくつか入っている。当然目当ては俺じゃない。俺はオマケだ。でもそれでいい。

 次からは本気で脇役に回ろう。

 全力で、じゃない方をやる。相方の邪魔にならない時間を過ごす……全力脱力タイムズだ。俺の今後は。

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