第16話 プレバト出たくてパンチラを詠む
翌週の週末も配信の仕事。
当然俺はなにもできず。
相方は可愛く、そして明るく、楽しそうにゲームをして、適度に笑いも取っていた。完璧だ。
というか、うちの相方があまりにも有能すぎるというか……。考えてみれば、大物MCのアシスタントも今すぐできるだろう。
マジで俺はじゃない方芸人だ……。
なんとかして、俺も頑張らないと……。
月曜、夕方。
いつものように乃絵美が俺の部屋にやってきた。
座椅子に座ったところで、俺はとっておきを繰り出す。
よし、見てろよ!
「ほっぴー、ほっぴー、ほっぴ~♡」
俺は猫っぽく腰をくねらせながら、ハッピーな気持ちで言った。
「ん?」
何いってんだコイツとばかりに睨むように言われた。
せめて小首をかしげて可愛く言って欲しい。
「え? よくない?」
「なにが?」
「自己紹介ギャグだよ」
やっぱりギャグくらい持ってないとね。
「うーん……」
悩んでるな。言い方かな?
「ほっぴー、ほっぴー、ほっぴ~♡」
声を高くしてみる。
腰もさらにくねくねさせる。どうだ。
「いや~。うーん……」
腕組みして苦悩するほどか。結構自信あったのに……。ショート動画にも向いてそうだし……。
もう一個考えてある。
「あほっぴー!」
俺は限りなくアホに見える顔をしながら、両手の人差し指で自分の顔を指す。
これは短くてわかりやすく、そして使いやすい。
バラエティ番組でMCから振られたときにできるだろう。「おまえ、これわかるか?」「あほっぴー!」「アホやからわからんかった!」みたいな流れね。見える、見えるぞ!
「いや~」
相方の反応が悪い。
言い方が違ったか?
おかしいなあ……。
乃絵美が俺にここまで否定的なことも珍しい。
「うーん……そういうの、もっと面白い顔ならよかったんだけど……」
あれ? 顔?
いや、顔は鏡を見ながら練習したけどな……。
「クショウちゃんは、顔が整ってるから、そういうのあんまり面白くない」
ガーン!
表情の問題じゃなくて、生まれ持ってのやつ!
「ギャグは向いてないんじゃないかな……」
すっごく言いづらそうに、気を使って言ってるのがわかる……。ギャグはやめておくか……。
実は他の方法も考えてるんですよ。
「ほぴほぴほぴほぴ、ほぴほぴほっぴー! ほぴほぴほぴほぴ、ほぴほぴほっぴー!」
「歌ネタはやめようよ」
「ちょっと、まだネタまで言ってないんですけど」
「歌ネタは、やめよう。それだけはやめよう」
心配されてしまった……。確かに先輩からも、うかつに手を出すとヤバいという話は聞いてるんだが。
まあ、歌はな。伝わらんよな。アニメじゃないんだから。
まだ作戦はある。◯◯芸人になるんだよ。
「プロ野球を見始めたんだけど」
そう言ってみたが、腕を組んだまま「はぁ~」とため息。形のいい唇を少しとがらせる。
「あのね、プロ野球なんて子どもの頃から好きな人がいっぱいるやつだから、無理だよ。にわかだって叩かれて終わりだよ。むしろ高校のときに大活躍してた芸人さんだっているよね」
確かに……俺がスポーツを見ないでお笑いばっか見てただけで、プロ野球に詳しいお笑い芸人なんて死ぬほどいるな……いまさら無理か。
路線変更だ。
「――ギャンブルをしてみようかなと思って」
そう言ってみるが、乃絵美はかぶりを振る。ポニーテールも悲しげに揺れる。
「ギャンブルはそういう気持ちの時点で無理。あれはヤメたくてもヤメられない状態になってないと。やってみたいでいけるのは私の方」
それもそうだな……えげつない借金の芸人の先輩、結構いるもんな……。乃絵美はたしかに「競馬やってみた」で成立する。マジで俺は、じゃない方芸人。
じゃあ、これだ。
「絵を描いてみたんだけど……」
「……それも、やめとこう」
上手に描けたと思うのに……猫耳のロリ……。カワイイのにな……。まあでもこういうイラストは、水彩画とか消しゴムハンコとか、ましてやバナナアートではやりようがない。
じゃあ……こほん。
「春風や 女子校前で 白ちらり」
「え?」
「終電で スカートの中 師走かな」
「は?」
「どう? パンチラ俳句」
「……なにそれ」
詩吟をエロくするみたいに、俳句をちょいエロにするという新しい視点だよ。
「なんで俳句……」
「だって、絵ができないとなると、俳句しかないじゃん……」
「なぜ……」
ていうか「この句は、どんな気持ちで?」って聞いてくれよ。
なぜと言われても。
プレバトに出たいからでしょうよ。
アートか俳句ができなきゃ出られないんだから。
やめてよその心底呆れたって態度。憐れむのだけはやめてくれよ。
「意外と才能アリだと思うんだよ」
だって、ぱんつが見えたとは言ってないのに、映像でちゃんと伝わるように書けてるじゃん?
それぞれの言葉が邪魔せずに、機能してるじゃん?
散文的でもないし。季語とワンフレーズでねえ? 基本の型でしょ。
このあたり、ちゃんと勉強してますねえ、って言われそうじゃん?
季語の力も信じてるし。はじめてにしては大したもんだよ。
一句目はね、女子校と書くことで、勝手に女子高生かな、制服かなって想像できるしさ。白ちらり、という表現も可愛らしいでしょ?
それが見えることで、明るくて気持ちいい気持ちになったというのが、春風という季語にぴったりじゃん?
二つ目はさ、仕事で疲れ果てたのか、忘年会の後なのか、OLのスカートの中が見えちゃって、それが年の瀬の忙しい時期にふと感じた労働の対価って感じじゃない? それにこれってすっごく日本らしい光景じゃない? 女性が終電でそこまでうっかりできるのも平和だってことですよ。深いね。深い詩だよ。
「激的添削できないくらい、よくできてると思うんだ」
「いや、添削してももらえないんじゃないかな……オンエアされないよ」
「えー?」
ダジャレとかだと、ボロクソに言われて消されるイメージはあるが。
「っていうか、あれって芸人が出れるのは相当売れてないと無理じゃない?」
……そうかも……。
「若くて出られるのって、アイドルとかモデルとかでしょ」
……そうだわ……。
「はあ……今日はもう帰るね」
俺は見送ることもなく、このアパートから乃絵美が、ただいなくなることを受け止めていた。
マジで俺には何にもないじゃん……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます