第15話 笑わせようなんて気持ちはフットンダ
生配信の仕事の当日。
俺は配信主のいるスタジオに来ていた。
「どうも、アンラヴァーズです……」
丁寧に挨拶したのだが、華麗にスルーされた。
「いや~、マジかわいいね、ればさしちゃん」
俺のことなど眼中にないとばかりに相方に近づいた。
乃絵美は「あはは……」と愛想笑い。
「SNSでカワイイのはわかるけど、実物のほうがもっとカワイイんだね~」
な、なんだコイツは……?
別にイケメンでもないのに、異常にチャラいぞ。男のファッションに詳しくなさすぎてチャラいとしか表現できねえけど。じゃらじゃらアクセサリーつけんなよ。
こいつ……名前知らないからユダでいいや。ユダは舐め回すように相方を見て、異常なまでに距離を詰めていた。手を触るなよ。殺すよ?
「あの」
俺は肩を掴んで、強制的に目を合わせる。
「誰? キミ」
「だから、アンラヴァーズのほっぴーですけど」
「あー、お笑いコンビ? なんだっけ。実は」
「実はじゃなくて、お笑いコンビです。俺たち」
「いやー! 信じられないでしょ、こんな美少女がお笑いやってるとか」
「は?」
何いってんだコイツは。確かに乃絵美はアイドルになってもトップになれるルックスをしているけれども。確かにこんな美少女がお笑いやってることは信じられないけれども。なんだこの言ってることは賛同できるのに、死ぬほどムカつくセリフ。
てか、こっちが名乗ってんだから、そっちが挨拶しろ。
「あの、そちらこそ誰なんですか?」
「は? 俺を知らないの? そんなやついんの?」
いるだろ。なんでコイツは有名人気取りなんだよ。こっちは背信者なんてユダか明智光秀しか知らねーんだよ。
ユダは両手を広げて、首をすくめながら名乗った。
「おっぱいちゃんだよ」
「おっぱいちゃん!?」
「おっぱいが好きだから、おっぱいちゃん」
おいおい、とんでもないバカじゃねーか!
こんなやつが人気なわけねーだろ!
なんだこの小学生みたいなネーミングセンスは。
「女性人気なさそーですね」
「フォロワー数は100万超えてますね」
「……」
マジかよ……。テレビで冠番組持ってる芸人でも、100万フォロワーいなかったりするぞ。それにしてもムカつくな。なんだそのドヤ顔。
「そうなんすね、俺はあんまり配信とか見ないんで……」
「で、でたー! 若いのにそういうの見ないアピールー! 逆にテレビとかラジオが好きなんですとか言っちゃうタイプー! いるんだよな逆張りするやつー」
あーわかった。俺、こいつ嫌いです。確信しました。
確かに「俺テレビとか見ないんで」とか言うやつ俺は嫌いだよ。それと同じようなことしちゃったって言いたいのね。クソが!
「それにしてもればさしちゃん、ショート動画、可愛すぎて何回も見ちゃったよ」
「ありがとうございます」
乃絵美。そんなやつにお礼を言うな。おっぱいが好きだから、おっぱいちゃんだぞ。ユダの方がカッコいいじゃねーか。なんなら俺が内心で呼んでた名前がカッコ良すぎることにイラついてきてるよ。
「でも、おっぱいが好きなんでしたら、わたしなんかじゃあ……」
ルックスにおいては、弱点が胸の大きさだけと言っても過言ではない。自信なさげに、自らの胸を抑える乃絵美。いいんだよ乃絵美。そんなヘンタイに好かれず済んだと考えようよ。俺はそのくらいの大きさのほうが好きだよ。
「あー、でた、誤解。俺はおっぱいが好きなんで、巨乳とかちっぱいとかそういう大きさとか関係なく、おっぱいが好きなんだよ」
うるせーなコイツ~!
なんでカッコよくないことをカッコいい感じで言うんだよ。腹立つわー。
「そうなんですねー」
よそ行きの笑い方でいなす乃絵美。
これが正解なんだろうな……さすがですよ。やっぱ美少女ってこういうの言われ慣れてるんだろうな。うまく対応してるわ。ほんと。
「ところで今日の配信って何をするんですか?」
まさにそれ。配信開始まで、もう1時間もないのに、なんも聞いてない。
「ればさしちゃんの、おっぱいボロリだよー。なんちゃってー」
つまんねー!
つまんなすぎて死ぬ。そういう必殺技ですか?
セクハラで訴えてもいいところだが、乃絵美はふむりとわざとらしく思案顔。
「BANされないですかねー? 乳首だけシール貼っておけばいけるかも?」
「あはははは! ればさしちゃん、ウケるー! 冗談だって」
お前がドンズべりしてるから見るに見かねて乗っかってやってんだろ!
そんくらいわかれよバカヤロー。
まあ芸人じゃないから、面白くないのはしょうがないけれども。
「ゲーム配信だよ。といっても、アナログゲームだけど。楽しくやってるだけで成立するから、変にボケたりしなくていいから」
なにが楽しくゲームやるだけだ。冗談じゃない。
俺は芸人だからね、配信だからボケなくていいなんて言われても、ボケまくって笑いの渦に巻き込んでやるよ。
笑うつもりのなかった配信見てるやつを、これでもかと笑わせて。やっぱ芸人って面白いなー、笑えるなー、すごいなーって思わせてやるよ、このおっぱい好きのヘンタイ野郎。
「にしても、ればさしちゃんは本当に芸人なんだねー。面白いよ」
そうだよ。うちの相方はすげーよ。
「それに比べて、キミの方は……面白くないのかな」
「は?」
なんだこいつ。舐めてんのか?
「じゃあやってみてよ、ほら、一発ギャグ」
「一発ギャグ!?」
ねえよそんなもん。
そういうのは、ネタを考えない方とかがやるものだろ……
「わー。一発ギャグも持ってないんだ。じゃない方芸人のくせに」
じゃない方芸人だと……?
誰が、じゃない方芸人だ!
じゃない方芸人とは、お笑い芸人コンビにおいて、著しく人気の無い方を指す言葉だ。失礼にもほどがある。
相方は、めちゃくちゃカワイイ女子高生で……しかも面白いし、いろいろ企画も考えてくれるし、とにかく最高だな。そんな強すぎる個性を持った相方に比べて、俺は……ただの売れない芸人。
……あれ?
俺じゃん。完全に俺じゃん。俺って、じゃない方芸人じゃん。
俺のほうが芸歴が長いとか、俺は養成所を出てるとか。そんなのお客さんには、どうでもいいことだ。
一発ギャグも持ってないが、特にこれといった個性もない。
ピンでネタをやることもできないし、歌やギターができるわけでもない。
カリスマ的なコントが書けるとか、演技がめちゃくちゃ上手いとかもない。
大喜利で負けなしとか、トークが絶対に滑らないとかも無い。
料理ができるわけでも、ラップができるわけでも、絵がうまいわけでもない。
アニメや競馬、プロレスとかサウナとか釣りとか……そういうカルチャーを仕事になるくらいめちゃくちゃ詳しいわけでもない。
そっか……俺って、じゃない方芸人だったのか……。ネタ書いてるのは俺だから違うと思っていたが、言われてみればそのとおりだ。
実際今も、乃絵美さえいればいいのだろう。コンビで呼ばれているが、俺が
「このゲームのルールは……」
説明はなんとか理解したが、それが精一杯だった。
その後、俺はただゲームをするだけの男となった。ボケることもなく。笑わせるなんて気持ちはどこかへ消え失せた。
楽しそうにプレイするということさえもできない、じゃない方芸人のポンコツだ。
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