第14話 配信前に深夜の馬鹿力
福岡、札幌、新潟、福島を巡り、最後が埼玉。
ゴールデンウイークを使って行われた、休日フードコートのツアーが終わった。
今は、久しぶりに帰ってきた我が家だ。
「いや~、よかったね~」
ニッコニコでご満悦の乃絵美。
京都以外は基本的にウケたからな。最後のさいたま市は特にウケた。
埼玉県だけは、埼玉をディスればディスるほどウケるという特殊な県です。会場のお客さんもラストのさいたまが一番多かったため、ドカンとウケるという快感を得た。
「芸人になってよかったよ」
「そっか」
そう言ってもらえて嬉しいよ。
笑いで観客を沸かせる。これが芸人の醍醐味だからね。
「タダで日本一周旅行できるなんて!」
「そっちかーい」
いや、薄々そうなんじゃねーかと思ったけども。
なんで乃絵美は確実にボケてくるの? ラジオじゃないんだよ?
「ほら福岡、よかったじゃない」
博多のお客さん、あたたかかったなー。
前説の時点で拍手がすごかったもん。
「よかったね。あの鶏皮の串。いくらでも食べられちゃうね」
「うーん」
確かによかったけど。うまかったけど。ホッピーにあうけど。注文は10本からって多いだとと思ったのにぺろりだったけど。
「札幌もさ、熱かったじゃん」
北海道は初めて行った。
寒いところというイメージだったが、お客さんは熱かった。
「アツいね。熱くて厚いね。すごいジンギスカンだったね」
「うーん」
確かに分厚かったけど。厚くても柔らかくて旨味たっぷりのラム肉だったけど。サッポロクラシックと一緒に食うとたまらんけど。
「新潟も、びっくりしたよ。意外っていうと失礼だけど」
正直、札幌や福岡よりは人口も少ないし、そんなにお客さんいないと思ったけど。
新潟ってかなり大きな都市なんだな。
お客さん多くて。拍手や笑い声はむしろ多かったかも。
「びっくりした。あんなにお刺身とか美味しいなんて。札幌でジンギスカンにしといてよかった」
「うーん」
確かにびっくりしたけど。お米が美味しいイメージだったけど、魚も美味いのよね、新潟。日本酒も美味い。最高。
「福島は? 正直どうだった?」
福島のウケは微妙だった。ちょっと、いじりにくいしね。
「正直あんこう鍋ってどうかと思ってたけど、めちゃめちゃおいしい」
「うーん」
確かに食べる前はそこまで期待してなかったけど。うまいねアレは。汁があん肝味なんだもんな。そりゃうまいよ。
「結局、今日が最高だったけど」
さいたまが一番大きな会場だった。
3000人くらいのお客さんが、ドッカーンと笑う感じ。
「さいたまはつまんない」
「言うなよ~」
夜飯食わずに帰ってきたからね。結局夜飯の感想しかなかったからね。
せめて昼に武蔵野うどんでも食わせておけばよかったよ。
「ま、グルメツアーとしても楽しかったけど、お客さんに笑ってもらえるのは嬉しかったよ。いつか自分たちのツアーをやりたいよね」
「いきなり完璧なコメント」
そういうことを言って欲しかったわけだが、いざ言われるとテレますね。澄んだ目で、覗き込むように見られながらさ。星空の下で言われてたらヤバかったが、我が家のムードのなさに救われたね。
「休日フードコートさんには感謝しないとね」
「それな」
いや、すごかった。そもそも全国を回って全部お客さんパンパンですよ。
全会場で大爆笑だぜ。すごい先輩だ。
芸名の「休日フードコート」は、休みの日のフードコートみたいに空席を探すのが難しいくらい、劇場が埋まりますようにという願いが込められているらしい。完全に夢が叶っている。
その先輩たちは、現在は打ち上げ中。もちろん呼ばれているのだが、乃絵美は女子高生なので夜遅くに酒の場には連れていけない。
正直、長旅で疲れたし、家に帰りたかった。乃絵美は晩ごはんを食べたがったが、さいたまで食いたいもんなんて無いし。
こうして、座椅子に座っている乃絵美を眺めていると、ホッとするというか。
地方に行くのも楽しいが、久々に帰ってくると、やっぱり思うんだよね。
うちで気を許している、ありのままの乃絵美が一番魅力的だなって。キリッとしてるより、ほにゃっと笑ってるのがいいのよ。
「しかし、旅行は楽しかったけど。この座椅子がなんか落ち着くなー」
体育座りで体を揺らす乃絵美。
こんなに心が通じ合うものかね。前の相方とは、まるでこんな気持ちになったことはないね。
「ふふっ。舞台上のキリッとしたクショウくんもいいけど、やっぱり自宅でぼーっと笑ってるのが、いいなー」
にっこり。
はー。やっぱり乃絵美とコンビ組んでよかったー。絶対に喧嘩しないだろ、この先も。
「そういや、ショート動画の評判いいらしいね」
乃絵美が我が家でメイド服を着て、一言だけなにか言うというシリーズ。ツアーが始まる前に投稿していた最新のやつが、まあまあ再生されているとか。
俺はインストールしてないから詳しくない。
「うん。来週のお仕事、それで決まったからね」
「え!? そうなのか?」
スケジュールにはネット番組と書かれていて、出演者は聞いたことの無い人しかいなかったから、正直あんまり関心がなかったが……。
自分たちで作った動画を見てオファーをくれたとなると、嬉しいものがあるな。
「かなり有名な配信者なんだよ?」
「有名な背信者?」
なにそれ、ユダ?
「多分、同接二万超えるよ?」
「どうせつ……?」
さっぱりわからん。今どきはテレビを見ないでスマホで動画の若者が増えてるというが、俺はむしろテレビとラジオが好きだからな。
「つまり、次の仕事は生で見てくれる人が二万人以上いるかもってこと」
「ふーん」
「さて、もう遅いし、明日は学校だしもう帰るね」
「ん。気をつけてな」
22時か……さて、風呂入るか。
23時か……ちょっとだけ、酒飲むか。
もう0時か……疲れてるし、もう寝るか。
「うおーっ!?」
俺は座椅子を持ち上げていた!
行き場のないテンションが、深夜の馬鹿力として発動したーっ!
二万人が生で見る!?
GWのライブツアーのお客さんの合計より多いじゃねーか!
まじかよーっ!
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