第18話 正解は一年後かもしれない

「どういうつもり?」

「は?」


 撮影が終わって楽屋に戻ってきたら、相方がキレていた。

 ペットボトルの水とコーラ、少しのお菓子だけが乗ったテーブルを叩きながら、パイプ椅子に座った。

 怒った顔を見たのは、子どものとき以来じゃないか? こんなに不機嫌であることをアピールするとは。よっぽど腹に据えかねてるぞ。

 形のいい眉毛が凛々しくつり上がっている。


「クショウちゃん……いや、ほっぴーって呼んだほうがいっか」


 舞台じゃないところで、芸名で呼んできたのは初めてだ。どうやらガチで怒ってるっぽいね。

 しかし俺は全力を出している。ここでキレ返すほどは子どもじゃない。

 冷静にペットボトルの水を飲んだ。

 そんな俺の態度が気に食わないのか、ますます表情がキツくなる。


「一回もボケてないよね?」


 怒気を孕んだ声。そんなに怒るかね。

 相手が怒ってるからこそ、こちらは冷静になるべきだ。

 コンビなんだ、こういうこともあるだろう。


「ボケてないな」

「なんで?」


 なんでって……俺がボケたら、邪魔になっちまう。もちろん乃絵美がツッコミをするという企画とかならするだろうけど。

 今回のYouTubeは先輩芸人である、センヌキのチャンネルのゲスト。やったのは利きポテチだ。俺は見事にわさビーフを当てた。完璧な仕事です。

 ちなみにセンヌキってコンビ名は、冠番組を手に入れられますようにってことで、王冠を取る道具の栓抜きから。その夢はまだ叶っていない。


「俺はボケるより、当てるべきだと思ったけど」

「いや、べきとかじゃないじゃん」


 棘のある言い方。

 わかるよ、俺がボケなくていいわけがない。

 でもこれはわざとだからな。

 若手芸人だったらボケるよ。例えスベってもボケた方がいいよ。そりゃ俺だってボケたいよ。

 だが俺は、じゃない方芸人を全力でやってるわけ。

 コンビのためには、自分が目立ちたいとか私利私欲で動いちゃ駄目じゃん。


「俺のボケは、求められてないよ」

「求められなかったらやらないなんて、おかしいよ。お笑い芸人なんでしょ」


 こいつ……偉そうに正論を唱えやがって。

 でも、ちょっとアツい言い方に、俺もドキッとさせられる。こいつ、初めたばっかなのに、気持ちがもう芸人だぜ。

 そう、いついかなるときでもボケる芸人はカッコいいよ。俺も憧れる。でも、アンラヴァーズが目指してるところじゃないだろ。

 せっかく片方が美少女という特徴があるのに、そんなストロングスタイルのお笑いを選ぶのは無いだろ。

 もちろん、一切笑いがないとかだったらボケるけどな。

 

「センヌキさんとお前だけで笑いは成立してるじゃん。お前の魅力を出すにあたって俺のボケはいらないだろ」


 そう、センヌキさんのチャンネルだからね。

 そしてセンヌキさんに呼ばれたゲストは、ればさしとその相方ってわけよ。現役女子高生芸人、しかもカワイイ。

 だからポテチを食べて「これはカールですね」みたいなボケでウケるのよ。センヌキさんのツッコミの「ポテチだって言うてるやん」でちゃんと落ちてる。

 その後で俺が「5/8チップス」とかでボケてもさ。「いや、エスビー食品が作ってたポテチ、若いのになんで知ってんだよ! ドラゴンボールのときにCMやってたけど!」みたいなツッコミもらってもさ。うん、そのツッコミされたかったな!

 でも俺は我慢したわけ。

 じゃない方の俺のボケは不要だと思ったから。


「なにそれ」


 座ってる俺に、前のめりで上から睨みつける。

 まるで容疑者と刑事だよ。俺は犯罪でもしたかのような扱いかよ。

 俺は手抜きをしたんじゃない。考えた上で、これがベストだと思ってやってんだ。

 アンラヴァーズの今後について、ちゃんとビジョンを持って進めてる。ここで大人な態度を取るのが重要だ。

 相手は未成年の女性。俺は成人男性。

 ふーっと息を吐いてから、ゆっくりと口を開く。


「だから、俺たちが呼ばれてるのは、お前の魅力で呼ばれてるワケ。だから、お前の魅力を最大限引き出すのが最善の手なんだよ」

「本気で言ってんの?」


 なんなんだ?

 そんなに変なこと言ってないだろ。

 ここまできちんと説明しても、まだキレてるわけ?

 こうなってくると、単なる不機嫌女子高生じゃん。

 まあ、わかんないのかもな。そのうちわかるんじゃない。正解は一年後にでも判明するんじゃないの。

 しかし、こんなになったことないよな。幼なじみだったときは……

 あ、あれか? そっか、子どものときはなかったもの。


「わかったわかった。あれだろ、あの日なんだろ。大丈夫、俺は理解のある男だから――」


 バシーン!


「いって!?」


 何が起きたのか?

 どうやら、頬をひっぱたかれたらしい。

 え?

 図星だと殴られるの?


「死ね」


 ビンタからの死ね?

 はー?

 逆ギレじゃん。

 俺がどれだけ、こいつのためにやってると思ってんだ?


「ちょ、あっ、やめ」


 乃絵美は、ペットボトルのコーラをどばどばと俺にかけた。

 なんてことすんだよ! もう十分だろ! ビンタだけでいいだろ!

 あと水でよくない? なんでコーラをぶっかけるんだよ! ベタベタになっちゃうじゃねーか!


「バカ! デリカシーなし男! クソノンデリ! ノンデリオブ・ザ・イヤー!」


 もはや怒ってるのは「あの日」の発言の方だった。

 俺は黙ってローキックを数発食らって、お怒りになったまま出ていく乃絵美の背中を見るしかなかった。


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