第10話 ゴールデンウイークはチャンスの時間だ

 平日は毎日家に寄っていき、ネタ作りやら動画の編集やら。

 土日は、一緒に出かけてなかよく遊んでインスタの投稿やら、動画の撮影をしたりする。

 そんな日常が始まったこの四月だった。相方ができて生活が一変したな。

 

「え? ゴールデンウイークですか?」


 バイトに明け暮れるつもりだったが、珍しくマネージャーから仕事の電話があった。

 うちの相方の唯一といってもいい弱点は、現役高校生である点だ。高校生はさまざまな制約がある。

 例えば、深夜ラジオには出演できない。若手芸人にとって、深夜ラジオは憧れでありチャンスだ。ぜひとも出たい。でも駄目。法律。

 そして学業優先。彼女の学校は芸能コースだから、絶対に授業に出ないといけないわけではないのだが、それでもバイトとはわけが違う。

 ましてや一年生の一学期。事務所にはよっぽどの仕事じゃなきゃ、入れないでくれと伝えてある。

 平日に地方の営業が入らない。これは結構キツイことだった。

 

「急ですけど、大丈夫でしょうか?」


 即答しなかったため、マネージャーから心配された……というかイラつかせたか。

 もちろん、やりたい。絶対に。

 ゴールデンウイークにびっしり仕事が入るなんて、ありがたいにもほどがある。

 内容はこうだ。

 同じ事務所の先輩のトリオ「休日フードコート」のコントツアーが実施されるんだが、そこに同行する漫才コンビが体調不良でいけなくなった。その代役の打診である。

 なんとしてもやらせてほしいが、相方は……


「俺は大丈夫ですが……」

「あ、ればさしさんはOK出てます」

「あ、そうなんですか?」

「私は連絡する際は、忙しい方に先に確認しますので」


 ……いや、正しい。マネージャーの正しい判断に傷つくのはおかしい。

 そして俺が忙しいわけないので、即答しないせいでイラついたのも仕方がない。


「じゃ、じゃあ、もちろん、やらせていただきます」

「新幹線の移動もありますが、よろしくお願いしますね」


 よし。仕事ゲットだ!

 前説と、コントとコントの間につなぎをするという仕事。

 お金を払ってコントを見に来るお客だ。下手なことはできない。

 バイトを終えて家に帰ると、すでに相方は待っていた。

 

「これはチャンスだね」


 ポテチを食いながら、目を光らせていた。

 俺も一枚もらいながら、側に座る。

 フレンチサラダ味だ。うめー。

 いつものように彼女は座椅子、俺は畳だ。ちなみに座椅子は結構高級品で、リクライニングもできる革張りです。


「そうだ、めちゃくちゃチャンスだ」


 俺がそう言うと、彼女はふかーく頷いた。ポニーテールがゆっくり揺れる。


「このチャンス、最大限に活かさないとね」


 おー。座椅子にどっかり座ってポテチ。そんな人の家での超絶くつろぎ状態だが、どうやら相方はやる気だ。


「まず横浜だけどさ、横浜も重要だと思う」

「うん」


 初日は横浜公演。最初から、なかなかのキャパシティの会場。ここでスベったらオレたちも死ぬが、先輩にも迷惑をかける。

 わかってるみたいだな。


「やっぱり中華街かな……」


 ……?

 中華街……?

 なんのことだ。会場は中華街ではない。

 あ、ご当地ネタのことか……?

 こういったツアーの場合、その土地の風土や名物、名産とか方言。そういうのをきっかけにしてお客さんとの距離を縮める。

 地方の方が意識するが、確かに横浜でもやるべきだ。その後のパターンに影響するし。


「サンマー麺っていうのが名物らしいけど、食べ歩きもいいし、点心の食べ放題もあるし……」


 すごい。もうリサーチしている。

 さすが乃絵美……!


「だけど次も関係あると思うんだよ」

「ほう?」

「翌日が名古屋でしょ」

「そうだな」


 今回のツアーは横浜スタートで、翌日名古屋。その次は京都となる。

 確かに、内容が被らないようにしないといけないよな。次のことも考えて、ネタを作る。大事だねえ。


「うなぎのひつまぶしが本命だけど、きしめんも、手羽先も食べたいし、味噌カツも気になるんだよ!」

「……は?」

「京都もねー! 鱧とか食べてみたいー! やっぱり和食がいい気がするけど、実はこってりラーメンも美味しいらしいんだよ!」

「は? 何の話?」

「いや、三日間でディナーをどうするかって、超重要だって話でしょ?」

「ちげーよ!?」


 はっきりいって、どうでもいいよ!?

 

「いや、前座でなにやるかでしょ」

「そんなの、知ったことじゃないよ」

「ええ~!?」

「だって、そんなの全部おまかせするよ」

「まじかよ……」


 この仕事、コントツアーの前座という仕事。チャンスの時間だと思ってるのは俺だけだったのか……。

 考えてくれてると思ったのに、なんにも考えてなかったなんて……


「休日フードコートさんのライブのお客さんって、40代の男性がメインで、若い女性はほとんどいないんでしょ? わかんないよ」


 ……確かに……。


「動画とかはターゲットが近かったし、知ってることも多かったけどさ」


 ……確かに……。


「なにをやるにしても、私はついていくし。クショウ……ほっぴーさんなら、大丈夫だって信じてるから」


 最高の笑顔じゃん……。


「だから、打ち合わせする必要があるのはディナーだよ! いろんなところで名物を食べるチャンス! わたしのモチベーションが違ってくるんだから!」


 そりゃあ大事だ。

 さすが乃絵美。最高の相方だぜ。



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