第9話 なかよくテッパンいただきます

「東京で粉もん食べるなんて」


 相方はご機嫌斜めだ。

 出かけるのは、もうちょっと後でいいだろうということにした。理由は単純。俺は金がない。

 仲がいいことをアピールするなら、別に遠くに行く必要はない。


「おっ、お寿司? 焼肉?」


 一緒に飯食うだけでもいいのでは、と言った俺に笑顔でこう提案してきたのが相方だ。

 相方は高校生になったばかりで、元気いっぱいのポニーテールの少女。幼馴染で、ここ5年ほどは関西にいた。

 本名は萬綿乃絵美まんめんのえみで、芸名はればさし。

 今すぐにでもトップアイドルになれるルックスをしている。

 俺は駆け出しのお笑い芸人で、バイトで生計を立ててるボロアパート暮らし。当然ながら金がない。

 彼女は妹のように思ってかわいがってきた、今は大事な相方だ。だからもちろん、寿司とか焼肉を奢ってあげたい気持ちはある。

 しかし、金はない。かといって、ここでラーメンを食っても仲良しアピールにはならない。

 金をかけずに、楽しく仲良く食べられるものはないかと。考えたわけですよ。

 答えは……そう! 鉄板焼きだね。

 鉄板焼き屋といっても、ステーキや伊勢海老を出すタイプの高級店ではなく、お好み焼きと焼きそばともんじゃ焼きを出す店ね。自分で焼くやつ。

 近所にある店だが、ひとりで行くような店でもない。今回始めての来店だ。一度お持ち帰りで、お好み焼きを買ったことがあるので味はお墨付き。乃絵美を連れてくるにふさわしい店だよ。

 予約の名前を告げて、店の中へ。

 テーブル席もあるが、奥にある畳の部屋にしてもらった。

 

「粉もんって言っても、もんじゃ焼きだ。東京名物じゃん」

「んー。まあねえ」


 唇をこんなふうにして、まだご不満の様子だ。


「一緒にもんじゃをつくって、この小さなヘラでカジカジする。仲良しだろ。SNSでアピールできるよ」

「インスタで、もんじゃねえ……」

「ハッシュタグつけて投稿してくださいよ」


 ピンクだの水色だのの変なスイーツより全然いいだろ。

 ふたりで土手をつくり、液体を流した。ちなみに、明太もちチーズです。

 乃絵美はグチャグチャのところをスマホで撮影した。

 そうそう、もんじゃをインスタに投稿しなさい。


「#ゲロ」

「やめろい!?」


 なにがハッシュタグゲロやねん!

 確かに面白いハッシュタグつける芸人のインスタあるけど!

 東京名物だから!! 炎上しかねませんよ!?


「ちゃんとしたハッシュタグつけてくださいよ」

「わかりました」


 わかってくれたみたいですねえ?


「#酔い止め薬忘れた」

「ゲロじゃねーか」


 もんじゃはエチケット袋の中身じゃねーわ。


「#日曜朝の渋谷の道」

「ゲロじゃねーか」


 それを食ってるのはカラスだけだわ。


「#罰ゲーム激辛からしシュークリーム」

「ゲロじゃねーか」

 

 これは、俺も芸人だからやってみたいけど。テレビでもんじゃ吐いてみたいなー、じゃないんだよ。


「もういいよ。そもそももんじゃの写真投稿してどうすんの。ふたりで作ったり食べたりしてるとこだろ」

「確かにそうだねえ? じゃあ、ほら作ってよ」

「そうねえ。この辺はもう食えそうだよ。いい感じに焦げてる」


 乃絵美は食べる直前の俺をカシャッ。


「#どんなもんじゃ」

「おい! 俺がスベった感じになる!」


 一般の人なら、そういう投稿でいいのかもしれないが。

 っていうか、ればさしならいいかもしれん。かわいいから。俺はキツイって。

 食ってるとこもパシャッ。


「#なんぼのもんじゃ」

「おい! どこがだよ!」


 誰に喧嘩売ってんだよ。うまそうに食ってるだけだろ。

 ダジャレ言いたくなってるだけじゃね?

 まあでもそういうハッシュタグあるな……。


「#ろくなもんじゃねえ」

「ほんとにな!」


 もんじゃは美味いけどな!

 俺はビールを飲ませてもらうぜ。彼女はコーラのゼロ。

 

「じゃあ、やってみてよ。お笑いのセンパイ」


 ぐぷっ。

 び、ビールが気管に……!


「げはっげはっ」

「きっちゃなーい」


 お、お、お笑いのセンパイ!?

 ここでそのパス、鬼か……。

 むせる俺をあざ笑いながら、もんじゃをコーラで流し込む乃絵美。


「そういうのいいから。はやく」

「悪魔じゃん……」


 俺がむせってることで機嫌が良くなるとかドイヒーすぎるじゃん……。


「はい、どうぞ。ればさしがもんじゃを食べてる写真のハッシュタグとは?」

「え~?」


 美味しそうにもんじゃ焼きを食べる美少女で一言。全然画像が面白くない!

 この大喜利、難問すぎるだろ!


「えっとー、えっとー、#ヘラヘラしててもカワイイ」

「あー。持ってるのが、ヘラだけにね。次」

「次!? んとー、んとー、#カワイイ顔が俺のお好み」

「お好み焼きじゃなくて、もんじゃだって! ってか、カワイイって言いすぎ……」


 だって……カワイイんだもん……。顔をTEPPANみたいに赤らめちゃって……。

 んじゃもう思いっきりボケるか。


「えー。#実は下の毛がもんじゃもんじゃです」

「一本も生えてないわー!」


 一本も生えてないんだ……。

 そっか……。

 

「……」


 ツッコんだ後でわかったらしく、乃絵美は顔を真っ赤にしたままもんじゃを食べている。

 

「……」

「ちょ、見ないでよ」


 特に下半身を見てるわけじゃないのだが、めちゃくちゃ恥ずかしがっている。

 いやー。

 うまいねえ。もんじゃ焼きは。TEPPANいただきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る