第8話 毎日が笑う犬の生活のような
「え? テーマパーク?」
俺と乃絵美で?
……いや、これはデートの誘いではない。
相方とデートに行くわけがないというのはもちろんだが、乃絵美の言う事だ。深い考えがあるに違いない。
「わかった、ネタ作りのためにだ」
メイド喫茶に行ったとき、実はそうだったからね。今回もそうかも?
「違うけど」
違ったわ。
えー?
「ど、動画を撮る?」
「違いますね」
なぜだろう。
段々と機嫌が悪くなってる気がする。
宣材写真は提出し、ショート動画も公開した。
さあ、劇場でかけるネタを作ろうと意気込んでいたのに、乃絵美はテーマパークに行こうという。
その意図とは……
「クショウちゃんは一緒にテーマパーク行きたくないの」
「いや、行きたいとか行きたくないとかじゃなくて、なんで行くのかって話なんですけど。相方と」
前の相方と一緒に行った場所など、ラーメン屋と牛丼屋だけだ。でも、そんなもんだと思う。
今日もそうだが、学校帰りに家に来るのもちょっと異常ですよ。
「行きたくないの?」
「い、行きたいよ、もちろん」
こえー。
なまじいつもニコニコしてる可愛い女の子が怒るとこえーよ。
「いや、ほら、俺たちはアンラヴァーズ。恋人だと思われないように頑張ってるわけじゃん。テーマパークなんて行ったら、デートだと思われない?」
もちろん、俺たちのことなんてまだ誰も知りやしないが。しかし乃絵美はナチュラルに盗撮されるレベルの美少女。のちのちデートしてたことが発覚、なんてことになるかもしれない。
「そこなんですよ」
「そこなんですか?」
わからないねえ。
人差し指をピンと立てて、得意げにしてる。機嫌が治ってきたっぽい。
「恋人ではないなんてわざわざ宣言してると、仲が悪いと思われる危険性があるよ」
「危険性とな」
別によくね?
「あのさ、わかってる? 今のお笑い」
おっと、めちゃくちゃ馬鹿にされてるよ。
コンビを組んだとはいえ、俺は先に芸人になってるわけ。
先輩ですよ?
言い返そうとしたところで先手を打たれる。
「今って、コンビ仲がいいことが重要視されてるんだよ」
「!?」
た、確かに!
昔はコンビ仲が悪いことがカッコいいとされていた。しかし、今は仲がいいことが好感度に繋がったりしている。
「劇場って、若い女の子も多いでしょ? コンビ仲が悪いとファンがつかないって聞いたよ」
「聞いたことあるな……」
お笑いは賞レースだけの世界ではない。俺たちのお笑いを見るために、足を運んでくれる人、つまりファンの獲得が重要だ。
ファンになる理由は、単純に面白いという以外に、新しいとか、容姿がいいとか、個性的とか、いろいろ要素がある。
そこにコンビ仲がいいかどうかもあるらしい。なんか仲が悪いコンビは嫌だという人が増えてるんだよな。
「恋人じゃないけど、仲はめっちゃいいってアピールしないとヤバイよ」
「なるほど……」
さすが乃絵美。
仲がいいことを証明するには、エピソードが必要。
本当に仲いいの、と聞かれたときテーマパーク行ってたと言えば、そりゃ仲いいなとなりますね。
「どのテーマパークへ?」
「え~。どうしよっか~」
おい~、彼女すぎるって~。
肩をツンツンするなって~。
「な~、東京の楽しいテーマパーク知らへん?」
やめろって、関西から来た遠距離恋愛中の彼女みたいな態度やめろって。
東京出身者は100%方言に弱いんだ。ただでさえスーパー美少女なのに、方言の女の子は魅力が倍増してしまう。
指でツンツンする程度の軽いボディタッチがまた、可愛らしいやら、ドキドキするやら。
しかし、幼馴染にちょっと触られただけで興奮してるなんて、恥ずかしすぎる。
「仲の良さをアピールするためなんだろ。普通に楽しいところより、そういう雰囲気があるところがいいってことだよな」
理路整然と分析することで冷静ぶってみる。
「そういう雰囲気か~。どういう雰囲気なんだろ~」
わざとらしい……人差し指で頬をぷにっとさせて、唇をにゅっと突き出して、天井を見る態度……。
このわざとらしさが、あざとさになってしまうのが美少女……。
「やっぱあれじゃないの、水族館的な……」
「え~!? めっちゃデートスポットじゃーん! そっか~、そういうとこ行きたいんだ~」
くねくね。体をくねくねさせてる。
からかわれてる?
まさかとは思うが、乃絵美は俺を見透かしているのだろうか。
「いや、ちょっとムードがありすぎか。やっぱり王道のキャラクターいっぱいのテーマパークにしとくか」
「うんうん。耳つけたりしてね。そっかー、そういうの楽しみなんだ~」
ふむ……。
からかわれています。明らかに。
からかわれてるのだが……。
「プラネタリウムもいいかも」
「きゃー! 暗いところで何するつもりー!?」
ばしばしと肩を叩かれる。
ふむ……。
「動物園ってのもあるね」
「可愛い動物よりカワイイとか言われちゃったりして。いやー、猛獣になって襲われちゃうかも~」
ふむ……。
「屋内型の巨大ゲームセンターみたいなやつもある」
「テーマパークでゲームオーバーした後、コンティニューでどこ行くつもり~」
ふむ……もうわかっちゃったけど、これどこ行っても仲良く見えるだろ。というかどこにも行かなくても仲良く見えるだろ。
そして、こいつとならどこに行っても最高に楽しい。
いや、どこにも行く必要もない。
旅行の準備みたいに、どこに行こうか話してるだけで。
相方と仲がいい必要なんてないが、俺の相方はこいつしか考えられない。
犬を飼ってる生活のように。毎日、少し近所を散歩するだけで。家の中でじゃれ合うだけの日々が心地よかった。今は冒険に出る気にならなかった。
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