第7話 不意に始まるボキャブラ天国
「よかったー」
「まあね」
未成年の乃絵美が漫才コンビとして事務所に所属するためには、両親の許可が必要だった。
わざわざ芸能コースがある高校に来ているわけだから、そこまで心配してなかったけれども。
快くオッケーしてくれたそうだ。
そんな報告、チャットかなんかでいいと思うが、わざわざ学校帰りに家に来た。当然彼女は制服。
「あとは宣材写真か」
ウェブとか雑誌とか、いろいろなところで使われる写真のことだ。この宣材写真の顔を覚えてもらうことになるから大事だよ。印象を左右する。
「用意してます」
「おっ、話が早いね」
まさか事前に用意してるとは。
乃絵美はスマホで写真を見せてくる。
「はい、アタック」
「洗剤写真だね」
「はい、氷山の一角」
「潜在写真だね」
「はい、直見」
「財前写真だね」
「はい、ペリカで豪遊」
「散財写真だね」
「はい、フリーレン」
「1000歳写真ですか?」
「もう、これですよ」
「バンザイ写真ですね」
「この様子を撮影しちゃおう」
「漫才写真やがな」
「どうも」
「「ありがとうございました~」」
いや、どうもありがとうございましたじゃないのよ!
なにこの怒涛のダジャレ。ボキャブラ天国かよ。
しかし、ボケもツッコミもできるなこの相方!
「っていうか、なんでこんなに写真仕込んでるのよ」
「そりゃそうでしょ。いつもネタを考えてくれてるクショウくんほどじゃないけど、少しくらいは」
へへ……と、はにかむ乃絵美。
「……この顔を宣材写真にしたら、朝ドラヒロインに即決まるな」
「んなわけないでしょ!」
俺はボケていない。
「写真さ、せっかくだし、二人で撮り直そうよ」
「そうか?」
俺は去年だから見た目変わってないが。
名前も変えることだし、写真も変えていいかもな。
「じゃあ、どうしようか。クショウちゃんは、執事服がいいかな」
「なんでよ」
意味わからんでしょ。
「新選組の格好とか」
「ますますわけわからん」
これなんなの?
ボケにしちゃ面白くないし……。
「漫才師なんだから、スーツだろ」
「す、スーツ! うっひょおおおお!」
両手を高く上げて、ガッツポーズ!
俺がスーツを着ることでテンション上がるとか、おかしなやつだ。
いや……まあ、昔からこういうキャラだったな。
「勝った! 勝ったよ!」
「誰にだよ」
よくわからんが、嬉しそうだし笑顔だしカワイイなまったく。
じゃスーツ着て、一緒に撮影いくか。
彼女は制服でいいからね。現役女子高生は話のネタになる。制服は紺のブレザーだ。ちなみに俺はセーラーよりブレザー派だ。セーターも嫌いじゃない。
「ればさしはどうするの?」
「え? お前、一人称ればさしでいくの?」
自分の顔に人差し指を向けてますよ。
「え~? ればさし~? ればさしは、ればさしのこと、ればさしって言うよ~?」
妙にくねくねしながら、甘ったるい声を出す乃絵美。
「そのキャラはやめとけ!」
不思議キャラに手を出すな!
お前は正統派でいけるから!
それは迷走に迷走を重ねたうえで、やむなくやるやつなんだよ!
俺は結構嫌いじゃないけど! 正直、可愛すぎて悶絶してるけど!
「まあ、これは冗談なんですけど」
「よかったです」
たまに俺の前だけでやってください。
「じぶんをればさしって呼ぶのはそうしようかなって」
「そうなの?」
「ほら、まだ芸人になったっていう自覚がね。ないじゃない?」
「うーん。そうだろうね」
コンビ結成したとはいえよ。高校で一回漫才しただけですから。実感はまだないだろう。
「だから、自分が芸人だぞってスイッチいれるみたいな」
「なるほどね」
さすが乃絵美!
ちゃんと考えてるわけですよ。昔から実は賢いと思っていました。
痛いキャラづくりだと、危惧した俺が浅はかなのよ。
じゃ、俺もスイッチ入れちゃうぞー。
「ほっぴーもいい考えだと思うよ」
「いや、お前はええわ!」
正しいツッコミでしたねー。
ちなみに俺の芸名はほっぴーになりました。ればさしにピッタリだから。ほっぴー☆
「ほっぴーさんは、俺でいいです」
「おおう。ほっぴーさんって呼ぶんだ」
「そうだよ。ほっぴーさんは、ればさしのことはお前って呼ぶ」
「そうなの!? ほっぴーさん、なんだい、ればさしさん。じゃないの? なんで?」
「お前って呼んで」
理由なし。
昔から乃絵美はこう。こうなったらもう聞かない。
俺は俺で、お前はお前で、ればさしはればさしだ。
「ほっぴーさん」
「なんだよ、お前」
「えへへ~」
「なんで照れんだよ」
どういうボケなのよ。
「ちょっと漫才の挨拶やってみようよ」
「あー、そうね。呼び方が決まったからね」
漫才は基本的には名乗って始めるもの。名前だけでも覚えて帰ってくださいねーなんて言うくらいだ。
重要だね。
俺は手をたたきながら、仮想のサンパチマイクの前へ。実際は電灯の紐。
「はいどうも~、ほっぴーでーす」
「いやー、すっかり桜散っちゃいましたね~」
「うおーい!」
まあね。
あるよ。名乗らずに世間話する人も。
わかるけど、今は名乗りの練習って言いましたよね?
「ちゃんとやって」
「らじゃ」
敬礼ポーズ。
カワイイから許す。
「はいどうも~、ほっぴーでーす」
「昨日ね、高校の先生がいきなり変なこと言い出しまして」
「うおーい!」
同じボケ二回もするな!
俺の顔は一度までやでー!?
「もうそういうのいいから」
「らじゃ」
敬礼ポーズ。
やっぱカワイイから許す。
「はいどうも~、ほっぴーでーす」
「その愛人です」
「アンラヴァーズです」「愛人でーす」
って、うおおおい!
パクリやないかい!
「いやいや、駄目よそれは」
「あ、駄目?」
「駄目に決まってるでしょ」
「じゃ、もう一回」
わかってくれたようです。
わかってくれればいいんですよ。
「はいどうも~、ほっぴーでーす」
「その雌奴隷です」
「アンラヴァーズです」「雌奴隷でーす」
って、うおおおい!
改善されてねえやないかい!
「なんで愛人が駄目で、雌奴隷ならイケると思った!?」
「いや、恋人に近すぎたのかなと」
「駄目よ、雌奴隷は。そもそも、ればさしって名乗ってないじゃん」
「あ、そっち?」
そっちだけど、愛人も雌奴隷も駄目だし、パクリだし、全部駄目。
まあ、ちゃんと名乗ってくれれば問題は無くなるだろ。
「次はちゃんと、ればさしって名乗ってくださいよ」
「うい」
うい?
なんか気になる言い方だったな……。
「はいどうも~、ほっぴーでーす」
……あれ?
なかなか来ないな?
なぜかゆーっくりと、小柄な体をのしのしという感じでやってくるぞ。
乃絵美は、指をくるくるさせて、自分の体の肩の上あたりを指した。まさか……
「ればさしのココ、空いてますよ」
「駄目ー!」
またパクリじゃねーか!
名乗ったけど、パクリじゃねーか!
完全にパクリなのよ。
つい乃絵美の頭頂鷲掴みにしちゃったじゃん。俺のツッコミもパクリなのよ。
「いい加減にしろよお前」
「許して、ほっぴーさん」
「どうも」
「「ありがとうございました~」」
やれやれ、いつもこんな感じだな。
しかし前の相方のときは、一緒にいてこんな楽しいってことはなかったな……。
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