第3話 お風呂でオドオドハラハラ
「やっべ!」
お風呂で突然思いつく。
それがネタならいいけれど。
やばいことに気づいた。
このヤバさを、乃絵美は気づいていない。
風呂から出て、とりあえず缶ビールを煽る。
「漫才をやってみるとかの前に、考えておかなければいけないことが……」
それをどう伝えようかと思っていたら、スマホが鳴動した。
普段、チャットでしか連絡なんて取らない。レアな音だ。
しかも音声通話じゃなくて、ビデオ通話だよ。
相手は……まあ、そうだよな。
ちょうど話したかったし、すぐに 出る。
「やっほー」
「お、おう……」
お風呂上がりなのだろう、パジャマ姿で髪がほどかれている。
なんでポニーテールの女の子が髪をほどくと、これほどグッと来るのだろう。最初から普通のロングヘアだと得られない感情。みんな一旦髪を結んで、それからほどくべきだと思う。
タオル地のパジャマはパステルカラーで、非常に可愛らしい。
しかしながら表情は、おどろきにとまどっている。
「って、ええ?! なんで上半身裸なの!?」
「いや、今お風呂出たばっかだから……」
「ええー! なんで裸で出ちゃうの!?」
「ああ……ごめん、女子高生相手に失礼だったか……」
「いや、全然いいんだけど。全然」
……なんか気まずいな。妹みたいな存在だったわけで、こういう男女の感じが気恥ずかしい。
「そういや、ちょうど話しておきたいことがあったんだ。さっき風呂でヤバいと思ってさ」
「え~? お風呂でわたしのこと考えてたの~?」
「んー。というか、お笑いコンビのことだな」
「ふーん」
つまらなそうに髪をくるくるさせた。
乗っかったほうが良かったかな。いや、それどころじゃないのよ。
「お笑い芸人になるのにあたってさ、重要なことって何だと思う?」
そう。そこなんですよ。
そこを考えて欲しいんですよ。
乃絵美はふむりと顎に手をやる。
「んー。反社と付き合わない?」
「確かに! 確かにそう。そうだが、そこは心配してない」
大事ではあるが!
とても大事だけれども!
「んー。クスリをやらない?」
「確かに! それもそう! そうだが、それは芸人じゃなくてもやっちゃ駄目!」
もちろん大事だが!
「んー。変な儲け話をしださない」
「それもあるけど!」
「SNSで政治的な発言ばかりしない」
「それもやめて欲しいけど!」
「不倫をしない」
「俺たちはまだその心配はいらない!」
「えー? じゃあ未成年淫行?」
「それだよ! それ!」
ヤバいんですよ!
これが一番ヤバいと思う! 不倫とか儲け話より戻ってこれない!
「……不潔」
心底汚いものを見る眼差し、ありがとうございます。二度としないでください。
「いやいやいや! 俺がするってことじゃなくて」
「え? わたしがするってこと!? パパ活!?」
「そういうことでもない!」
考えたくもない。
「じゃあ、どういうこと?」
「つまり、俺たちだよ。俺は二十歳だろ。お前が一五歳。一緒にいたら、そういう関係だって邪推されるかもしれないわけ!」
実際、男女コンビだと、そういう質問はされるらしい。
相方と恋人になるわけないだろって、全員言うんだけど。
「ええ~? 照れるなあ」
「照れるなよ」
嬉しいのか?
先月まで女子中学生だったのだ、大人から女として見られるのが新鮮なのだろうか。
「絶対に俺は手を出さないけど、手を出してるんじゃないかって思われる可能性があるんだよ」
「……」
「なんで怒ってるんだ……」
「怒ってないよ」
怒ってる……わかんねえ、JKはわかんねえ……。
「あのですね、未成年の女の子が漫才してる時点で目立つわけですよ。隣に男がいたら邪推するやつはいるんだよ」
「アイドルじゃないから恋愛は自由」
「まあそうなんだけど、俺が成人でお前が未成年だからマズイのよ」
そういうと、考え込み始めた。
とりあえず怒りは消えたようで安心。
「なるほど……。じゃあ、法律を変えよう」
「いやいやいや! なんでだよ。世の中の方を変えるのは大変だよ」
「少しずつでも、よりよい世界になるといいね」
「そうだけど! 何も間違ってはいないけれども!」
意外とボケまくるな。完全にツッコミに回ってる。俺がボケなんだけど、ツッコミに転向したほうがいいのか?
ボケとツッコミ交代を検討しておこう。
「つまり? 自己紹介で絶対にそういう関係じゃないんですけど。って言ってから漫才を始めるとか」
「あ~。なるほど。それはあるかも」
兄弟の漫才師なんかは、兄弟でやってるんですけども~、みたいに始めるもんな。
「ちょっとやってみようよ」
「はいはい」
立ち上がって、左側に相方がいることを想像する。
立ち位置、重要なんですよ。
「どうも~、一五歳のJKです」
「どうも~、二十歳の男です」
「あ、わたしたち、絶対にえっちなことはしてないですよ~」
「絶対にしてませ~ん。って怪しいわ!」
ヤバすぎるって!
これを高校でやんの? 一発で炎上です。
「あかんの」
「あかんでしょ! そもそもいきなり言い出すのは不自然だよ」
「それだ」
「どれなのよ」
「コンビ名だよ」
「ほう? コンビ名を?」
質問したが、答えず。
ふふーん。にや~っと。顔だよ……溜めるねえ……。
「えっちしてないズにするんだよ」
「同じ言い方かよ! 変えろよそこを」
「じゃ、ニセ男女の関係とか」
「なんでより淫靡な言い回しなんだよ」
「んー。非恋人とか?」
ダセーな……ネーミングセンス皆無だな。
せめて英語にするとか……
「アンラヴァーズ」
するっと出てきた。
口にした瞬間、コレだと思いました。
「ん?」
「アンラヴァーズってどうだ。恋人じゃないって意味」
「……どうも~、アンラヴァーズでーす」
察しがいいね。
すぐに対応してきた。
「僕が二十歳で、見ての通り相方はJKで未成年なんですけども」
「よく聞かれるんですよ、付き合ってるの~とかね」
「恋人じゃない、ということでアンラヴァーズってコンビ名でやらせてもらってます」
いいかも。
これなら高校でやっても、自然に邪推を防げるだろう。
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