インモラル

 空也は再び涼佳の部屋で以前撮った写真を編集していた。

 涼佳がまた別の写真をSNSに上げたいと言い出したからだ。

「見て、結構いろいろコメントついてる」

 横に座る涼佳がスマートフォンの画面を見せてきたので、手を止めて画面を覗き込む。

 基本的には絶賛するコメントばかりだったが、やはり性的な意味で称賛するコメントもいくつかある。だが、涼佳は特に気にしていないようだ。

「あ、さっきの色合いのほうがよかったかも」

 涼佳がPCの画面を覗き込むと、注文を出してきた。

 意外と涼佳の注文は細かい。定期的に画面を覗き込んではあれこれ言ってくるのはいいが、修正を取り消して新たな修正を加えた後に「前のほうがよかった」と言ってくるのは勘弁してほしかった。

「はいはい」

 疲れた声で返事をすると、

「ほら、終わったら」

 涼佳が太ももを擦り、タイツと手の擦れ合う音を聞いた瞬間、誇張抜きで疲労感がどこかへ吹き飛んでいった。

「やるぞ!」

 掛け声を出して気合を入れ直し、編集に再び取り掛かろうとしたところで呼び鈴が鳴った。

「あ、私出るね。須藤くんはそのまま編集続けてて」

「おう」

 ガッツポーズをする空也を1人部屋に残し、涼佳は玄関へ向かった。


 涼佳が玄関へ向かうと、そこにいたのは制服姿の唯だった。

 過去何度もいきなり部屋へ乱入してきていたからか、唯がおとなしく玄関にいると違和感を覚えてしまう。

「唯ちゃんどうしたの? 今日は部活は?」

「くーくんいるよね」

 唯は問いに答えず、三和土に置かれている靴を視線で示した。

「まあ、いるけど」

「おじゃましま~す」

 唯は靴を脱ぐと、上がってすぐのところにある階段を登り始めた。

「ちょっと、唯ちゃん」

 涼佳も唯の後を追い、階段を登ろうとしたところで気づいた。唯も黒タイツを履いている。

 きっとこの前のことを気にしているのだろうと思うと、自然と口元に笑みが浮かんでいた。


 ドアが開き入ってきた人物に、思わず空也は声を漏らした。

「唯? ……あ」

 慌てて開いているウインドウを切り替えようとしたものの、すでに時遅し。唯が両手を後ろで組み、上体を倒してディスプレイを覗き込んでいた。

「ふーん。2人ってこんなことしてたんだー」

 ディスプレイにはレタッチ途中の涼佳の足が表示されている。

「いや、これは来栖に頼まれてだな」

「キレイに編集できてるでしょ。須藤くんってすごいよね」

 唯に遅れて部屋に入ってきた涼佳がドアを締めながら言う。

「うん。プロの写真みたい。くーくんってただの黒タイツバカじゃなかったんだねー」

「黒タイツバカって」

「でもホントにたいしたものだと思うよ。これは予定変更かなー」

「予定?」

 なんの事だろうと思い空也が尋ねると、

「私も涼ちゃんと一緒に撮って欲しいな?」

 スカートの端をつまんで2センチほど持ち上げた唯は、黒タイツを履いていた。


 空也と涼佳も制服に着替え、3人は夏休みの学校にいた。

 空き教室は机以外何も物が置かれておらず、日当たりが良くないおかげで思いの外涼しいが、そのせいか陰気な雰囲気を抱かせる。

 空也はおかしなことになってしまったと思いつつも、胸の奥から湧いてくる高揚感に、カメラを持った手の力を入れては抜くを繰り返していた。

「結構空き教室あるんだね」

 涼佳が机に浅く座ると、

「やっぱり少子化かなー。私のおばあちゃんの世代だとクラスも倍近くあったみたいだし」

 唯も隣の机に座る。

 2人のやり取りを見ていた空也は、無意識のうちにカメラを構え、シャッターを切っていた。

「ちょっとくーくん、撮るなら撮るって言ってよー」

 唯が文句を言ってくるが、無視して空也は画像モニターを確認する。

 写真の中で涼佳は足を閉じて真っ直ぐに足を下ろし、対して唯は足をプラプラさせていた。その静と動の対比が与える表現しがたい趣深さに感動を覚えていた。

「いやだめだ。そんな記念撮影みたいなことをしていたら、作り物臭い写真しか撮れない。芸術は偶然の中にあるんだ」

「なんかくーくんキャラ違わなくない?」

「机に斜めに座って足を伸ばしてくれ」

 疑問に答えることなく、カメラを構えて2人に注文を出す。自然な1枚も狙っていきたいが、試行錯誤の末に得られる成果もある。まずは自分の思いついた構図も撮って行きたかった。

「仕方ないなー。やろっか涼ちゃん」

「うん」

 涼佳たちがポーズを取ったのを確認するとシャッターを切る。そしてファインダーから目を離すことなく「右足だけ途中で止まるように曲げてくれ」と追加注文を出した。

「うん」

「オッケー」

 唯と涼佳が座る位置を調整し、右膝に力を入れて状態を維持しようとしなくてもふくらはぎが机に支えられる位置に移動する。

 再びもう1枚。

 画像モニターで確認して確信した。素晴らしい。伸ばした足の緩やかな曲線と、弓なりになったすねの『反り』が1つの写真に同時に収まっているおかげで、涼佳と唯の足の魅力を余すことなく堪能ができる一枚に仕上がっていた。机の縁がふくらはぎにめり込んで変形しているのも、足の柔らかさを表現できていてポイント追加だ。

 と、そこで空也は唯の足も悪くないと思っていたことに気づいた。涼佳くらいの太さが一番魅力的だと思っていたのだが、涼佳との対比効果だろうか。それとも『唯』だからだろうか。

「そんなわけあるか」

 つい口に出してしまった。

「どうしたのー?」

「なんでもない」

 そこで会話を終わらせると、2人にくっつけた机の上に並んで座ってもらう。左側に座る涼佳は左斜を向かせ、右側に座る唯は右側を向かせる。その状態で涼佳の左足と唯の右足でひし形を作った状態で1枚。

 今度は逆に2人に内側を向いてもらい、涼佳の右膝と唯の左膝がくっついた状態で1枚。

「なんか、恥ずかしいねー」

 言葉通り恥ずかしそうに苦笑を浮かべる唯に対し、

「そうだね」

 すまし顔の涼佳。足だけを撮るつもりだったが、つい全体図を1枚撮ってしまった。

 被写体が2人になると考えることも2倍になる。しかし楽しさや思いつく構図は2倍を超えている気がした。

 その後も写真を撮り続ける。涼佳と唯に足を絡めてもらったり、スカートの裾と閉じた太もものラインが作り上げるT字を接写したり……。 

 気がつけば時刻は夕方に差し掛かりつつあった。

「フゥッ、こんなものかな」

 空也は額の汗を拭う。

「写真撮ってもらうだけでも疲れるんだねー」

「意外とね」

 被写体モードを解いた2人を見ていると、なんとなく1枚撮りたくなってきた。

 レンズを向け、シャッターを切る。ファインダーから目を離し、2人が話している所をぼんやりと眺める。

 幻を見ているかのような、整った横顔に視線を鷲掴みにされ、いつの間にか涼佳を見ていた。見ているだけで、胸の奥に詰まるような感覚が走る。

「くーくん写真見せてー」

 2人が空也に向かって歩いてきた。

 涼佳と唯に左右から挟まれ、肩と肩が触れ合う。そんな距離のため左右から甘い香りが漂ってくる。

「おわっ」

 空也はとっさにプレビューを1つ進め、画像モニターには1つ前の写真を表示させる。

「へー、結構いい感じに撮れてるね。中の上って感じかなー」

「なんでそんなに上から目線なんだ」

「次見せてよ」

 涼佳に促されて次の写真を表示し、その後も一定のリズムで次の写真へ切り替えていく。

 一応空也の視界には撮った写真が映っていたものの、左右から美少女に挟まれ、漂ってくる甘い香りに意識が行ってしまいまるで頭に入ってこない。ただ決まったリズムで次の写真を表示する機械になってしまっていた。

 画像プレビューは小さい。そのため無意識にだろう。2人の体が空也の両腕に当たり、2人の頭が視界の左右に映り込んでいる。

 両手に花といえば聞こえはいいが、緊張のあまりめまいすらしてくる。

 そのため、廊下を歩く足音に気づくことができなかった。

「お前らここで何してるんだ?」

 3人が出入り口に視線を向けると、担任の矢倉がそこにいた。

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