不調

 同日。

 空也たちの住む町から40キロほど離れたところにある合宿所。

 高原の麓にあり夏でも過ごしやすい気温で、夏休みに入ると空也たちの通う高校の陸上部では、そこで合宿をするのが恒例行事だ。当然唯とみやこも参加している。

 ちょうど3000メートルを走り終えた唯が水分補給をしていると、顧問である体育教師が唯の元へ歩いてきた。

「神谷。ここ最近ずっと調子がよくないな。どこか体調が悪いのか?」

 唯はボトルから口を離すと笑みを浮かべ、

「最近授業に付いてくのが大変で、遅くまで勉強していたからですかね? 体調は大丈夫だと思います」

 教師としてはこれ以上の追求が難しい返答をした。

「そうか。それなら仕方ないが、本当に大変だったら担任の先生に相談しなさい」

「はい!」

 唯は元気よく返事したものの、教師が去っていくとその表情は明かりが消えたかのように暗くなる。

 本当の原因は、唯自身も把握していた。空也と涼佳だ。

 2人は以前涼佳の部屋に乱入したときに身を寄せ合おうとしていた。

 この前のバーベキューであえて2人にしてみたときには、少なくとも恋人という関係ではなさそうだったが、親しそうには見えた。

 空也を問い詰めたかったが、松子からはおしとやかな女の子が一番だと言われた。それは間違いない。詰問してくる女の子なんて、男からしたら御免被りたいに決まっている。

 しかし、気になって仕方がない。今日も2人は何かしているのかもしれないと思うと、練習に集中できる気がしない。

 だが、むしろこんな状況だからこそ、頭を空っぽにして走るべきなのだ。

「みやこ」

 唯と同じように走り終え水分補給をしているみやこに声をかけた。

「はい! どうしました」

 帰宅した飼い主を出迎える犬を思わせる表情を浮かべるみやこ。

 みやこは先輩たちに対してはシェパードのように礼儀正しいのだが、唯に対してだけは子犬になってしまう。可愛い後輩だ。無意識のうちに唯の口元に笑みが浮かぶ。

「ちょっとタイム計ってくれないかなー?」

「はい喜んで!」居酒屋の店員が言いそうな返事をすると、みやこは小走りでタイマーを取って戻ってきた。「いつでも大丈夫です」

「じゃあ、お願いね」

 唯は頭の中で渦巻く悩みに蓋をすると、走り始めた。


 その日の夜。消灯時間前に唯がヘアオイルを塗っていると、今回の合宿のルームメイトであるみやこが話しかけてきた。

「先輩、なにか悩み事があれば聞きますよ」

「え、どうして? 特に悩みなんてないよー」

 胸の内を見透かされないよう、笑顔で盾を張る。

「いえ。私にはわかります。今日の先輩は無理に集中しようとしているように見えました。なのにタイムは以前からずっと悪くなってます」

 みやこは冗談でもなく本気で思っているようで、唯の目をじっと見てくる。

「えー、そんなことないと思うんだけどなー」

「もしかして、須藤さんと何かありましたか」

 軽いノリで流そうとしたものの、みやこは引き下がろうとしない。

 鋭い後輩だ。とはいえ、正直に答えるのも面倒なことになりそうだ。

「気圧のせいかなー? なんだかずっと頭痛くてそう見えたのかも」

 表情から笑みを消し、こめかみに指を当てる。

「え? 大丈夫ですか?」

「一眠りしたらきっとよくなるよ。だからもう寝よっか」

「……はい」

 どこか納得いっていない様子だったが、みやこはそれ以上追求してこなかった。


 翌日、唯は熱が出たと仮病を使い、1人帰宅した。

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