バーベキュー

 夏休みに入り、石原家では庭でバーベキューが開かれていた。

 参加者は、空也、涼佳、唯、真実、士郎、聡、みやこ、松子の計8人。

 人数の関係で2つあるバーベキューコンロからは、煙とともに食欲をそそる香りが漂う。

 空也も肉に舌鼓を打ちながら、士郎と聡の3人で夏休みの予定を話し合う。

「部活だな」

「バイトかな」

「まあ、予想はしていたけどな」

 もともと3人は、休日に予定を合わせて遊びにいくことが多いわけではない。空也としても別に行きたいところがあるわけでもなかった。

「別に問題はないだろう。お前は忙しいだろうからな」

 士郎はニヤリと笑うと、何やら盛り上がっている涼佳、唯、みやこの3人に視線を送る。

「いやいや、お前が思っているようなことは何もないから」

「そういえば須藤くんが結局『どっち』なのか聞かせてもらってなかったね。実はまだ決まってないのかな?」

 空也の発言が聞こえていなかったかのように、聡は興味津々といった様子で空也を見る。

「ほうなるほど。ならば、こうだ」

 士郎は空也の背中に掌底を食らわせた。

「うわっ、とっ、と」

 空也はバランスを崩し、千鳥足でたどり着いた先は涼佳たち3人のすぐ近くだった。

 顔を上げると、みやこからの刺々しい視線が飛んでくる。

「なんですか? まさか女子同士で盛り上がっているところに飛び込んでくるほど空気読めない人だとは」

「まあまあ。女子だとか気にせずに盛り上がろうよー」

 唯がフォローを入れてくれたものの、

「唯先輩!? いくらなんでも牛タン食べ過ぎですよ。ただでさえ牛タンは高カロリーなのに」

 みやこはそれをスルーして、唯が手にしている皿の上に出来上がった牛タン山に向かって声を荒げる。

「えー、いいじゃんちょっとくらい。みやこは固いよ」

「ダメです。ちょっとくらいという甘えが堕落を生むんです」

「む〜」一歩も引き下がらないみやこに、唯はみやこの皿の上に牛タンを一切れ載せた。「じゃあちょっとあげるよ」

「え、ちょっと」

 唯はみやこの皿に牛タンを載せ替え続け、山がみるみるうちに隆起していく。

「みやこは私の肉が食べられないっていうのかなー?」

「いや、そんなことは」

「じゃあわたし真実さんに牛タンもらってこよ~」

「ちょっと、ゆいせんぱ〜い」

 唯とみやこは缶ビールを片手に肉を焼いてる真実の元へ向かって歩いていく。以前唯に言われたことを気にしているのか、真実が手にしているのはノンアルコールビールだった。

 図らずとも涼佳と2人になってしまい、後ろから士郎と聡の視線を感じる。だが意識したら負けだ。

「来栖は――」

 平静を装って話しかけようとしたところで空也は絶句した。

 涼佳の皿には茶色い肉の山が……というよりむしろ柱ができていた。

 カルビにロースに牛タンに、申し訳程度に野菜もあるがほぼ肉だ。

「須藤くんは食べないの?」

 唯は咀嚼していた肉を飲み込むと、空也に尋ねてきた。

「ああ、ちょっと休憩中だ」

 空也は引きつった笑みを浮かべつつ答える。涼佳が手にしている『それ』を目にしたら胃もたれしてきたとは言えなかった。

「それにしても、この前は唯ちゃんが乱入してきちゃって残念だったね」

「なっ……」

 あえて触れないようにしていたのに、涼佳は些末なことのように話題に出してきた。

「いや、この前の『アレ』は勢いで口走ってしまったというかなんというか、さすがに一線超えてるんじゃないかな、ハハ」

 写真もどちらかといえばアウトなのかもしれないが、タイツ越しとはいえ膝枕という肌と肌を触れ合わせる行為はやはり行き過ぎに感じる。

「私は構わないよ?」

 涼佳はさらりと答えて肉を何切れも口に運び、幸せそうに表情を緩ませる。

「いや、でもさすがに唯に悪いというか」

 唯はこの前のことを不問にしてくれたとはいえ、やはり罪悪感がある。惜しくはあるが、もうやめたほうがいいのではないだろうか。

「でも」涼佳は皿と箸をテーブルに置くと、左手を太ももに当て、上に擦った。「お預け食らったままで大丈夫なのかな?」

 涼佳の些細な仕草は、まるで空也を催眠状態に陥らせるスイッチかのようだった。

 事故で顔面が太ももに着地したときのことを思い出し、あのときの顔面から全身へかけてへの快感が蘇る。

 もちろん答えは『大丈夫ではない』だ。しかし唯の気持ちを知っていながら、友達同士では普通しないことを涼佳にしてもらうことには迷いがあった。

 空也が視線をさまよわせていると、

「細かいことは気にしない方がいいと思うよ」涼佳は空也のすぐ隣に移動し、耳打ちをしてきた。「今度、続きをしようね」

 瞬間、空也の体はまるで感電したかのように硬直した。

 突如耳元で囁かれたのもあるが、お預けを食らってしまっている状態で近い内に誘ってもらえたことで『期待』してしまったのだ。

 近いうちにあの太ももを味わえると思うと心臓の鼓動が早くなっていく。

「ああ、そうだな」

 そっけない口調で言いつつも、本心では待ち遠しくて仕方がなかった。


 同時刻。唯は牛タンを咀嚼しながら、視線を横に向けていた。

 その先には、何かを空也に耳打ちしている涼佳。

「……」

 無意識のうちに割り箸を握りしめ、折ってしまっていた。

「先輩どうしたんですか?」

 割れる音に気づいたみやこが声をかけてくる。突然の奇行に困惑しているようだ。

「いやー割り箸ってたまに折りたくならない?」

 折りたたみテーブルに口を広げて留めてあるゴミ袋に折れた割り箸を放り込む。

「そうですか?」

「ぜひやってみてよ。キレイに折れると気持ちいいよー」

 みやこと会話を続けながらも、視線は2人へ向いていた。

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