わからない
土曜日の昼間。隣の市で映画を見終えた空也と唯はシアターを後にし、出口に向かって歩いていた。
「新フォーム登場と予算をふんだんに使った演出は悪くなかったけど、話題性のために他の特撮番組に出てた俳優を敵に使うってどうなのかな? うーん、でも演技が下手くそなアイドル引っ張ってくるよりはマシかなー」
腕を組み、面倒くさい感想をつぶやきながら歩いているのは、空也ではなく唯だ。
「まあ、そうかもな」
2人が見ていたのは子供向け特撮番組『覆面ドライバー』シリーズの劇場版だ。このためにわざわざ本数の少ないバスに乗って隣の市にあるショッピングモールまで来ていた。
唯は空也と一緒に見ていた幼い頃からこのシリーズが好きで、空也が卒業してしまった今も毎年見続けているようだが、空也は劇場版だけ見せられてもよく分からず、曖昧な相槌を打つしかなかった。
時刻は15時。映画を見る前に2人は軽く腹に入れていたので腹も減っていない。
「そうだくーくん。服買うのに付き合ってよ」
「うーん、まあ、いいだろう」
過去に何度か唯の買い物に付き合わされたことがあるが、特に目的があるわけではなくフラフラしている時間がほとんどなので空也にとっては苦痛だった。
しかし今回は『デート』なのだ。甘んじて付き合うしかない。
女性向けの服屋が集まるエリアに足を踏み入れると、視界が全体的に淡めの色に変わった。男の空也にはそこはかとないアウェーな雰囲気を肌で感じる。
「あそこがいいな」
唯が指差した店の名前は横文字で書かれていた。以前空也は読み方を聞いた気がするが思い出せない。
ただ、唯が今着ている胸元にリボンのついたワンピースと似た系統の、女の子らしい服が中心の店だったと記憶している。
気乗りせず、うつむき加減で唯の後に続きテナント内に足を踏み入れると、涼佳がいた。
「あれ、唯ちゃん?」
涼佳の服装は唯と同じワンピースタイプではあるものの、おとなしめな雰囲気のもので、クールな雰囲気の涼佳とは違和感なくマッチし、当然のように黒タイツを履いている。視線が吸い込まれそうになるが、なんとか誘惑を振り払う。
「涼ちゃん? 奇遇だねー」
「よ、よう」
空也も唯の横に並び涼佳に挨拶したものの、『約束を断っておいて顔を合わせることになった』という気まずさを感じているのがモロバレな態度になってしまった。
「須藤くんも。2人はデートの最中?」
「うん、そうだよー」唯は得意げに目を細める。「涼ちゃんは?」
「私は――」
「あれ、空くんと唯……ちゃん」
涼佳の後ろから真実が現れた。どうやら涼佳は真実に連れてきてもらったようだ。
「お、お姉ちゃんにつれてきてもらってたのか」
空也不安から唯と真実の表情を交互に伺う。一応真実には涼佳を通して謝罪の意を伝えてもらっている。だが、それ以来顔を合わせていないはずだ。
「こんにちは」
思いの外、唯は普通の態度で真実に挨拶をした。
「この後涼ちゃんとお茶するつもりだったんだけど、よかったら2人もどう? もちろん私のおごりで」
真実は表情が硬かったものの、唯に歩み寄る姿勢を見せた。
「うーん」
空也は即答できなかった。今日は一応『デート』という名目なのだ。しかし、いつまでも唯と真実の間にギスギスした空気が流れているのも見ていて辛いものがある。
「俺は大丈夫。唯もいいか?」
迷った末、今度は真実と唯の間を取り持つべきだと判断し、唯の目を見る。
渋られるかなと思ったが、
「うん、大丈夫だよー」
予想に反してあっさり唯は快諾したものの、その素直さが空也には若干不安だった。
4人はモール内にあるカフェに移動していた。
4人がけの席に空也と唯、涼佳と真実が並んで座り、空也の向かいに座っているのは涼佳だ。
「このケーキ、ブルーベリーの酸味が効いてて食べ飽きないな」
涼佳はドーム型の、いわゆる『ズコット』と呼ばれるケーキを1つまるごと食べていた。
そんなに量があったら酸味があろうとなかろうと食べ飽きるだろ、と空也はリスのようにケーキを頬張る涼佳を見ながら内心ツッコミを入れる。
「そういえば、今日は2人は何してたの?」
真実は一口コーヒーを飲むと、空也に尋ねてきた。
「いや、なんていうかな、その……映画を」
唯の希望とはいえ、子供向け特撮番組の映画を見に来たとは言いづらく口をつむぐ空也。
「何見たの?」
深く踏み込まずに流してくれることを期待したものの、無情にも追求が飛んでくる。
正直に答えるのは気が引けた。まだ子供だね、とからかわれそうで恥ずかしかったからだ。
「……その、覆面ドライバーを」
しかし嘘をついてもどうせボロが出てしまうだろうと、結局空也は正直に答えることにした。
「覆面ドライバー? 私も見たよ」
「え?」
予想外の反応に空也は面食らった。一応昔石原家で真実所有のDVDを一緒に見ていた記憶があるのだが、今も好きだというのには驚きだ。
「真実さんみたいな大人の女性で好きって珍しいですね」と涼佳も意外そうな目で真実を見る。
「なんだよ恥ずかしがる必要なかったじゃん。奇遇だな唯。真実さんも覆面ドライバー好きだってさ」
この展開は想定外だったが、共通の趣味があるのは願ったり叶ったりだ。唯に話題を振る。
「そういえば、特撮番組って朝にやってますよね。夜職の人だと寝る前に見るのにちょうどいい時間らしいですね」
「あはは、私は違うよ」
苦笑を浮かべる真実。まずいと思った空也は話に割り込む。
「その、お姉ちゃんは見てどう思った?」
「まさに夏の劇場版だなーって思ったかな。終盤でドライバーたちが順々に必殺技決めて怪人が爆発四散してくあたりとか、分かってても見てて気持ちよくなってくるよね」
「それもう何回やってるんだよって思わないんですか? 制作側の『これやっとけば客喜ぶだろ』っていうのが透けて見えるのをありがたがるって完全な思考停止ですよ」
「それはそうだけど、あれ以上に盛り上がる演出ってないと思うし」
挑発的というか、面倒くさいファンのような唯に対し真実はあくまで大人な態度で接するが、
「それを思考停止っていうんですよ」
なおも唯は絡んでくる。真実はため息をつくと、
「あのね、唯ちゃん。私のこと根に持ってるのかもしれないけど、私今の唯ちゃんと同じ年だったんだよ? 唯ちゃんの態度見ればわかるよね? 子供だったの」
その発言に唯の表情が凍りついた。しかしすぐに、
「年下言い負かしていい気分ですか。精神年齢が変わってないんじゃないですかね。今はまだいいかもしれませんが、このままじゃ痛いおばさん一直線ですよ?」
「なっ――」
今度は真実の表情が凍りつく番だった。もう見ていられない。空也は唯の肩に手を置いた。
「唯。もうやめろ」
「なに? くーくんは真実さんの味方するの?」
真実に向けられていた敵意がそのまま空也へ向き先が変わる。
「いや、そういうわけじゃ」
毅然とした態度で接するべきだったのかもしれない。しかし唯の迫力に圧倒され、煮え切らない態度になってしまう。
「ヘタレ」
唯は言い捨てると、店を飛び出していった。周りの客が唯を目で追う。
「……ごめん」
空也は真実に向かって頭を下げる。真実の申し出を断るべきだったのかもしれない。仲を取り持つつもりが逆にこじらせてしまった。
「私は大丈夫だよ」真実は寂しげな笑みを浮かべる。「唯ちゃんを追わなくて大丈夫?」
「……ちょっと行ってくる」
唯に対して強く出られなかったがために、真実を不愉快な目に遭わせてしまった。唯に一言言うのは自分の責任だ。
空也は立ち上がると唯の後を追った。
店を出ると、すぐに唯を見つけることができた。駆け足で追いつき、唯の肩をつかむ。
「唯」
立ち止まり空也の方を向いた唯の表情は、先程とは打って変わって暗かった。
「ごめんなさい」
謝罪の声は弱々しく、なんとか聞き取れる大きさだ。
「なんであんなこと言ったんだ」
唯と向き合い、意識して冷静な口調で尋ねる。
「……くーくんが今みたいになっちゃったのはあの人のせいなのに、2人仲良く話してたから」
予想はついていたが、やはり正解だったようだ。唯の気持ちも分かるだけに、頭ごなしに非難することはできない。しかしそれでも暴言を吐いたのは見逃すことができなかった。
「だからといってあれはない。冷静になれ」
今度は日和ったりしない。唯の目をまっすぐに見て言う。
「……」唯は視線を落とした。「やっぱりおかしいよ」
「え?」
唯は顔を上げると、
「どうしてあの人の味方をするの? あの人はくーくんから恋を奪ったんだよ?」
目を見開き、声を荒げる。
「唯、落ち着いてくれ」
唯をなんとかなだめようとするものの、
「まだあの人のことが好きなの?」
唯は聞く耳を持たず、さらに問いを投げかけてきた。
「それはない」
しかし即座に否定する。それだけは断言できた。
「じゃあ、他の人が好きなの? そうじゃないなら私の気持ちに答えてよ」
2人の間を流れる不穏な空気を察したのか、通行人はチラチラと空也たちに視線を送りながら通り過ぎていく。きっとカップルの痴話喧嘩にでも思われているのだろうが、唯は特に気にした様子もなく空也を見つめている。
他に気になっている人はいない。そして空也にとって唯は大事な幼なじみで、『女の子として』かわいいとも思っている。ただ、どうしても今の空也では唯の気持ちを受け入れることができなかった。
空也が答えられずにいると「もしかして涼ちゃん?」と追撃が飛んでくる。
今まで涼佳に対して完成された足の持ち主という認識しかしていなかったが、唯に尋ねられたことで思考が走り始めた。
見た目に反して意外と茶目っ気があって、なにより足が世界遺産級。ふとした時に見とれてしまったことも一度や二度ではなく、彼女に対して少なくとも好印象を抱いている。
だが、これは恋愛感情と言えるのだろうか。この田舎から見れば別の国のような都会からやってきた少女に、物珍しさから惹かれているだけなのではと言われたら否定できない。
答えを出せずに逡巡していると、突如空也は胸部に衝撃を受け、尻もちをついた。唯に突き飛ばされたのだ。
見上げると、冷ややかな目でこちらを見下ろしている唯と目が合った。
「きらい」
そして短く言い残すと、唯は空也を振り返ることなく立ち去っていった。
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