テスト勉強
翌日。その日も空也は涼佳と唯の3人で登校していた。国道沿いの歩道を唯が先頭を走り、空也は唯の左後ろ、涼佳は唯の真後ろという陣形だ。
「じゃあこれでわたしとデートに行けるね!」と、唯は涼佳がいるにも関わらず話を振ってくる。涼佳も事情を知っているとはいえ、何だか気まずい気分だ。
「唯。それはできない」
「なんで?」
先程までは上機嫌だったのが嘘のように、唯の声は骨に響くような低いものに変わった。
「い、今はテスト期間なのを忘れたか」
空也は表情を引きつらせ、唯に怯えながら言う。
「で、でも、涼ちゃんやくーくん放課後に出かけてたりしたでしょ?」
「俺は普段からちゃんと勉強している。テスト期間中にあらためて勉強する必要はない」
「私も前の学校では習ったところだし、今更って感じ」
「うらぎりもの~!」唯は不満げな声を上げたかと思いきや、首を空也たちに向けた。「お願い、2人とも勉強教えて」
「わ、分かったからとりあえず前向け」
危ないので手を前後に仰いで唯に前を向くよう促すと、「来栖もいいか?」と涼佳に尋ねる。
「うん大丈夫だよ」
「じゃあ、今日の放課後はくーくんの部屋で勉強会だねー」
「ちょっと待て。家に誰もいない唯の家のほうがいいんじゃないか?」
空也の部屋にはマネキンがいる。あれを2人に絶対に見せるわけにはいかなかった。
「女の子は男の子を家にホイホイ上げるものじゃないの。それとも、もしかして涼ちゃんを前にしてわたしと? マニアックだねー」
「何言ってやがる」
思わずしかめっ面になってしまう。
「私も須藤くんの家なら帰るの楽だし、唯ちゃんがいいなら私も賛成かな」
「2票目入りましたー! 多数決でくーくんの家で決定だね」
「なん……だと?」
数の暴力に押し切られてしまい、空也は下校時間までマネキンを隠す脳内シミュレーションを延々と繰り返すハメになった。
放課後。3人は須藤家の前にいた。
「いいか。俺がいいって言うまで上がるんじゃないぞ」
空也は2人を玄関に待たせると、自分の部屋に上がりクローゼットを開いた。中にはガラクタが押し込まれており、マネキンが入るスペースはない。
何も考えずに取り出しやすそうなものを手当たり次第に外へ出していく。部屋が汚いと言われてしまうかもしれないが、『彼女』を見られてしまうよりはまだマシだ。
「うっわー、くーくん、これはないよ」
「……え?」
空也の言いつけを無視して部屋に入ってきた唯は、部屋に鎮座するマネキンに苦笑した。後ろには涼佳もいる。
「あ、これ結構いいタイツだねー。ホント、どれだけ好きなの」
唯はマネキンの前でかがむと、スリスリと黒タイツを擦る。
「おま、何触っ――」
空也は無意識のうちに唯の腕をつかみ、そして驚いた。思った以上に細かったからだ。
さらに唯に近寄ったときに起きた風に乗って甘い香りが漂ってくる。幼なじみから『女性』を意識してしまい、弾けるように手を離した。
「くーくんどうしたの?」
「い、いや、なんでもない。それより俺は飲み物を取ってくるから、先に始めてろ」
唯の顔を見ないようにマネキンに再び布を被せると、空也は部屋を後にした。
涼佳と唯は、部屋に置かれているテーブルの前に腰を下ろしてノートを広げた。
「くーくん笑っちゃうよねー。どれだけ黒タイツ好きなんだよって感じ」
「確かにね」と涼佳は相槌を打つ。
唯はシャーペンや消しゴムを取り出そうともしない。どうやら涼佳と話がしたいようだ。
「タイツ好きなのは知ってたけど、普通マネキンを自分の部屋に置くかなー」
唯は白い布がかぶせられたマネキンに視線を送り、苦笑を浮かべる。
「どうして須藤くんはあそこまでタイツが好きなのかな?」
「さあ? あ、そんなことより、勉強勉強。くーくんに怒られちゃうしねー」
あからさまに話題をそらした唯は、シャーペンと消しゴムを取り出した。
「あ、そうだね。……そういえば、唯ちゃんは須藤くんのことをどう思ってるの? こっそり聞かせてよ」
涼佳は筆記用具を取り出しながら尋ねる。
「うーん。嫌い……かな」
「あれ、そうなんだ?」
「だってガリ勉だし、よく分からない変なこと言い出すし、変なところ真面目で遊び心がないし、挙句の果てに息抜きが黒タイツだなんてどうかしちゃってるよ。……でも、私が困ってるときはいつも助けてくれるんだよね」唯は何も書かれていないノートの上に視線を落とす。「いっそ無視でもしてくれればいいのに。だから、くーくん嫌い」
呆れたように笑う唯。口では『嫌い』と言いつつも、言葉の節々からは好意が感じられた。
そんな唯の発言を2人聞いている人間がいた。1人目はもちろん涼佳だ。
そしてもう1人は、ドア越しに2人の会話を耳にしていた空也。
当然空也は唯の想いをすでに知っている。しかしドア越しとはいえ、唯の口から気持ちを聞かされるのはわけが違った。
空也は唯への気持ちには答えたいと思っていて、唯のことは大事に思っている。一歩踏み出せば、恋愛的な意味での好意を抱けるかもしれない。しかしその一歩を踏み出すことを、忌避感が邪魔していた。
2人の会話が当たり障りのないものに変わったのを確認すると、空也はドアを開けた。
「先に始めてろって言ったよな?」
自分の心を隠すように、呆れているのを強調した表情を作って言う。
「いやー、場の空気を温めてから始めたほうが捗るかなーって。アイスブレイクってやつ?」
「では、スパルタ教育でメンタルブレイクさせてやろう」
「くーくんの鬼!」
さすがにメンタルブレイクするほど厳しくは教えなかったが、暗くなるまで勉強は続いた。
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