協力関係
朝。
空也と涼佳は一緒に登校していた。
「おいしいものを食べながら話すとかどうかな。おいしいものを食べてるときに喧嘩したくなる人なんていないだろうし」
自分がおいしいもの食べたいだけだろと思いながらも、涼佳が言うと説得力があるのも事実だ。つい「それもそうか」と頷いてしまう。
「じゃあ決まり。真実さんに買ってきてもらうね。何がいいかなぁ」
「おい」
やっぱり目的がすり替わってないか、と思っていると、
「おはよー」
後ろから唯が追いついてきた。涼佳が少し前に出て、3人で三角形を作るような位置関係になる。
「おはよ。というか、また遅刻か?」
「うん。最近なんだか眠れなくて。そういえば何の話してたのー?」
意外だった。幼い頃須藤家に何度か唯が泊まりに来たことがあり、唯は布団に入ると同時に電源が落ちたかのような寝付きのよさだったからだ。
「その、まあ、真実さんの話をしていた」
「へえ」
唯の表情は引き続き笑顔だったものの、声音からは興味なさげな印象を抱いた。以前みやこが『敵意の視線向けまくってましたけど』と言っていたのを思い出す。
「須藤くんと真実さんが仲直りする作戦を考えてて」
「あ、それわたしも協力したいなー」
「本当に? 須藤くんはどう思う?」
涼佳は二つ返事で唯の申し出を快諾していたが、空也はそういうわけにはいかなかった。先程のは勘違いだったとしても、唯と真実がそこまで仲がよかった記憶がないからだ。
「まあ、いいんじゃないか」
とはいえ、唯は部外者というわけではない。結局空也も頷いた。
土曜日。須藤家には涼佳、唯、真実の3人が来ていた。リビングに置かれているテーブルの前に座り、何かを話している。
空也がアイスコーヒーを入れにキッチンに向かうと、空也母がいた。
「出かけたんじゃなかったのかよ」
「これからよ。そんなことより、アンタは誰が本命なの?」
明らかに好奇心100%な質問が飛んできた。
「バッ、本命とかそういうのじゃねえよ」
「いやいや、美人3人も集めといて誰にも興味ないとか、母親としては逆に心配になっちゃうんだけど。本当は誰なの? やっぱり真実さん? この前恥ずかしがって逃げ出しちゃってたし、いくつになっても奥手ねえ」
「あー分かった分かった。もういいから。用事あるんだろ」
「はいはい。邪魔者はさっさと消えればいいんでしょ」
なんとか空也母をあしらいリビングに戻ると、4人で真実が買ってきたケーキを食べ始める。
「んー、おいしい」
涼佳はケーキ一切れではなく、ケーキ1台に直接フォークを刺して食べていた。
そんな涼佳を見ていると「やっぱりこれ目当てだろ」とツッコミたくなってしまうが、そもそも涼佳がいなければセッティング自体できなかったはずだと思い直す。
空也もニューヨークチーズケーキを一口。チーズの香りが口の中に広がり、甘みは控えめなのが空也好みだ。
「うまい」と無意識の内に口に出した次の瞬間、
「どうかな、口に合う?」
向かいに座る真実と目が合い、体が凍りつくような感覚が走る。
ついこのまま聞こえなかったフリをして無視しようか考えてしまった。しかし今回の目的を思い出し、喉から絞り出すように声を出す。
「あ、ああ、うまい」
「よかった~」
真実は安心したように微笑み、両手を合わせる。
食卓を囲んでいるおかげか、ケーキのおかげか、涼佳に協力してもらっているという責任感のおかげかは分からないが、思いの外素直に言葉を発することができた。
ふと、テーブルの脇に置かれていたケーキボックスに視線が行き、
「あれ、あのへんにケーキ屋なんてあったっけ?」と独り言が漏れる。
てっきり隣の市で買ってきたと思っていたが、書かれていた住所は比較的近所だった。
「うん。私も偶然見つけたんだよね」
「あー、そうなんだ」
ぎこちなさは否めないが、なんとか会話のキャッチボールが始まった。
涼佳はそんな2人を一瞥すると口元に笑みを浮かべ、ケーキを一口頬張る。
「そういえば空也くんがうちに来てたことはしょっちゅうあったけど、逆に私が来ることってあんまりなかったよね」
「あ、確かにあんまりなかったような」
「だよね。なんだか新鮮だね」
いい傾向だ。真実も話題を振ってくる。これならば、少しずつ仲を修復できるのではないかと思っていると、
「それにしても、真実さんきれいになりましたよね」
唯が会話に割り込んできた。
脈略のない発言に「えっ」と真実は声を漏らしたものの、
「そう……かな? 自分ではそんなつもりないんだけど」と首を傾げ、頬に手を当てる。
「涼佳ちゃんから見てどう?」
涼佳はちょうど咀嚼中だったケーキを飲み込み、アイスコーヒーを一口飲むと、
「そうだね。私も初めて会ったときに美人だなーって思ったかな」
「ほらー。声かけられまくってたんじゃないんですか?」
「うーん、まあ、それなりかな?」
真実も悪い気分ではないようで、照れくさそうに髪の毛をつまんだ直後。
「何笑ってるんですか」
急に違う場面に飛んだかのように、唯の声は低かった。
「え?」
「何しに帰ってきたんですか? 東京で充実してた自分を見せつけるためですか? でも、くーくんはあなたのせいでずっと苦しんでたんですよ。今更こんな田舎に帰って来ないで、東京で好き放題やってればよかったじゃないですか」
突如飛び出した唯の発言にまさに絶句と言った状態で、涼佳と真実は固まってしまった。
空也も同様に魂を抜かれたような締まりのない表情をしていたものの、
「唯。失礼だ」
我に返ると唯に感情を抑えた低い声で言うが、しかし唯は止まらない。
「まだ、くーくんを苦しめ足りないんですか?」
「唯!」
自分でもびっくりするほど大声が出ていた。
唯は、憑いていた何かが叩き出されたかのように一瞬体を硬直させると、
「帰る」
視線を落としたまま立ち上がり、家を飛び出していった。
結局その後は会話が盛り上がるはずもなく、早々にお開きになった。
帰宅した空也は自室で勉強していたものの、当然身に入らない。背もたれに体を預け、天井に向かってため息をついていると涼佳からメッセージが届いた。
『今からうちに来れない?』
本来なら行くべきではない。今日はまだ勉強時間も少ない上、集中もできていないからだ。
しかし、このまま机に向かっていても、身になるとは思えなかった。
空也は立ち上がると、石原家に向かった。
空也が石原家に到着すると、涼佳が縁側でキュウリをかじっていた。
傍らにはボウルに入れられたキュウリが氷水で冷やされている。どうやらこの前ので気に入ったらしい。
「食べる? キュウリって体を冷やす効果があるみたいだよ」
「じゃあ、もらう」
呑気なやつだと思いながらも以前食べたキュウリの味を思い出し、涼佳からキュウリを受け取ると並んで座りポリポリとかじる。それにしても、なんともおかしな光景だ。
「ごめんね、役に立てなくて」
唐突な発言だったが、何のことかはすぐに分かった。
「いや、唯から謝罪のメッセージ来てたし」
唯からは『ぶち壊しにしちゃってごめんなさい』というメッセージが届いていた。
「ありがとう」涼佳は寂しそうに笑う。「ところで、心当たりはあるの?」
何についてか、すぐに空也は分かった。
心当たりは当然ある……が言うべきか迷った。しかし協力関係にある涼佳に隠してもしょうがないと思い直し、話すことにする。
「今まで唯に5回告白されてるんだ」
「それで、ずっと断り続けてる原因が、真実さんなんだね」
「まあ、な」
「唯ちゃんはそれを勘づいてて、真実さんに絡んでしまった……ってところかな」
涼佳は食べかけのキュウリを一気に口に運ぶ。
「多分な」
それであれば一応は納得がいく。
「じゃあ、まずは真実さんと仲直りしようよ。そしたら、唯ちゃんとも向き合えるんじゃないかな」
涼佳はボウルから新しいキュウリを取り出した。
「ああ」
空也は目の前の砂利に視線を落としながら頷く。協力してくれるのはありがたい。だが、涼佳がここまで手を焼いてくれるのがやはり不思議だった。
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