第6話

「──父様」


 その夜。露竜は瀏彩のことを聞いた。父は静かに語り出す。


「始まりは第一公子の謎の死から始まったんだ」


 当時。世継ぎだった二十一歳の公子が亡くなり権力争いが始まっていた。第二公子が二十歳。第三公子が十七歳。第四公子が十七歳。第五公子こと瀏彩は十一歳だった。


 命のやり取りが続く一年半だったとのちに瀏彩は言っていた。


「ある日、第二公子が毒殺された。続いて第四公子も殺された」


 露竜は冷や汗を流し生唾を飲む。父は瞬きもせずこちらを見る。


「良妃様は皇后つきの女官だった。それを先陛下が見初め妃にしたんだ」

「じゃあ、お立場は悪かったのね」


「そうだ。公子毒殺の件は皇后と、そのお子、第三公子が結託して毒を盛り、その罪を弱い立場の良妃様に擦り付けた」


 父は証拠を掴み反発した。だが、すんなり揉み消され武官の称号を奪われ、職を失い良妃共々宮中にはいられなくなった。


「父様の痛めた足は」

「ああ。その時の軽い罰則だ。本当なら死罪だ。お前に雨を降らせ力があったから生きながらえているがな」


 体よく人質。とはいえその足ではもう武将になることは叶わない。父は良妃様の部屋を見る。ケホケホと最近よく咳をされる。心配そうにする父。だがその瞳は信じられないほど優しい。父に後悔はないのだろう。


 露竜は少し寂しそうにうつむき顔をあげる。


「父様、二人を守っていきましょう」




 ところがある日、体の弱かった良妃様は呆気なく亡くなってしまった。


「命とは脆いな」

「瀏彩」


 瀏彩は薄暗い個室から雨降る外を見ていた。その背が小さく消えてしまいそうだった。


「俺はこれからどうすればいい?」


 瀏彩は振り返り、露竜を見て、つっと隠すことも無く静かに泣いた。

 堪らなくなった。


「泣かないで」


 瀏彩の頬に両手で触れると手を重ねられた。さらに涙が溢れる。瀏彩はがくりと膝をつき背を丸め嗚咽する。露竜は優しく両腕で体を包んだ。


「露竜」


 温もりを確かめるように瀏彩は露竜の腕を痛いほど掴むと何度も名を呼んだ。


「露竜」

「ここにいるわ」


 息が出来ないくらい胸が締め付けられる。

 雨はしとしと降り続く、冷えた体を温もりが溶かす。

 離れない。側にいるわ。


──これからは、わたしが。


 露竜は心に誓い、頼りない両手で瀏彩を抱きしめた。


 しかし事態が急変することになる。まさか流行り病で第三公子が亡くなるとは、その時の露竜たちは知るよしも無かった。




「──俺に後宮に戻れと……いまさら」


 突然、宰相の仕えが来て告げた。世継ぎがいない。第三公子には奥方はいてもお子に恵まれなかった。陛下は高齢。このままでは正統な血統が断たれてしまう。


「行きたくなどない」


 知ったことかと瀏彩は拒否し続けた。しかし宰相本人が訪れ、何を告げたのか瀏彩は宮廷に戻ることになった。露竜は突然真っ暗になった気分だった。脱力して何もやる気が出ない。


そして不幸とは続くもので瀏彩が去って半年後に父が貴族の乗る馬に轢かれ、あっさりと死んだ。



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