道標とともに
朝、目覚めると、隣にあるはずのイフェの温もりが失われていた。
寝起きでぼんやりとした頭が、その事実を認識したと同時に急速に覚醒する。
「イフェ……っ!?」
俺のブーツを抱きしめるようにしてまぶたを閉ざした彼女は、壮絶なまでに美しかった。
血の気の引いた蝋人形のような肌。
薄暗い部屋にあっても光を失わない柔らかな髪。
その全てが手に触れられるのに、肝心な魂だけがそこには宿っていないことを感じて俺は愕然とした。
「何で……」
昨夜会話を交わした折には何の問題も無かったのに――。
✽+†+✽
イフェの亡骸を抱き締めてうなだれる俺は、いつの間にか川原にいた。イフェの家があったことすら幻のように何も存在しないそこで、しかしそんなこと大したことではないと思いながら、俺はただ呆然と座り込む。
「サルガタナス」
聴き慣れた声が掛けられるのを、遠い意識の彼方で聞くとは無しに耳にする。
「それが、お前が先に行った実験での影響だったんだよ」
諭すように、労わるように、静かな声音で友が語りかけてくる。
俺の手の中には、最早イフェの姿すらなく、ただ膝の上にカゲロウの死骸がひとつ。
成虫になると、食料を採り入れるための口が退化してしまうというカゲロウ。
それが、イフェの本当の姿だった。
「……彼女、幸せだったかな」
誰に問いかけるでもなくポツリと落としたセリフに、バルベリスが「もちろんだ」と応えてくれる。
その言葉を聞くと同時に、
「
俺とイフェの間に起こったことを概ね把握しているのだろう。
何の脈絡もないように告げられたバルベリスの言葉を、俺は何度も頭の中で反芻した。
一日だけの存在。
カゲロウを指す言葉。
今にして思えば、彼女が俺の理想の姿を保っていたことにも、納得がいく。
全ては俺の欲求の上に成り立った
でも、姿はどうあれ中身は――魂は――彼女自身のものだったはずだ。
死して後、暗闇で迷ってしまうことを恐れていたイフェ。
俺は小さな虫の亡骸を、ブーツとともに埋葬した。
これがある限り、俺のところに戻って来られるよな?
次に生まれてくるときも、絶対に俺の元へたどり着け。
晴れた空を見上げながら、俺はそう願わずにはいられなかった――。
END
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