イフェの住まい①

 イフェの家は、出会った場所とさほど距離を置かない湖のほとりにひっそりと建っていた。


 きっとこの湖こそが、俺が目指していた場所だ。


 この国の建築様式には珍しい石造りの建物は、どことなく魔界の自邸を彷彿とさせた。

 もちろん、遥かに小ぢんまりとした造りだったが、中に入ってみると思いのほか広さもあった。


 屋内に入ってざっと見回した調度品の感じから、彼女が一人暮らしであることを察した俺は、少し戸惑う。

 若い女性の一人住まいに、見知らぬ男が入り込んでも良いものだろうか。


 そんな風に思ってしまったけれど、彼女の屈託の無い笑顔を見ていると、不思議とそんな心配も吹き飛ぶ。


 およそ彼女を前にして狼になれる男なんていないように思われたし、異性として飛び切り魅力的であるにもかかわらず、何故かイフェからはどこか人間離れした雰囲気が漂っていたからだ。


 実際、イフェはとてもミステリアスな面を持った女性だった。

 突拍子もない申し出をした割には慎み深かったり、案外恥しがり屋の一面を持っていたり。

 

 イフェの家に泊まった初めての晩、彼女は自分の寝室を俺に明け渡そうとした。


 俺のせいで女の子にソファで寝られては適わない。


 慌ててそう言うと、

「じゃあ一緒に寝る?」


 何でもないことのようにそう尋ねて、俺が動揺する様を見てにわかに赤面した。

 多分、その誘いがどんな結果をもたらすのか考えてもいなかったのだ、彼女は。

 そのくせ俺の表情から自分がどんなに大胆なことを言ってしまったのかを今更のように理解してうろたえる。


 そういう天然呆けなギャップがたまらなく可愛く思えて、俺はどんどん彼女に惹かれていった。


 結局、色々もめた末に俺がソファ、ということで一件落着したのだが、それはそれでイフェには気がかりだったらしい。


 翌朝目覚めると、家の中にイフェの姿がなくて――。


 どこへ行ってしまったのかと窓外を見遣った俺の目に、湖のほとりで何やら懸命にやっている彼女の姿が飛び込んできた。


 何事だろう?と外に出ようとして、俺はブーツがなくなっていることに気付いた。


 仕方なく裸足で外に出ると、彼女を驚かせてやろうと気配を消してイフェの背後に立った。


「何やってるんだ?」

 俺のブーツを水に沈めてゴシゴシやっている彼女に、思わず笑みが漏れる。


「あ……あの、せめてもの罪滅ぼしにと思って……」

 あんまりにも汚れていた俺のブーツを洗おうとしていたのだと言う。


 しかし……。


「ごめんなさい!」

 詫びのつもりが逆にあだになってしまったようだ。


 泣きそうな顔をして頭を下げる彼女を怒る気にはなれなかった。

 というより、むしろ笑えて仕方がなかったくらいだ。


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