最悪のルート①

 だからと言ってこれはないだろう!と思う。


 さすがにここなら溺れることはないと断言出来る。


 しかし――。


 人間界側の出口としてバルベリスが指定したのは、こちら側で「日本」と呼ばれる国にある、森の奥地の洞窟だった。


 確かにそこなら人間達の居住空間と距離を隔てているし、畢竟ひっきょう何か起こったとしても影響は出難いだろう。


 でも、お陰で俺は危うく死に掛けたのだ。


 異界と繋がった影響で地震が起こり、洞窟の入口が塞がれてしまったのだから。


 水中に道を開いたとき同様、俺が酷い目に遭っていることは見ているだろうに、バルベリスは助けに来なかった。


 出掛けに、「今回は何があっても手を出すな」と釘を刺したのもあるだろうが、ああ見えて奴は案外お節介だ。

 きっと差し迫った危機だと判断すれば、俺がどんなに拒んだところで連れ戻しに来る。


 それがないのだから、自力で何とか出来るトラブルということだ。


 そう判断した俺は、丸一日かけて入口を塞いだ岩石を取り除いた。

 ギリギリ通れる程度の隙間を這い出した頃には、言うまでもなく満身創痍まんしんそうい


 おまけにここは山奥ときている。


 洞窟を脱したところで人里に至るまでの道のりは、果てしなく遠い。


 今回は、頓挫したままの「水中に道を開いた際の影響」も調査対象だ。

 洞窟へ道を繋いだときの弊害だけを調べて帰るわけにはいかない。


 バルベリスにもそこのところは話しておいたので、洞窟自体あの湖があった森に存在することは間違いないと思う。


 そう当たりをつけて水音のするほうへと歩き始めたのだが、程なくして俺は見事にヘタレてしまった。


 魔界のルールにのっとって、人間界に下ったと同時にあちらへ戻る能力と、現地でのコミュニケーション能力――即ち翻訳能力――以外が失われてしまったのだから無理もない。


 今ここに居る俺は、人間と大差ない存在だ。


「あ~! もう、絶対ぜってぇー洞窟ルートは却下だ!」


 俺が生き埋めになりかけた時点で分かり切っていたことだけど、口に出して吐き捨てると余計に腹が立った。


 常に過ごしやすい気温の魔界と違い、人間界には温度変化というものがある。


 地域差なんかもかなりあるらしいのだが、今俺が居るところは初夏というシーズンのようだ。

 木陰でじっと動かずにいる分には心地良いが、少し動くと汗をかく。


 ブーツにマント……なんちゅう場違いな格好も手伝って、俺は見事に汗だくになってしまった。


「脱ご……」

 手荷物が増えるのが嫌でずっと我慢して着用していたが、そろそろ限界だ。


 マントをはずすと、人界で言うところの軍服姿に近い格好になる。

 外したそれは、思い切って捨て置くことにした。

 ブーツの中の不快指数もマックスだったが、こちらは脱ぐと歩くのに支障をきたすので我慢することにする。


 有るか無きかの微かな水音だけを頼りに歩き回るのも、そろそろ限界かも。


 そんな風に辟易し始めた頃、俺はようやく木々の合間を縫って流れる清流に辿り着いた。


「あー。生き返る~」


 汗でめりを帯びたブーツを脱いで流水に足を浸すと、キンとした冷たさが頭の芯まで伝わった。


 源流からそれほど離れていないからか、川幅も広くない分、流れが速く水が澄んでいる。


 前に溺れた、とバルベリスに言われたことは忘れていないので、流れに足を踏み入れようとは思わなかった。


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