ぱーてぃとぱーとなーしっぷ①



「すごーーーーい! ほんとに空飛んでるーーーー!!」


「アレッタ、危ないからもう少し中入れって!」



 後ろから手を引かれて、それもそうかと身を馬車の中に収める。

 せっかくつけてもらった装飾品を落としたりヘアセットが崩れたりしたら目も当てられない。でもペガサスに引いてもらう馬車なんて、次に乗れる機会なんてないかもしれない。存分に堪能しておこうと、アレッタは控えめに外の景色を眺める。


 馬車に乗ってから、おおよそ1時間。

 関所は城門をくぐる必要があるため、その前には地面に降り立つのだが、それ以外は快適な空の旅を楽しんでいた。馬車はおしりが痛くなるとどこかで見た気がするけど、空を飛んでいるせいか何かの魔術のせいか、特に痛みに悩まされることもなく馬車に用意されていたお菓子をいただいている。



「夜にパーティーがあるんだっけ?」


「ああ、同盟国を集めたやつな」


「それが終われば任務完了ってことだね」


「いや? 挨拶回りとか視察も含めると7日は滞在する予定だけど」


「な、7日も……!?」



 それって、やっぱりもっと事前に準備とか知識とか礼儀作法とかいるやつでは?

 

 森の中で狩猟採集民族のような生活をしているアレッタからしたら、そんな立派な場でのマナーとか礼儀作法について詳しくはない。前世での基本的な知識が通用すればいいのだがここは異世界。謎マナーや異種族的な礼節なんかがあった場合には完全に詰んでしまう。



「……ねえ、少し聞いておきたいんだけど……」


「なんだよ」


「……不敬罪で処刑、とかってあったりする……?」


「まあ、高い身分の人間を侮辱するようなことがあればあり得るかもな」


「……あるんだ……!」



 さぁっとアレッタの顔が青ざめる。

 迂闊な言動ひとつで首を刎ねられる様子が脳裏に浮かび、あわわわわと意味のない言葉を口走る。こんなところで首と胴体の永遠の別れをするつもりはないのだけれど!



「って言ったって、普通に常識の範囲内で過ごしてりゃあ何も言われねえよ」


「その常識がわかんないんだってば……!」


「ほら、よく言うだろ? 『水棲馬ケルピーを砂漠に連れてくな』ってさ」


 

 これは『適材適所』と『ひとの嫌がることはしちゃいけない』が合わさったような慣用句なわけだけど、そもそもの常識が通じるかがわからないところなのだけど!

 どうしたものかと目をぐるぐるさせているアレッタを見たハルラスが気を遣い、まあでもと言葉を続ける。



「族長も言ってたけど、お前はにこにこ笑って座ってればいいって」


「うぅ……ここまできたら仕方ない、とりあえずがんばる……」


「それより……アレッタには絶対に守ってもらわないといけないことがある」


「……? 絶対に守ってもらわないといけないこと?」



 こくり、といつになく真剣な顔でハルラスは口を開く。

 


「誰かに願いや頼みを言われても、絶対に『はい』とは答えるな」


「…………? どういうこと?」


「いいから、返事」


「わかったけど……ちゃんと説明を、」


「ほら」


「んぐ……!?」



 いきなり口にフィナンシェみたいな焼き菓子を突っ込まれ、アレッタは言葉を失う。聞かれたくないことなのか、話すつもりがないのか。無理矢理遮られた会話には違和感しかないんだけど、とアレッタはもぐもぐと咀嚼する。

 それにしても美味しい。

 バターがたっぷりで、噛むとじゅわっと贅沢な甘みが溢れてくる。中にベリー系のジャムが入っているようで、甘みと酸味のバランスが完璧だ。


 ごくんと飲み込んで、言い募ろうと開いた口にハルラスがまたしても焼き菓子を放り込む。



「それよりいいのか? 家にいる妖精にひとこと言っとかなくて」


ほうらったそうだった!」



 頬張った焼き菓子──今度はココア生地に濃厚なチョコクリームがたっぷりでこれまた美味しい──が口からこぼれないように気をつけつつ、ハルラスに伝言を頼む。朝一からエルフ3姉妹に連れ回されたせいで、家で待つ白い子犬に何も言えないまま出てきてしまったのだ。


 いつものガラスの小鳥を持ってくるのを忘れているのでハルラスの小鳥に伝言を吹き込む。『心配しないで、すぐ戻るから大人しくしてること』。他のエルフに伝えてもらうというのでアレッタがいない間のお世話もお願いし、銀色の小鳥は馬車の窓から飛び立っていく。


 そのあとは関所を通ったり途中で昼食を挟んだりと慌ただしくなり、ハルラスの言葉の意味を追及する暇もなく西の国の中心部──メディウス・ロクスへ到着した。



 高い塀を抜けると、緻密に積み上げられたレンガ造りの建造物が立ち並ぶ通りへ。綺麗に舗装された道路もレンガ造りで、ペガサスの蹄の音が軽快に響く。

 街道の両脇には見物しにきたらしい人々が手を振ったり歓声をあげたりしている。


 アレッタは、というと開け放たれた馬車の窓から精一杯の笑顔で応戦している。



「……ハルラス、なんか人多くない?」


「それはそうだろ。エルフ族が祭事に参加するのは100年ぶりだしな」


「ひゃ……!?」


「……戦争もあったしな、諍いに巻き込まれるくらいならって族長判断だな」



 確かに戦争が始まったのもおおよそ100年くらい前のこと。

 今回のお祭りでエルフ族に協力を取り付けようとする人がいるのなら、戦争が始まったばかりも言わずもがな。面倒なことに巻き込まれるくらいならと辞退するのもうなづける。



「じゃあ、なんで今回は参加することにしたの?」



 アレッタは首を傾げる。

 戦争の終結はまだ遠い未来の話だ。ゲーム本編で主人公の活躍により戦争は停戦となる。この停戦というのは、別の敵が出現して一時的に協力体制を敷かなければいけなくなるのだけどこれは割愛。


 わざわざ虫除けにアレッタを使わなければいけないのなら、今回も別に参加する必要はなかったんじゃないかな、というのがアレッタの純粋な感想。


 珍しく言い淀むハルラスが、細い声で「……族長の判断だ」とだけ告げる。

 本当にそうかもしれない。でも多分、それだけじゃない雰囲気を感じたアレッタ。いたずらを思いついたように、にやりと口角を持ち上げてハルラスの隣に座る。



「……それが本当かどうか、教えてくれてもいいんじゃないのかな!」


「うわ、なっ……!」



 こしょこしょと、ハルラスの脇腹をくすぐる。

 何を隠そう、ハルラスの着ている服は何故か横に切れ目があって布地が少なくなっているのだ。弱点見つけたり! と得意げに小さな手でこしょこしょするアレッタに、おま、やめ……! と口元を抑えたハルラスがべりっとアレッタを引き剥がす。



「おまえ……! 見られてるってのわかってんのか……!?」


「あ、そうだった」


「ったく、いつもいつも……!」


「わ、ごめんって!」



 いつものように頭をぐしゃぐしゃにしようとして、きれいにセットされた髪を見たハルラスはアレッタはおでこを少し強めに弾く。いたっ、とアレッタはデコピンされたおでこをおさえる。



「だってさっきの話といい、隠してることあるでしょ?」


「……あったとしてもオレだけの判断では明かせないし、これはアレッタを守るための選択でもある」


「……わたしを?」


「とにかく、お前はこれでも食ってろ」


 

 アレッタの口に押し込まれたのは黄色の飴玉。

 はちみつレモンだ! というのがわかるとアレッタの口元は無意識のうちに緩んでしまう。



「もうすぐ中心部──西の国の城内に入る。いいか、絶対余計なことするなよ!」



 わかってる、おとなしくお飾りやるよ!

 の意を込めてハルラスへにっこりと微笑みかける。


 意味が伝わったのか、伝わってないのか。

 ハルラスはむにむにとアレッタの頬を引っ張った後、大きめの溜息を吐いた。




◇◆◇




「この度は我が国の祭事にご参列いただきありがとうございます! ご滞在中の警護を任されている、ジーノ・ジェラルディです。気軽にジーノとお呼びいただけると」



 城内に通されて族長夫妻と合流した後、案内と警護を担当するという男性がゆるやかに一礼する。黒髪のところどころに緑のメッシュが入ったジーノと名乗る男性は、下げた頭を起こしてにこりと人好きのする笑みを見せる。

 すらりとした体格はアレッタからすれば見上げるほど。最近のテレンツィオは屈んで目線を合わせてくれるけど、身長は彼よりも高いかもしれない。


 族長夫妻と握手を交わしたジーノは、ハルラスへも愛想良く挨拶と握手を済ませてアレッタの元へ。

 小さなアレッタに合わせて片膝を折ったジーノは、同じように手を取るとアレッタの手の甲へ口付けをひとつ。



「……!?!?」



 あわてて空いた手で口元をおさえて悲鳴が出ないようにする。

 挨拶だとはわかっているものの、森に引きこもっているアレッタに耐性はない。前世でもそんなに恋愛経験を積んでこなかったアレッタにとっては声を上げなかっただけで褒めて欲しいくらいだ。


 やっぱりこれ、急に連れてこられて適切な対応できるものじゃないよ……!!! と族長に文句を言いたい気持ちを抑えつつ、平静を保つよう意識して笑顔を作る。



「お名前を伺っても?」


「……アレッタ、です」


「美しい響きですね」


「きょ、恐縮です……」


「何かあれば、なんでもご相談ください」



 にこりと笑うジーノに、お気遣いありがとうございますとそつのない返事を返す。レモンキャンディのような黄色の瞳を細めたジーノは立ち上がり、「会場へご案内します」と足を城内へ向けた。



「……アレッタ」


「な、なに……?」


「何の説明もなしに連れてきたこっちも悪いとは思うけどな、あんまへりくだる言動は逆に失礼に当たるからな」


「…………!」



 こっそりと教えてくれるハルラスだが、アレッタはさあっと血の気が引く。


 そんなこと、ちゃんと言われなきゃわからないよ……!

 言いたいことは山ほどあるけれど今は人の目があるから我慢。やっぱり突貫工事婚約者では務まらないのでは……? と不安がもこもこ膨れ上がってくる。


 とはいっても周囲が待ってくれるはずもなく。

 こちらへ、と案内された部屋には豪奢な調度品とアンティーク調の家具。応接室のような趣きの部屋には、両側に扉がふたつ。どうやらそれぞれ寝室へと繋がっているらしい。



「時間になりましたらお呼びしますので、暫しこちらでお寛ぎを」



 にこりと笑みを残して、案内役のジーノは席を外した。

 聞きたいことはいくつもあるけれど、久しぶりに酷使した表情筋と精神力が限界のアレッタ。族長夫妻に許可を得て、自分に宛てがわれた部屋へとすべり込んだ。


 用意されていたソファに飛び込もうとして、服がぐしゃぐしゃになったら困ると思い留まり、しずしずとソファへ腰を下ろす。エルフ族の侍女が付いてくれるらしく──先程アレッタの身支度を手伝ってくれた人でもある──が、いつの間に用意したのかお茶と軽食を乗せたワゴンを運んできてくれる。美味しそうなクッキーと紅茶が用意されて、アレッタの機嫌モチベーションも少しばかり上がる。


 お礼を言ってカップを受け取り、亜麻色の紅茶をひとくち。慣れない場所だけど少しだけほっとした心地になったアレッタは、先程から注意を受けたことを指折り数えていく。



「……すぐに『うん』って言わない、あんまり謙遜しない……他に気をつけることある?」


「あとは揉めそうなときはオレか族長を早めに呼べよ、面倒なことになる前に」


「……いちおう、気をつける」



 揉めごとに自分から関わるつもりはないけれど、他の種族が集まる場だ。何が起こるかわからない。

 できるだけハルラスの近くから離れないようにしよう、と心に決めているアレッタの隣にハルラスがどかっと座る。



「……ほら、甘いもん好きだろ?」


「好きだけどさっきも食べ……むぐ、」



 クッキーを手にしたハルラスはアレッタの口に押しつけてくる。

 美味しそうだとは思っていたし、断るのも悪いのでそのままもぐもぐとクッキーを口の中に収める。というかさっきからアレッタを黙らせるためにお菓子を突っ込んではいないだろうか?


 文句を言おうと開けた口に、ハルラスは次のクッキーを押し込んでくる。……おいしいからいいんだけど、こうもやられていると、どれだけ聞かれたくないことがあるのかと勘繰ってしまう。まあ、答えてくれないのだろうけど。


 もぐもぐとクッキーを咀嚼するアレッタ、それを見守る(?)ハルラス。

 何を見ているのか、ハルラスの視線はアレッタの目とは合わない。どこを見ているのかと思えば、おそらくアレッタの耳元のあたり。



「……ちゃんと付けてるな」


「……? ハルラスが付けてろって言ったんじゃない」


「………………そうだけど」



 それきり黙ってしまったので、アレッタは紅茶のカップに手を伸ばす。

 なんだか静かなハルラスは調子が狂うな、と思いながら紅茶の温かみを感じていると。ぽつりとハルラスが言葉をこぼす。

 あまりに小さな声でうまく聞き取れなかったアレッタがハルラスへ視線を向けるが、ハルラスは背を向けて部屋から出て行ってしまった。


 部屋に残されたのは不思議そうに首を傾げるアレッタのみ。



「……変なハルラス」



 慣れない場所で緊張してるのかなと先程の自分のことを棚に上げて、ハルラスもまだまだ子どもなんだな、とほっこりする。紅茶を飲み干したアレッタは、来たるパーティーに向けて身の振る舞いを確認することにした。

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辺境の妖精少女は召喚されたくない ーある日突然下僕ができましたー 春夏秋冬しおこんぶ @siokonbu

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