しゅっぱつとしゅせきのつどい



「アレッタ、入るわよ〜!」



 日の昇らないうちから扉を開ける音がする。

 アレッタがドアノブを回した途端に雪崩れ込んでくるのは金の髪を靡かせた3人のエルフ。族長の3人の娘たちだ。アレッタがねむねむのまま口を開く前に「ちょっとおでかけしましょ」とその体を抱え、気がついたときには彼女たちの部屋にいた。



「……あの、いったいなにが……?」


「詳しいことはあとで話すわ! まずはお風呂からね!」


「え、あの、わぶ!」



 着ていた寝巻きなどを丸ごと剥がされ、侍女のエルフたちに浴室へと連れていかれる。わけもわからないまま、あわあわのお風呂に香油を垂らし、都会でしか手に入らない高級な石鹸で肌を磨かれる。かつてないほどつやつやもちもちの肌になったアレッタを見て、3姉妹はご満悦のようで。



「……あの、この状況の説明を……」


「いいから、次は着替えとお化粧ね!」



 背の低いアレッタが着れるサイズの服は滅多にない。そのため、アレッタは自分の服は自分で作るようにしていたのだが、案内されたクローゼットにはアレッタサイズの服がずらり。好きなのを選んでいいわよ、というのは長女のグローリエル。金の髪を肩口で切り揃えているのは彼女が戦闘を好み、得意としているためだ。弓の名手である一方で、かわいいものに目がない彼女にはアレッタも可愛がられているのだが、これは一体どういうことか。



「一回着てみて欲しかったのよねえ、はい! 次はこれを着てみて!」


「……全然状況がわからないんだけど……!」


「……姉さん、アレッタには青系か白系が似合うと思う」


「それもそうね! やっぱり最初の服が一番可愛かったわ! アグラリエルも準備はできていて?」


「……こっちはばっちり」



 少し前髪が長くてうつむきがちなのが3番目の姉のアグラリエル。彼女は魔術に造詣が深く、研究者としても名が知られている。普段はあまり口数の多くない彼女が心なしか楽しそうにしているようだが、アレッタにはさっぱりわからない。



「はい、決まったわ! うん、やっぱりアレッタはかわいいわね!」



 白を基調としたドレスは、たっぷりの布でスカート部分はふんわりとやわらかいシルエットにしている。一方で背中部分は全てレースになっていて、肌を見せることで大人っぽさも取り入れている。肩のあたりから伸びた細い布が手首まで繋がっていて、神秘的な印象を持たせている。意味があるのか、といわれれば謎だが、動きに合わせてふわりと浮くのは綺麗だ。布の縁には金糸で繊細な刺繍が施され、アレッタの背中の翅との色味の相性は抜群といっていいだろう。


 ──確かにかわいい。

 かわいいけれど、これを着せられている状況がわからないままなので、アレッタの頭の上には疑問符クエスチョンマークが飛び交っている。



「……次はお化粧。このために新しく開発した魔法があって……」


「……あの、だから説明を……」


「……この魔法のすごいところはその人物を『最も魅力的に見せる』っていうとこ。この『魅力的』っていうのは個人の主観に委ねられるわけだけど、普遍的に定義される魅力というのはいくつかあって……」



 こうなってしまうとアグラリエルは止まらない。

 研究職というのもあり、自分の得意分野の説明や解説を始めると他のことが見えなくなってしまうのだ。早々に追及をやめたアレッタは諦めて目を閉じる。早口で魔法の説明をしつつ、アレッタの顔に魔法を施していくアグラリエル。口を止めずに魔法をかけるのは流石の手腕だ。



「……そういうわけで、これが理論上『完璧な魅力』を引き出す魔法」


「……す、すごい……!」



 鏡で見慣れた自分の顔が、洗練されて別人のように整えられている。

 派手でもなく、シンプルすぎることもないのに、どうしてか普段の何もしてないアレッタよりもかわいいと思えてしまう。自分の顔なのに。


 ほわー、と意味のない擬音を口にしつつ感激していると、カレナリエルがにこにこと大きなアクセサリーケースを持ってくる。



「最後は装飾品ね! 耳飾りはそのままで、合わせやすいものを選んできたわ」



 とん、と触れると階段状にケースが開いていき、髪飾りやネックレス、ブレスレットなどがずらり。そのどれもが金を基調にしたもので、赤や青の宝石が華を添えている。どれも繊細な作りと素人目にもわかる精密さが見て取れる。言わずもがな、絶対に高級品だ。アレッタが戸惑っていると、これがいいかしら、こっちもいいわね、と3姉妹が好き勝手にアクセサリーを合わせている。


 理由もわからないまま、こんな高そうなもの身につけられないと何度も伝えているけれど、このくらいのものを身につけていないと後で困るのはアレッタよ、といわれて首を傾げてしまう。本当に意味がわからない。

 最終的に白いレースのカチューシャみたいな髪飾りにハーフツイン、淡い青の宝石をトップにしたネックレスに落ち着いたらしい。


 すっかり着せ替え人形にされて、もう疲れ切ったアレッタが連れられてきたのは、エルフの族長の間より上階。下から見上げているときにはてっぺんが見えないと思っていた、巨木の最頂部にいた。円形の屋上のような作りになっていて、とても見通しがいい。夢惑いの端まで見えてしまうのではないだろうか。



「……おせーぞ」


「え? なんでハルラスが?」



 いや、ここはエルフの区域なのだからハルラスがいるのは何も間違っていないのだが。


 なんだか雰囲気がいつもより綺麗に見える。

 服装も普段の動きやすさ重視の軽そうなものではなくて白い布をふんだんに使っているし、金の装飾品も身につけて神秘性が増している気がする。服のあちこちに金の刺繍が施されているのをどこかで見たような気がして、アレッタは自分の着せられているドレスに目を落とす。……どういうことか、同じ意匠が施されている気がする。



「準備は整ったようだな」


「族長……!」



 遅れてやってきたのはエルフ族の族長。

 彼もまた美しい衣服を身にまとい、滅多に人前に顔を出さない族長の奥様まで同じように支度を整えている。



「あの、説明が欲しいのですが……!」


「ん? 言ってあったと思うが」


「聞いてません……!」


「『満月の晩は空けておけ』と、そう伝えていたと思うが」


「あ……!」



 思い返せば少し前のこと。

 召喚術の解除について相談を持ちかけたときに、確かにそんな話をしたのだった。言われてみれば今晩は満月。しかしもう少しこう、詳しい説明があってもいいと思うのだけど!



「……確かに言いましたけど! 何をするかまでは聞いてないと思いますが……!」


「簡単なことだ。息子の隣に座っていればいい」


「……? ハルラスの?」



 ハルラスの方へ視線を向けるが、目を逸らされてしまう。いまいち要領を得ない話だ。



「座っていればいいんですか?」


「それ以上のことは、道中で説明させよう」



 族長が片手を翳すと、円形の床を覆うように大型の魔法陣が浮かび上がる。銀色の光はそのまま強くなり、眩しさに耐えられなくなったアレッタは目をぎゅっと閉じる。



「え、な、なに……!?」



 おそるおそる目を開けると、全く違う光景が目の前に広がっていた。


 夢惑いの森とは違って普通の緑色をした木々に、広がる平原。遠くには町を取り囲む城壁、そしてそこへ繋がる轍の跡。どこかの関所の屋上から見えるだろう光景が、そこにあった。



「ど、どういうこと……!?」


「……いいから、こっちこい」



 ハルラスに手を取られ、階下に連れて行かれる。

 わけもわからないままついていくと、立派な馬車が待っていた。しかも普通の馬じゃない。ペガサスだ。 それが6匹も繋がれていて、アレッタは目を白黒させる。



「すごい! 空飛ぶやつ!」


「お前な、田舎者じゃないんだからこのくらいで喜ぶなよ」


「なっ……! だって! はじめて見たんだもん!」



 アレッタは夢惑い生まれ、夢惑い育ち。

 森の外に少しだけ出てみたことはあるけれど、怖くなってすぐに引き返してきた根っからの夢惑いっ子。夢惑いの中にいない魔獣は全部はじめまして、だ。ファンタジー漫画とかで見たことのあるものに対して興奮してしまってもおかしくはないのだ。



「ほら、出発するぞ」


「え、ちょ、待ってよ……!」



 先に行ってしまうハルラスを追いかける。

 族長と奥様は別の馬車にすでに乗り込んでいるらしく、残っているのは御者とハルラスとアレッタ。3姉妹はここにはきていないらしい。



「ねえ、これからどこに行くの?」


「……乗ったら説明する。ほら、手」



 エスコートのためにハルラスが手を差し伸べてくる。

 騙し討ちのような形で連れてはこられたが、情報の対価として満月の晩を差し出したのは事実。自分で移動していないからここがどこかもわかっていない。帰る算段もつかないので、大人しく従うしかない。


 諦めたアレッタは「納得できる説明がもらえるならいいんだけど」と少しだけ皮肉を込めてハルラスの手を取った。




◇◆◇




「……それで? この馬車はどこに向かってるの?」


「……西の国。祭りがあって、客として呼ばれてるんだ、エルフ族は」


「……? じゃあわたしは関係なくない……?」


「それは……! まあ、そうかもしれねぇけど、」



 なんだからしくないハルラスの様子に、首を傾げる。

 多分、族長かお姉さんかに何か言いくるめられてるのかな、という雰囲気は感じるけど、話してくれない限りはなんとも言えない。怒らないから、と続きを促してみると、本当に怒らねぇか? と念押し。そういうときは大体怒られる自覚があるときなんだよな、と思いつつも、怒らないよと伝えると、ようやく事の次第を話してくれた。


 エルフ族は西と東、どちらかの国ともそれなりに良好な関係を築いている。今回祭事に呼ばれたのは今後もよろしく、という意味も込めてらしいが、戦争の続くこのご時世では別の意図も含まれてくる。


 ──せっかくなら、自分の国に有利になるように。

 できる事なら、相手より先に懐柔してしまおう、と。


 どちらにもついていない勢力、というのは貴重だ。

 特にエルフ族なんて、魔法にも戦闘にも秀でているのだから、取り込めれば有利になるのは間違いない。これまでエルフ族が戦争に無関与だったのは『興味がなかったから』。……だったら、無理矢理身内に引き込んで、『他人事』から『身内のこと』にしてしまえばいい、と。



「……それで、ハルラスに無理矢理お嫁さんを作らせて、戦争の勢力にされるかもしれないってこと?」


「……端的に言えばそうだ」


「だからわたしを、その……偽物の婚約者にして今回のお祭りの間を誤魔化そうと」


「…………」



 こくり、と小さくうなづくハルラス。

 彼は正面からぶつかってくるタイプだから、こういう小手先の騙し合いみたいなのは性に合わないのかもしれない。さっきから元気がないのも、申し訳なさからきているのかも。



「……面倒なことに巻き込んで悪い、と思ってる。なんかよくわかんねーけど、父さんも姉さんたちも乗り気になってて……」


「ううん、大丈夫だよ! わたしでつとまるかはわからないけど……せいいっぱいがんばるね!」



 不安にさせないよう、にこりと笑顔を作る。

 それに戦争に巻き込まれたくない気持ちはすごくよくわかる。アレッタが隣に座っているだけで争いを避けることになるのなら、喜んでお飾りの婚約者やりましょう!



「……それに、こういうの転生モノの鉄板では……?」


「……? なんか言ったか?」


「ううん、何も!」



 これまで生きることに精一杯、争い事に巻き込まれないことに全力だったアレッタ。よく考えてみたら、普通に転生した人はイケメンがいっぱい出てきたり悪役令嬢になったりするんだった。うっかりで下僕を作ったり命の危機になったりしない。……まあ全部アレッタのうっかりのせいなのだが。それに比べれば、お祭りの間婚約者のふりするくらい。うん、きっと大丈夫!



「わたし、偽物の婚約者がんばるね!」



 ハルラスが少し苦い顔をしたような気がしたけど、緊張してるのかな、とアレッタは小さく首を傾げて気に留めなかった。

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