かいちくとかいあつめる 3

 木材よし、魔力よし。

 背中の小さな蝶の翅を震わせたアレッタは、ふんすと意気込んで庭に立つ。

 

 

「あぶないからね! そこから動かないこと!」

 

「わかっていますよ」

 

 

 少し離れた位置にいるテレンツィオへ声をかける。

 彼も騎士だからわざわざ注意しなくたって邪魔になる動線には入ってこないとは思うけど一応。

 

 あとで文句言われても嫌だし、魔法を使って家を組み立てるので万が一、ということもある。建築方法も技術もまるっと無視した自己流だから、崩れ落ちてくるなんてこともないとは言い切れない。

 

 まあ一回成功してるから問題なくできると思うけど!

 

 

「よし、じゃあちょいちょいっとね!」

 

 

 ふるりとふるわせた翅から、魔力を帯びた金色の鱗粉が舞い上がる。いつもより多めに放出した鱗粉は用意された木材、アレッタの住む小さな家を包むようにまとわりつく。魔力の付与された木材は宙に浮き、家はゆっくりと解体されて骨組みが顕になっていく。

 

 

「えーっと、階段作って、2階建てにして客室作って……ついでだから倉庫と作業部屋も作っておこうかな!」

 

 

 ふんふんふーん、なんて鼻歌まじりに木材を組み立てていく。気分はミニチュアハウスの組み立て。脳内で図面を引いて、その通りにきっちりと木材を並べていく。大きさや長さの正確性は流石ドワーフの仕事。寸分の狂いもない。

 実際にはやったことはないけど、思い描いた通りに家が建てられるのも魔法様様、である。

 

 

「もうすぐできるからね!」

 

 

 後ろで見ているだろうテレンツィオに声をかけたら最後の仕上げ。

 客室にベッドと簡易的なテーブルと椅子を設置。蓋をするように屋根をつけたら立派な2階建ての完成だ。

 

 

「うん、完璧! どう? これで一晩くらいは……」

 

 

 くるりと振り返ると、テレンツィオがいない。

 いや、いないのではない。

 ──持ち上げた視線の先で、宙に浮いていた。

 

 

「ちょっと、何やって……!」

 

 

 慌てて駆け寄ると、宙に浮いたテレンツィオの周りでキラキラと小さな光が舞っている。いつもお茶会にきてくれる妖精たちだ。

 

 腕はご丁寧に蔦で縛られ、声が出せないように葉っぱで塞がれている。テレンツィオも抵抗を見せているが、夢惑いの中では妖精の魔法の方が有利。多少の魔法ではびくともしない。

 それにしても魔法の気配もないまま、きっちりと拘束されている。いたずらにしては念入りだ。

 

 

「もう、この人はだめだって! ただの人間なんだから!」

 

『え〜? 悪いことしない?』

 

『人間なのに?』

 

「大丈夫、用事が終わったらすぐに帰るから!」

 

 

 だから下ろしてあげて、とお願いする。

 アレッタの魔法では人を操ることはできない。再度頼み込むと妖精たちはそれぞれ顔を見合わせ、少しだけ不服そうに自らが施した魔法を順に解いていく。

 

『仕方ないなあ』『ほんとに?』『うそついたら怒るよ』と一言ずつ文句を言ってテレンツィオから離れていく妖精たち。でも、妖精の言葉は人間には聞こえないんだけどな……

 

 全ての拘束が解かれ、大きな音を立てて地面に落ちたテレンツィオ。

 打ちつけたところを恨めしそうにさすっている。

 

 

「……その妖精たちはご主人様のご友人ですか?」

 

「そうだけど……はっ! ちがうからね!? わたしが指示したんじゃないからね!?」

 

「……まだ何も言っていませんが」

 

「言ってる! その目が言ってるもん!」

 

 

 ジト目でこちらを見てくるのだ、文句を言っているのと同義。急いで治癒魔法をかけて怪我は治したけれど、疑いの目は晴れない。

 

 

「ほ、ほら! そんなことよりできたよ、お家!」

 

 

 話題を変えようとできたての家を指差す。

 今朝よりも大きくなり、客室もあつらえた家の中を案内しようと一足先に扉を開ける。ほら、ね! と迎え入れるように待っていると、重ためのため息を吐いたテレンツィオが、わかりましたよと扉をくぐる。

 

 どうやら騙されてくれることにしたらしい。

 

 ほっと胸を撫で下ろしつつ、改築した自身の家を見て回る。成り行きで今日建てることにはなったものの、元々はアレッタも改築を楽しみにしていたのだ。足取りも軽くなる。

 ミニキッチンの隣には真新しい木材で組んだ階段があり、とんとん踏み鳴らして2階へあがる。手前から客室、保管庫、作業部屋と並んでおり、廊下側からは夕暮れのオレンジ色が差し込んでいる。

 

 

「はい、ここはきみの部屋ね!」

 

 

 手前の部屋の扉を開ける。

 青年でも収まる大きさのベッドを作ったから、一晩くらいはここで我慢してもらおう。

 

 素直についてきたテレンツィオは部屋に入るや否や、ベッドの下や窓の外、天井の作りなどを確認している。なんだろう、何か不満でもあったのだろうか。彼の身長でも頭がぶつからないような高さにしたつもりだけど。

 

 

「何してるの?」

 

「いえ、少しだけ確認を」

 

「……? ふうん?」

 

 

 具体的な答えが返ってこなかったのには首を傾げたが、追及するほど気になるわけでもない。曖昧な返事を返す。なんだろう、ベッドの下に不審者が潜む都市伝説でもあるのかな? 前の世界では結構常套句だったわけだし。

 

 

「じゃあ、そろそろ夕飯の準備しようか。朝から動きっぱなしだったし!」

 

「そうですね」

 

 

 室内の確認が終わったらしいテレンツィオが、にこりと穏やかな笑みで応える。

 

 流石のアレッタもいっぱい魔力を消費している。

 今日は早めに休みたい気分だ。食材は何が残ってたかな、と考えつつ1階へと戻ることにした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……夕飯も甘いものなのですか?」

 

「……? そうだけど?」

 

 

 

 甘いもの、とは言ってもパンケーキだ。せっかくお客さんが来ているからとベーコンも焼こうと思ってるし、はちみつはかけたい人だけかければいい。

 特に変わり映えのない、アレッタのいつもの夕飯だ。

 

 

「……失礼ながら申し上げますが、アレッタ様は普通の料理をご存じない?」

 

「そっ、そんなことないよ! ベーコンも焼けるし!」

 

「……焼く、以外の調理法は?」

 

「……そ、それは……」

 

 

 そっと視線を右下へ向ける。

 言い淀んだことからお察しかもしれないが、アレッタはお菓子系は得意だが料理について明るくない。

 

 お菓子のレシピはいい。

 きっちりグラムで測って、温度も時間も決まっていて、その通りに作れば結果がついてくる。前世でお菓子作りにハマっていたこともあって、レシピも頭に入っている。異世界に来てからはスケールがなくて泣きそうだったが、それに近いものを手に入れたから問題がなかった。

 

 料理は少し違う。

 ひとつまみ、とか少々、とか。味見して微調整するとか。そういった曖昧な表現をされると困ってしまうのだ。   

 単純に焼くだけなら問題ない。

 焦げない程度に火を見ていればいいし、それだけで美味しい。それ以上のこと、となると「困ってないし、まあいっか!」とつい逃げてしまう。

 

 

「……別に、困ってないからいいでしょ?」

 

「私はもう少しちゃんとした料理が食べたい気分ですが」

 

「……それなら、自分の分は自分で作ったらいいじゃん」

 

 

 せっかく作ろうとしているのに文句を言われ、少しだけ頬を膨らませる。いいじゃん、確かに朝ははちみつトーストで昼はスコーンだったけど! ベーコンあったら塩気あるじゃん!

 

 むぅ、と目を合わせないままむくれていると、上から盛大な溜息。

 わかりました、とだけ言って足音と扉の開く音がする。そろりと後ろを確認すると部屋の中には誰もいない。どうやらテレンツィオは外へ行ったらしい。彼が自分で夕飯を作るつもりならそれでいい。食べたくないと言っている人に食べさせるご飯はありません!

 

 

「いいもんね、どうせ明日になったらいなくなるんだし、自分のことは自分で面倒見たらいいよ!」

 

 

 何が『下僕の食事管理も主人の管轄では?』ですか!

 面倒見ようとしてるのに拒否してるのはそっちじゃない!

 

 アレッタ自身にも悪いところはあるが、作ってもらっておいて文句を言うテレンツィオも悪いと思う。

 もやもやを抱えつつ、小麦粉の入った袋を持ち上げて。……ほんの少しだけ、ちらっと扉の方を見る。

 

 外から物音は聞こえない。

 自分で食材を入手すると言ったって、夢惑いの中では限度がある。ただでさえ余所者に厳しく、人間にはもっともっと厳しい。大きな一族には顔見せしたけどそれ以外の生き物も多いし、アレッタに友好的でない一族もいる。

 

 幻覚作用は打ち消されるけど、先程のように妖精の魔法に絡め取られたら? アレッタでは太刀打ちできない存在もこの森には多くいる。

 

 ──もし、また音もなく拘束されて、命を奪われていたら?

 

 

「そんなの! ……自業自得、だよね……?」

 

 

 アレッタは危険性を伝えている。

 わざわざ家を改築したのもテレンツィオのため。野営なんてあぶないから、と説き伏せたのも今朝のことだ。忘れているとは思えない。彼も彼で、簡単に殺されるほど弱いわけではないだろう。

 

 けれどアレッタの心臓は、いつもより少しだけ早いまま。

 

 

「……ちょっと、外に用事があるだけだから。別に、様子見に行くわけじゃないし」

 

 

 誰も聞いてはいないのに言い訳して、手にしていた小麦粉を棚に片付ける。夜目に馴染む外套を羽織り、アレッタは外へ飛び出した。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……ねえ、このあたりを人間が通っていかなかった?」

 

『ニンゲン? さあ? ねぇ、見たかしら?』

 

『見てないと思うなあ』

 

「……そっか、ありがとう」

 

 

 眠っていた草花に声をかけるが、先程から成果はない。

 まさか既に? などと嫌な想像が頭を過ぎるが、そうであれば逆に痕跡がないのは不自然だ。近くの森や川、昼間訪れたオグニル爺の家、エルフの居住区などを見て回ったが目撃証言はなし。

 

 歩いて行ける主だった場所にはいない。

 だとすれば、一体彼はどこへ?

 

 

「……もしかして、もう帰っちゃったのかな」

 

 

 いや、帰ってもらうのはアレッタの本来の目的でもあるのだ。

 戦争の道具にはなりたくない。

 そのために、召喚とは関わりのない生活を手に入れる。

 テレンツィオがこの森から出ていくのは、喜ばしいこと。そのはずだ。

 

 

「……でもさ、最後に一言くらいあってもいいんじゃないかな」

 

 

 確かに、魔法の効果だってもう切れていてもおかしくはない。けど仮にも一瞬は主従関係だったというのに、こんなあっさりいなくなるなんて。成り行きではあったものの、ご飯も寝床も用意したのに。

 

 

「……しょうがないか。わたしは、人間でも妖精でもない、混じりものだもの」

 

 

 ──この世界での混血は侮蔑の対象だ。

 そしてアレッタはどちらにも属せない、濁った魂だ。

 

 この世界に生まれて数年、嫌悪を滲ませた視線に何度も晒されてきた。アレッタがまともに話せるのはオグニル爺と、エルフ族の一部。そして、混血の概念のない妖精たちだけだ。人間である彼なら、アレッタの容姿を見て混血と察してもおかしくはない。あんな態度を取っていたのも、そのせいかもしれない。

 

 

「……気にしてもしょうがない、ね」

 

 

 帰ろ、うん。そうしよう。

 足を自分の家へと向ける。

 無事に帰ったのならそれでいい。野良猫を保護したらいつのまにか逃げてた、くらいのものだ。うん。ほんのちょっとだけ、寂しい気持ちになったのは。多分、気のせい。

 

 帰ったら作ろうと思っていたパンケーキと、ベーコンと、とっておきのチーズも入れちゃおう。ひとり分だし、文句言う人もいなくなったし、好きなものを食べよう。そう心に決めて、自分の家の扉を開けると。

 

 

「おや、どこに行ってたんですか?」

 

「……ぅえ?」

 

 

 ぱちぱちと音を立てるフライパン、立ちこめるスパイスの香り。そして、いなくなったはずのテレンツィオ。

 

 

「……え? 出て行ったんじゃなかったの?」

 

「そうですね、食材を調達しに」

 

 

 フライパンから覗くのは大きな魚と貝、色とりどりの野菜。アクアパッツァに似た料理だ。くつくつと煮込まれているそれは、夢惑いでは取れない食材ばかり。

 本当に自分の分を用意したんだ、という気持ちと、勝手にわたし勘違いしただけだったんだ、という気持ちと、それにしても料理うますぎじゃない? という気持ちがぐるぐると駆け巡る。

 

 

「それで、こんな夜更けにどちらへ?」

 

「別に、ちょっと用事があっただけ! 」

 

 

 勘違いだったからか、ほっとしたせいか。赤くなっているだろう頬を隠しつつ、外套をクローゼットにかける。

 その間にも香ばしいいい匂いが鼻をくすぐり、アレッタのおなかもくるくると空腹を主張する。

 

 

「……じゃあ、わたしも自分の分作るから、終わったら退いてほしいな」

 

「その心配には及びませんよ」

 

「え、なに、ちょっと……!」

 

 

 急にアレッタの視界が高くなる。

 持ち上げられているのだ。誰って、テレンツィオに。

 ぱたぱたと手足を動かして抵抗するが、リーチの短いアレッタでは糸の先ほども意味はない。なすがまま、アレッタがいつも座っている椅子に下ろされる。

 

 ちょっと、何するの! と抗議の声を上げる前にテーブルには鍋敷きとフライパン。深めのお皿に取り分けられたアクアパッツァのようなものが、アレッタの前に差し出される。

 

 

「……これは?」

 

「アレッタ様の分ですよ」

 

「そうじゃなくて、きみのごはんでしょ?」

 

「もしかして、毒味役が必要でしたか?」

 

「そうでもなくて……!」

 

 

 アレッタの抗議など、どこ吹く風。

 一口パクリと口に含んだテレンツィオは、ね? 問題ないでしょう? とばかりに微笑む。そのままスプーンでひとすくい。ねえ、聞いてる? と言い募ろうとするアレッタの口へと押し込んだ。

 

 

「僕も少し考えを改めました。従魔として繋がっている以上、主人の健康は僕にも影響ある、と」


「……それで?」



 もぐもぐごくんと口の中のものを飲み込んだアレッタは問いを返す。

 喉元をほどよいスパイスと旨みが滑り落ちていく。



「せっかくですので、アレッタ様の食事を作るのも悪くない、と思いまして」


「……自分が食べたいものを作りたいからじゃなくて?」


「アレッタ様がそう仰るのなら、そうかもしれませんね」


「……ほんと、かわいくない」


「ええ、別にかわいくなくていいですよ」



 さあ、せっかくですから冷めないうちにどうぞ。

 スプーンとお皿を差し出されたら、アレッタも断る理由はない。小さくお礼を伝えて、スプーンを口の運ぶ。


 久しぶりに他の人に作ってもらった料理はあったかくて、お腹以外のものも満たしてくれているような気がした。

 

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