かいちくとかいあつめる 2
背の低いアレッタではめいっぱい見上げてもてっぺんが見えないくらいの大樹。大人20人くらいが手を繋いでも一周できるかどうかという太い樹木を中心にして、エルフ族は暮らしている。
森の中の儀式とかしきたりに詳しく、アレッタの今の住居を作るときも風向きやら方角やらで場所を決めたし、住処に『祝福』もしてもらった。災害を避ける、とか悪しきものを寄せつけない、とかいろいろ効果があるとは言ってたけど詳しいことは忘れてしまった。地鎮祭のようなものかな、と受け止めている。
増築の話をしたときも、何やら神妙な顔をして「族長に確認する」と言っていたから複雑な規則があるのかもしれない。
「いい? オグニル爺も気難しいけど、エルフ族も余所者に厳しいの。勝手なことは言わない、素直にうなづく。いい?」
「何度も確認されずともわかってますよ」
「ほんとかなあ……」
先程からの食ってかかるような言動に首を傾げる。テレンツィオを信用できるほどの材料が、アレッタにはない。契約主の命令に反することはしないだろう、というふわっとしたものだけ。
ゲーム本編にも記述は多くなかったのだからどうしようもない。
「ここだけ終わればあとはすぐだから」
気を揉んでも仕方ない、と森を抜ける。
目の前に広がるのは、森の中にぽっかりと開けた居住区。足を踏み入れると、小さな鈴の音が鳴る。目には見えない、来客を知らせる鈴だ。襲撃を察知するためのものでもあるので、敵意がないことを知らせるためにその場で留まる。ほどなくして、弓を担いだエルフが出迎えに現れた。
「なんだ、アレッタか」
「そうだけど、なんだと思ったの?」
「知らないのか? 夢惑いの近くにオークが逃げ込んでるって話」
「さっきもそんな話を聞いたけど……そんなに近いの?」
「まあ大丈夫だろ。あいつらじゃ入って来られないだろうしな」
「そっか、それで珍しく弓持ってるんだ」
「まあな、これでも弓兵なもんで」
担いでいた弓に軽く手をかけるエルフは、それより、と目を細める。
「……余所者を連れ込むとは感心しねえな」
「えっと、彼には増築を手伝ってもらおうと思って!」
「……人間に、か?」
「そう! 迷ってるところをわたしが助けて、何かお手伝いがしたいって話になって……」
「……アレッタ様、そういう話でしたか?」
「いいから、黙ってうなづく!」
小声で急かすと、顔を笑みの形に固めてうなづくテレンツィオ。無理矢理言わせている、というのがエルフに伝わらないか内心では緊張しつつアレッタも表情を作る。
オグニル爺にも強引な言い訳で押し通したし、余所者──テレンツィオの存在はどうせすぐに広まる。だったら逆に、会う人会う人それぞれに別の理由を伝えておけば混乱してくれないかな、という悪あがきだ。
「……手伝いねえ……」
「ちゃんとわたしが見張ってるから、悪いことは絶対させないよ!」
「……まあ、アレッタがそう言うなら……」
こういうときに日頃行いがモノを言う。
信頼関係は日々の小さな積み重ねから。
なんとか納得してくれた様子に、よかったね! とテレンツィオを見上げるアレッタの耳には、「若にどう説明するかな……」と呟くエルフの声は届かなかった。
◇◆◇
大樹をくるりと螺旋状に回るように作られた階段を登っていく。
手すりはあるものの、森の木々を見下ろす位置までの高さになるとさすがに少し怖い。慣れたアレッタでもそうなので初めてのテレンツィオは、とアレッタが心配して後ろを向くが歩調も乱れることなく涼しい顔。
「……むぅ」
「……? どうされましたか?」
「……かわいくない、と思って」
一瞬疑問符を浮かべるが、ああ、と得心した様子のテレンツィオは「騎士ですから、このくらいは当然です」と笑ってみせる。く、くやしい……! このイケメンめ……!
勝ち負けの話ではないのだが、隙のないところを見ると弱点を探したくなる気持ち、わかってもらえるだろうか。
「ああ、アレッタ様を抱えていきましょうか?」
気がつきませんでした、とでも言いたげに両手を伸ばされるが、子ども扱いされても困る。結構です! と突っぱねて階段を駆け上がる。目的の部屋──族長の間は近い。
「アレッタ殿と例の人間をお連れしましたよ」
入り口の警備係にちらりと視線を向けられるが、すでに話が通っていたのか問題なく通される。両開きの扉が開いていく。
大樹の中腹をくり抜いてあつらえたこの空間は、族長とそれに属するエルフのいる場所だ。客人の応対にも使われるから対外的な応接間のような扱いなのだろう。
内装も木の内部とは思えないほど美しい装飾や調度品がバランスよく配置されている。
こちらで少々お待ちください、と勧められた椅子に腰を落ち着ける。椅子ひとつとっても見事な彫刻が施され、手触りも申し分ない。アレッタの家の手作り感あふれる椅子とは大違いだ。昨日なんて窓に刺さってたし。
「こちらもどうぞ」
「わーい! はちみつ水だ!」
お礼を言って受け取ったグラスにはほんのり黄色く色づいたはちみつ水がたっぷり入っている。はちみつも水も大好物のアレッタはこくこくと半分くらいを胃に収めて、にこにこと頬が緩んでしまう。
体の大部分はヒトに近いのだが、こういうときは虫の生態に近いのかな、と思ったりもする。花の蜜や樹液なんかを前にするとテンションがめちゃくちゃあがってしまうのを止められない。
本能的に体が求めているのかしら。食べたいものがあるときはその食材に含まれる栄養素が足りてない、とか聞いたことあるし。
はちみつ水を堪能していると、上の階段から足音が降りてくる。どたんばたん、ずだだだだ、と族長の足音にしては荒っぽい。極めつけに、扉に何かがぶつかったような大きな音と「いってぇ!」と少年の声がする。
「え、ちょっと、大丈夫……!?」
椅子から飛び降りて駆け寄ると、ゆっくりと開いていく大扉。だんだんと現れてくるのは、額のあたりを赤くしている15歳くらいのエルフの少年だ。肩につくくらいの金髪は高い位置でくくり、グレーの瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。身につけているものも洗練され、右手の中指を飾るのは族長の一族に継承される赤い宝石。
エルフを統括する族長の息子、ハルラスだ。
「大丈夫? すっごい音したけど……」
「だ、大丈夫だ! このくらいなんともない!」
「うわ、痛そう……治療するからしゃがんでくれる?」
「痛くないし、治癒も必要ない……!」
「いいから、わたしが見てると痛くなるの。だから、ね?」
強がりかなのか、頑なに傷を見せてくれないハルラス。アレッタとは5〜60cmほど身長差があるので、しゃがんでくれないと治療できない。
「すぐ終わるから、ね?」
「……わかった」
見やすいように身を屈めてくれたハルラスの額を確認する。血は出てないようで、少し安心する。手をかざして治療魔法をかけると、赤みは引いていった。
ゲームの中の『アレッタ』はどちらかというと攻撃特化型。けれど中の人が一般人なのもあって攻撃系の魔法はあんまり好んで使うことはない。森の中はエルフ族が統制していて凶暴な魔獣もいないし、使う必要がないの方が正しいかもしれないけど。
「はい、終わり! ね、すぐでしょ?」
「……そうだけどさ、カッコ悪いだろ」
「え? なんで?」
「……慌てて駆け降りてきて、そんで怪我とか……」
マジでダセェ、と小さく呟いたつもりかもしれないが、すぐそばにいるアレッタには聞こえてしまった。
ハルラスは今年で確か120歳。数千年という永い時間を生きる彼らにとっては思春期の少年くらい。周囲に見栄を張りたいお年頃。中身がアラサーのアレッタから見れば微笑ましいものだ。
「気持ちはわからなくもないけど。心配だから怪我は治させて欲しい、かな」
「……アレッタも心配したか?」
しゃがんだまま、まっすぐにグレーの瞳が見つめてくる。ぱちくり、瞬き数回の後に「もちろん、心配したよ」とやわらかく微笑みを返す。こういうことはきちんと大人が言葉で伝えていく必要がある、とアレッタは思う。まあ、今の姿では説得力がないかもしれないけど。
いつもより近い位置にあるハルラスの顔が、ほんのりと赤みを帯びていく。え、うそ、治療魔法失敗した……?
もしかしてまだ怪我あったの? あるなら見せて! と両手を伸ばすが、なんでもねぇ、大丈夫だから! と立ち上がるハルラス。それより! と咳払いをひとつ。
「何か用があったんじゃねぇの、アレッタ」
「そうだった!」
本来の目的を思い出したアレッタは事の次第を説明する。話を聞いたハルラスは、ああそのことかという顔で口を開く。
「族長にも確認したけど、土地と家に『祝福』は終わってるから建て増しすることに対して大がかりな儀式は必要ないってさ」
「そっか、ありがと!」
「……んで、そこの人間を住まわせるのか?」
ハルラスの視線が鋭くなり、椅子に座ったままの青年に向けられる。流石は森の統治を担うエルフ族。簡単に話を通すのは難しいかもしれない。
「数日の間、部屋を貸すだけだよ」
「……他所者に?」
「用事が終わったら元の場所に帰るから、安心して!」
「……本当だろうな?」
「うん。この森は、人間が住むには厳しいからね」
「……だったら、いいけど」
むすっとした表情を隠さないハルラスの手が、アレッタの髪の毛をわしわしとかき混ぜる。え、わわ、なに!? と急にわしゃわしゃになった原因を見上げると、おでこをぺち、と弾かれる。
「なにするの!」
「森に人間連れ込んでおいてこの程度で済んだのは、オレがやさしいからじゃねえの?」
「……まあ、そうかもしれないけど」
「じゃあ貸しひとつな」
そのうち家も見に行くから、と一方的な約束を交わして、ハルラスは去っていった。最後にテレンツィオを睨むことも忘れずに。
「随分嫌われたようですね」
「エルフは森の外からきたモノには当たりが強いからね。今すぐ出ていけって言われなかったのはだいぶ寛大だよ」
「なるほど」
「よし! これで準備は完了!」
くるりと身を翻し、テレンツィオと向き合う。
「早速改築、はじめようか!」
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